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Take Over Parents  作者: 深い海のお魚さんなのですよ
4/9

ゴブリン、人魚〜

さざなみが聞こえる。

木と木の隙間は広く、遥か先がはっきりと見える。

ー砂浜。

そして海。

生まれて初めて見た、本の中でしか知らなかった場所。

「綺麗…」

その光景に息を飲む。

さざぁと鳴る波、時折水面を跳ねるお魚さん。

そして。

「人魚さん…?」

岩の先に座っている、本で見たことのある風貌。

恐る恐る、声をかけてみる。

「ご、ご機嫌よう…?」

片手をかざしながら、声をかけてみる。

通じるかしら…?

「あら、人の子かしら」

長く綺麗な髪の毛を掻き分け、こちらを見つめる。

「は、はい!エメって言います…」

なんかちょっと怖いな…。

威厳のある顔。

女性なのに、とても強い顔。

「あらま、怖がらせてしまったかしら…安心して、なにもしないから」

そっと、人魚さんに近づく。

足が海の水に浸ると。

「止まって、そう、いい子ね」

そう言って人魚さんは、私を胸に抱き寄せる。

「…私はエフィン、この海に住んでる人魚の一人よ」

こんなこと失礼かも知れないけど。

エフィンさんの匂いは、少し磯臭かった。


「今頃海で、人魚達とお話でもしている頃かな」

ズンズンと森の中を進んでゆく。

「ええ!そして、泳ぎを教えてもらってるんじゃないですかね」

「いいや!魚を釣ってるんだろうきっと!」

取り巻きの2人がそんな話で言い争う。

「はは!どっちもいい話じゃないか!」

笑いながら森を進む。

そして、黄色い砂浜が見えてくる。

「よぉエメ!迎えにきたぞ!」

大きく手を振り、彼女の名を呼ぶ。

俺たちの言葉で喋っているはずなのだが、何故かエメには分かるそう。

人魚達とも、目の前で喋っている最中だった。

「あら!フンさん!」

笑顔で返事をする。

「…いい子じゃないですか兄貴」

「将来は、いい嫁さんになりますぜありゃあ」

彼女の笑顔を見て、取り巻き達が言う。

ふと、エメが手招きしていることに気付く。

そして、彼女に近づくと。

「うわっ冷た!」

突然、人魚達による水鉄砲。

もとより人魚はイタズラ好きな節がある。

いや、エメでもやりかねん。

「あはは!引っ掛かったわ!」

きゃははと笑う人魚達。

「あら?水をかけても、その緑色は落ちないのねぇ?…ふふ」

「失礼な!もとよりこんな皮膚やい!」

怒りで腕をぶんぶん回す。

「落ち着いて兄貴…」

「あれは冗談ですから!」

ガッと二人は静止してくる。

「あらあらごめんなさい、面白くなるかなって思ってつい…」

微妙に肩を揺らしながら頭を下げる。

「いや反省する気ないでしょそれ」

真顔で睨みつけながらそう言う。

「あのねフンさん、このヒト達は悪気があってやったわけじゃないのよ?本当に綺麗にしようと…」

「あーらそうかい、んじゃお礼言わなきゃだね」

彼女達を見る。

「まさか、この子に吹き込んだな?」

そんなまさかとジャスチャーをしている。

肩は、震えていた。

「まぁいい、エメに付き合ってもらってありがとうな」

そういうと、人魚の一人が口を開く。

「いいえ、こっちも随分楽しめましたよ、この子本当にいい子ね」

彼女の髪に、貝殻の髪留めを取り付けながらそう言う。

「ほら、お揃いの髪留めね」

「本当?どう?フンさん、ニヨウさん、タンさん」

急に振られ、3人で少し会議する。

ーそして声を揃えて。

「似合ってるぞ!」

「本当!」

青い貝殻で結ばれた綺麗な黒髪が風に靡く。

「その髪留めは、きっとアナタを護ってくれるからね」

人魚はそう言って、目を細くして微笑んだ。


夜、釣れた魚を焚き火の前で焼いている。

ゴブリンは集団で生活する。

泥で作った家に住み、槍やオノなどを持って獲物を狩る。

それが普通のゴブリンだ。

人間の子には多少厳しい生活かも知れないが、彼女は俺らの家族になったんだ。

いやでも向き合っていかないと行けない、我儘も程々にさせないと。

そう思っていたのだが。

「うん!ホクホクして美味しいわ!」

あんなに綺麗で可愛い子が、胡座をかいてガツガツと焼き魚を貪っている。

え、どんな教育してるのこの子。

「あ、あのなエメ、もっとお上品に食べてもいいんだぞ?」

注意虚しく彼女は答える。

「いいえフンさん、皆んなと一緒なんだから、同じ食べ方しなきゃなので」

ふんっとすると、またガッつきはじめる。

「俺らのせいで将来非行さんになったら、エルフの嬢ちゃんに殴られるんだよぉ…」

先のことを考えて頭を抱える。

「エメちゃん!こっちの汁物も美味いっすよ!」

ニヨウが先ほど作った魚の汁物を勧める。

根菜、魚、それらをドンッと入れた雑な料理。

それを大きな焚き火で、みんな揃って囲む。

俺ら3人以外にも、ここには十何人ものゴブリンがいる。

皆が結託して、自分達の料理を作るのだ。

「うん!お出汁が効いてて美味しいわ!」

ズズズと大きな音を立てて啜る少女。

「いや!女の子がそんな音立てちゃダメでしょ!」



海、さざなみの音が気持ちいい。

釣りには最適だな。

岩の先で、糸をぶんっと垂らし、獲物を釣る。

狙うは今日の晩ご飯、そして今日分の収入源。

「はぁ…釣り師も大変だなぁ」

頬を手を突き、魚を待つ。

「おじさん、誰?」

…後ろから、女の子の声が聞こえる。

こんなところに人の子が住んでるのか?

魔物の言葉ではないし、間違いなく人の言葉だ。

後ろをゆっくり振り返ると、小さな女の子がこちらを見ていた。

「君、どこからきたの?こんなところに居たらあぶないでしょ。パパとママはいるの?」

すると、少し少女は俯いて。

「パパとママはね、死んじゃったんだ」

…少し失礼なことをしたようだ。

「ごめんよ、じゃあ君はこの近くに住んでいるのかい?」

この質問に対して、少しあたふたし始める。

「言っていいのかしら…でも…」

彼女が言いあぐねていると、バシャっと飛沫が上がる音が聞こえた。

後ろを振り返ったその時、もの凄い形相で人魚がこちらに襲いかかってきた。


「すみません、もしかしてその子が襲われようとしているんじゃないかと…」

頭にタンコブを作った人魚は、まるで正座するかのように座っている。

「いいえこちらこそ、反射的に殴ってしまい申し訳ない!」

二人してペコペコし合うと、あの少女も混ざってくる。

「おじさんは、ここへ何しにきたの?」

何事もなかったかのように、首を傾げて尋ねてくる。

「…おじさんはね、お魚を売る仕事をしているのさ」

「食べるのではなくて?」

「少し貰ったりするけど、ほとんどは売って、みんなに食べてもらうか、研究用に使われるかだね」

ついつい得意げに話してしまう。

子供相手だからか。

「へぇ…、あっ来た!それじゃ!お仕事頑張ってねおじさん!」

彼女は誰かを見つけると、そこへ向かって走り出す。

その先には。

「…おい、あれは」

目を疑った。

あのゴブリンに、少女は抱きついていた。

「危険だ!今すぐーー」

駆け寄ろうとすると、人魚に左手を掴まれて止められる。

「大丈夫、あれでも親代わりなのよ、ゴブリンは」

「親代わりって…」

耳を疑う。

あのゴブリンと人間が共存?

聞いたことがない。

汚らしいで有名なあのゴブリンが。

…でも、楽しそうに話している。

私と同じ言葉で話しているのに、なぜ通じているんだ?

私からでは、何を言っているか分からないのに。

そう思っていると、少女に指を刺される。

その瞬間、少しドキッとしたが、後ろの人魚は落ち着いてと目配せする。

そうだ、バベルの欠片があった。

これで何を言っているか分かるはず。


「いやぁもう大変失礼しました!」

ゴブリン達と共に料理を囲む。

無論彼女とも。

「いえいえこちらこそ、なにせこんな不細工な格好でして!」

あれ、ゴブリンってこんなにいい奴だったのか。

本で見たのとは違う、荒々しくないこの姿。

「驚きでしょう、ゴブリンがこんな大人しいとは」

「そうですねぇ、文書でしか知らなかったので、意外です」

そう会話を進めていると、少女がむくれながら割って入って。

「この人達は悪いヒトじゃないもん!いい人達なんだからね!」

そう言って、右手に持っていた魚を食べている。

「…優しいでしょあの子」

しんみりとした声でゴブリンは言う。

「あの子、親が居ないんですよ」

「はい、先程本人から聞きました」

そう、見た目からして5歳程度の彼女は、ずっとゴブリンに育てられてきたのか。

それが気になって、私は尋ねる。

「いえ、最初はエルフ達が面倒を見ていたようで、そこで少々問題があり、山の方で岩石人達に育てられて、でもそこでも問題があって、今に至るってわけですよ」

…。

その壮大な人生に、言葉が出なくなる。

あんなに小さいのに、そんな経験を。

俺でも想像がつかない。

第一、複数の魔物とどうコミニュケーションを取っていたのか。

…聞くのは野暮だと考え、やめておいた。

「さて、ご飯も頂きましたし、そろそろ帰ります」

日が落ち、街まで少し危険になる時間帯。

そろそろ帰らなければならない時間ではあった。

ゴブリン達の料理を見て、少女に食の豊富さを知ってもらいたいと、帰り際に思った。

「あの、よければなんですが、今度会った時に、料理のレシピの本をお渡ししたいのですが…」

「本当ですか!ありがとうございます」

驚いたかのように声を上げると、ゴブリンは深々と一礼する。

じゃあねと少女の声が聞こえ、小さく手を振り返す。

「匿ってやりたいが、私達のところより、あちらの方が幸せそうだ」



ゴブリンさん達と出会ってもう一年。

今日は狩りの日だ。

「エメ!そっちに行ったぞ!」

猪が猛スピードでこちらへと駆けてくる。

「任せて!アニキ!」

石槍で真っ直ぐ、額に突き刺す。

ドッと衝撃がくるが、それを耐える。

「倒せた…!見てた?!アニキ!」

木の上で、フンさんがこちらを見る。

「だからアニキはやめろって、アイツらのせいだな全く…」

でもなんか不服そう。

もっと上手くならないとってことかな。

「第一狩りは女の子がやることじゃないし、そんな、なんだ、獣の皮の服なんて着ない…」

動物さん達から剥ぎ取った、温かな服。

作っている時リスちゃんに引かれてしまったけど、大切な私だけの服。

「大丈夫よ!レディーとして、大事なところとかは隠せてるわよ!」

ほら、と下着の方も見せようとしたのだけれど、フンさんに『女の子らしくないからやめろ』と止められてしまった。

褒めてもらいたかったのになぁ…。


「でね!フンさんったら酷いの!折角作った下着も見てくれないなんて!」

人魚さん達は『はは…』と苦笑い。

「いえ、それはゴブリンのヒトが正解よエメ。その行動は乙女じゃないもの」

じゃあ乙女って何?と問いかけると、難しい顔をする。

「そうだ、聞いた話だとあなた今日誕生日でしょ?素敵なドレスを作ってあげるわ」

「まぁ!ドレスを!」

夢にまで見た、ドレス。

御伽噺でしか知らない、フリフリでキラキラな姫の服。

「あなたならきっと似合うわ、その髪留めも似合いますもの」

「そうよエメちゃん!私からは靴を送るわ!」

「じゃあ私は!…なにか……下着で…」

今日は色々なモノをくれるそう。

楽しみだわ!

「えぇ!楽しみにしてるわ!」

笑顔でそう言うと、じゃあ夜にと言って人魚さんは海に帰る。

楽しみだなぁ…。

「…そろそろ海も許してくれる頃合いかな」

エフィンさんは小声でそう言う。

「許してくれるって?」

私、何か悪いことしたかしら。

「いいえ、こういうことよ!」

そういうとエフィンさんは私の手を引いてきた。

ザプンッ!

海の中へ思いっきり引っ張られる。

「目を開けてみて、エメ」

そう言われても海の水はしょっぱいし…。

「平気だからさ!」

そう言われ、勝手に目蓋を開かされる。

驚いてしまったけど、そこには。

様々な魚達、綺麗な珊瑚。

大きなお魚さんも泳いでる。

感想を言いたかったのだけれど、ボコボコ泡が出て話せない。

「一年経っても此処までしか無理なのね…」

疑問に思った私は顔を見やる。

「この海にはね、恐ろしい神様がいるの」

「人魚や魚人以外の生物が海を侵すと、海の怒りがその分迫ってくる」

「今はこの範囲までなら泳いでもいいけど、あ!ほらあそこ」

そう言って指をさされた方向を見る。

綺麗な石のようなものが見える。

「あれが海の眼よ、今は寝てるけど、起きると場合によっては幸運や災害を引き起こすの」

「貴女が此処へきて初めて泳いだ時も、こういうことに配慮してたから近海までだったのよ」

あの時、もっと遠くへ行きたいと言ったのだが、断られたのはそういうことだったのね。

「海はすべてを見ているの、漁師さんの行いも、長い間付き合っているから多めにみているの」

「だから海と関わりを持ちたいというのなら、長い間添い続ければ、貴女もいずれ遠くまで泳げるわよ」

そう言ってエフィンさんは笑う。

ん!そろそろきつくなってきたかな。

「あら大変、じゃあ上がりましょうか」


「さぁ!今日はエメが初めて狩った猪でお祝いとしよう!」

ゴブリンさん達が一斉に声を上げる!

よくやったなと肩を叩くヒト。

頑張ったねと声をかけてくれるヒト。

みんなみんな褒めてくれて、嬉しくて。

「うぅ…ひっく…うぇぇ…」

つい、涙が。

「おいおいどうしたんすかエメちゃん…」

「バーカ褒められたのが嬉しすぎて泣いてんだよ。だよね?エメちゃん」

首を縦に振る。

声を出そうとするけど、なかなか出ない。

「頑張ったな、エメ」

フンさんの、太くてゴツゴツした手が頭に乗る。

すると、海の方でぷぅぅと音が聞こえた。

もしかして、できたのかしら。

海の方へ向かおうとすると、何やらお水が宙に浮いてきて。

私を包むと、人魚さん達が言っていたあの服や靴や…あ、下着が流れてくる。

暫くして水が濁り、周りが見えなくなる。

不思議と息は苦しくない。

貝殻のおかげなのかしら。

ー水が私から離れると、私の服は、綺麗な水色のドレスに変わっていた。




暑い夏から3ヶ月後、ここら一体で時折、水色の衣を纏った精霊を見るとの情報があり、こんな辺鄙に行かなければならなくなった。

「ったく…眉唾物だが、情報をくれたんだし、あの釣り師には感謝するが、もしいなかったら水色の魚を撮って『これが妖精の正体!』って書いてやる…」

秋空の下、寒くなってきた風に体を震わす。

潮風香る森の茂みを掻き分け、漸く開けた場所に着く。

近くに砂浜が見え、さざなみの音がよく聞こえる。

…この季節に聴く波音ほど、寒くなるものはない。

時間は夜。

カメラをしっかりと構えて機をうかがう。

ゆっくりと歩み続ける。

気配を殺し、音を殺し、獲物を待つ。

そして、何やら水のような音が響いてくる。

距離は近い。

…しかし焦らず、音のした方向へ向かう。

やはり魚の妖精か?

「さぁて、そのぴちぴちな身体を見せて頂戴ねっと」

音が近い。

「そこだ!」

その向きにカメラを合わせた。

瞬間、水色の光に周りが包まれる。

俺はそれに思わず見惚れてしまう。

なんなのだ、この神々しさは。

天使か。

シャッターを一枚、ベストショットを決める。

本当にいた、水色の妖精が。

黒い髪をした、幼子のような体躯。

それが水色の衣を身に纏う。

そして、何やら歌が聞こえてくる。

海から来る、心地よい歌声。

「トク…ダ…ネ…」

そうして俺は眠りについた。


翌朝、保存したデータから、昨日とは違う大人の女性がドラスを身に纏っている写真にすり替えられていることに気がつく。

まぁ幼子よりかはいいかと思い、気にせずに去る。

「これで大儲けだ…」



「…もう危ないから、次着るときはもうちょっと遠くで着替えないとね」

優しく、傷つけないように少女を叱る。

「ごめんなさいエフィンさん、まさか不審者さんがいるなんて…」

あぁそんな顔して…、今にも泣きそうじゃない。

「大丈夫よ、カメラの使い方も誰かに教わったの?つい私もノリであの服を着てしまったけど…良く撮れてたかしら?」

「うん!バッチリ綺麗に撮れていたわ!まるでお姫様のよう!」

「一度見てみたかったわねぇ…」

少し、あのカメラの中身が気になったが、考えるだけ後悔するのでやめておく。

「それと…あの歌、私に教えてくれないかしら…」

あの歌?…あぁ、人魚の歌のことか。

「ええいいわよ。覚えられるのなら、ね?」

歌のレッスン、人間がこの歌を歌っても効果はないのだけれど、教えるだけならいいわよね。




ゴブリンさんと人魚さん達と出会って二年。

淑女というモノを学び、大人の女性を学んだ。

けれどやっぱり畏まるのは嫌いだわ…。

今日は浜辺でコンサート、そして誕生日パーティーに、海と陸の王様も来るのだそう。

「うん…頑張らなくっちゃ」

気を引き締め、朝ごはんにガッつく。

「折角乙女に育ってもらったかと思ったのに…」

フンさんが項垂れてる…。

何かあったのかしら。

ーー前とは違う、洋な朝食。

釣り師の方から譲っていただいたレシピの本には、美味しそうな料理ばかり書かれていた。

「…洋風ってお洒落に食べる感じだよな?」

隣でフンさんが行儀良く食べている中、私は1人ガツガツとかき込む。

「いい食いっぷりっすねエメちゃん!」

「よっ!成長期!」

「やめんかお前ら」

ニヨウさんとタンさんをガツンと殴って黙らせる。

「第一、お前らのせいでこんなに下品に食べたり座り方もまるで下着を気にしないでそれに、俺をアニキと呼ぶようになって!」

「ぁぁぁあ…あの隊長さんに殴られる…。蓮の葉のエルフに合わせる顔があばばばば…」

フンさんは何かに怯えるように頭を抱える。

「よし、じゃあ行ってきます!」

泥の家を、勢いよく出ていく。

「あ、こら!外では行儀良くしなさいよー!」

「アニキもうすっかりオカンですね」

「誰がオカンか」



「あら、早い到着ね」

エフィンさんが浜辺で座って待っていた。

「…ご機嫌ようですエフィンさん」

貰ったドレスの端を持ち、優雅にお辞儀する。

「ふ、畏まっちゃって…いいのよ、まだ砕けた状態でも」

「それでは…こんにちはエフィンさん!」

「はいこんにちは」

あんな子がちょっと大きくなって。

上品な言葉も覚えて。

ゴブリン達みたいなのと暮らしていたのに。

こんな淑女になっちゃって…。

「いかんね、涙腺が…」

おばさんくさいセリフかしら。

チロっとでた涙を拭うより早く、カーバンクルが涙を舐めた。

「あら、あなたは変わらないのねリスちゃん?」



「この度は、私の誕生日コンサートにお集まり頂き、誠にありがとうございます」

皆にちゃんとお辞儀をして…偉いぞ、エメ。

あの子を見ていると、拳に力が入る。

頑張れと声を出すのを抑えるために。

「頑張れぇぇエメちゃぁぁあん!」

「今日もかわいいぞぉ!」

「静かにしろお前ら!今日はお偉いさんが来るというのに…」

まったく、成長しない二人だ。

「おお!来られたぞ!海と陸の王『シーザ』様だ!」

その言葉と共に背筋を正す。

大きな水の無理上がりと共に、その巨躯な身体が現れる。

大きな鋏、堅牢な鎧。

まさに、カニのような。

「諸君、そんな畏まらずともよい、楽にな、楽に」

威風堂々たるその姿、まさに圧倒的なまで。

巨大なカニは、エメに向かってカチカチと音を立てながら進む。

「ほほう、君かねエメという人の子は…む、まこと綺麗なドレスよな」

ホクホクと笑う王に対して。

「感激の至りでございます、シーザ王」

綺麗な水色のドレスを摘み、深々とお辞儀をする。

あんな丁寧な言葉で。

朝は胡座かいてあんなにご飯をガッついたって子だったのに。

「うぐぅ…!」

「あれ?兄貴、泣いてません?」

「ずずず!…ないでなどない!」

成長したな、エメよ…。

アニキは嬉しいぞ!

「それでは、一曲しか準備しておりませんでしたが、この一曲に全てを込めて、歌います。『淡き水泡のアリエッタ』」


体に海を感じる。

水流は私の体を撫で、魚は私を引っ張ってくれているような。

深く、深く海が見える。

渦巻く海流も、綺麗でほっそりした水竜も見える。

海の神様が、みている気がする。

気がつくと、水色のドレスが明るく光り、体に浮遊感を感じる。

「海が、あの子を許したぞ…!」

大きなカニさんはそう驚く。

やっと許してくれたのね。

しかし、気にせずに歌を紡ぐ。

ーー愛した者を安らかに眠らせる為に歌った人魚の歌。

その歌を聴く前に男は目覚め、人魚を追い海に飛び込んだのだが、運悪くその歌で眠らされてしまう。

男は、深い深い海に沈んで行き、海底で他の魚達がそれを食い荒らそうとする。

それを止める為、人魚は自ら泡になって最愛の人を喰わせないようにしたんだそう。

でも、人間がそんな深く沈んで無事なはずではなく。

その死体を食わせまいと、泡が必死に守ってあげたってお話。

最終的に、泡とともに恋人は崩れていってしまう悲しいお話だけど。

そのお話を歌にぎゅうっと詰め込んだのがこの歌。

ヒトに気持ちの良い眠りを与える、やさしい歌。

眠って欲しくはないのだけれど、夢の中でも聞いてほしいなって。


「うぅ!上手かった!感動したゾォォォエメェェェ!」

「…うるさいっすよ兄貴」

「うん、綺麗な歌声だった。思わずウトウトしてしまったよ。上手になったねエメ」

周りから称賛の声が聞こえてくる。

もちろん同意である。

「うむ!とても綺麗な歌声であった!この人の子に今一度、大きな拍手を!」

大きいハサミで器用に細腕を持つ。

我の言葉と共に大きな喝采が響く。

水面にいる人魚や魚人、陸にはゴブリン。

様々な種族が皆、彼女の歌に聞き惚れていた。

無論我もだが。

「さて、この後はゴブリンらによる祝賀会であったか…?」

「そうです海と陸の王!貧しい所でございますが、是非足を踏み入れてもらえればと」

泣いていたのか、目の下がやや赤いゴブリンがそう答える。

「ふむ、ならば行こうか」

そうして脚を進めた。

瞬間。

後ろの方でとてつもなくデカい存在を感知した。

「…リヴァイアサン!」

何故、今になってこんな所に!

渦を巻いて現れたそれは、災害にも等しい力をもってこちらを蹂躙しようとする。

「皆のもの!我の下に!」

急いでゴブリンや人魚や魚人、少女を庇う。

来るぞ、『冒涜する災害』が…!





「うぐ…」

目が覚めるとリヴァイアサンは消えており、目の前の光景に驚愕する。

木々は薙ぎ倒され、地表は抉れている。

ゴブリン達の住処のような文明物も、尽く無に帰している。

「…!そうだ!皆の者は!?」

自分の腹を退かす。

「!?」

…どうやら、勢いを完全に殺し切れなかったようだ。

ゴブリン達はいなくなっている、津波で流されたのか、所々にそれらしき者が見受けられるが、息はしていない。

「あの、声を掛けてきたゴブリンは…見えぬか」

魚人や人魚はそもそも津波にはめっぽう強く、水面からこちらを覗いていた。

「…王よ、お気になさらず」

「いくらなんでも目覚めるのが速いでしょ、あのバケモノ…」

楽しく過ごした時間は束の間、夢幻の如く消え去った。

「…エメ!?」

人魚の一人が声を上げる。

「王よ!御身の下です!まだ息がある…早く治療を!」

先程の、素晴らしい歌声の少女。

ドレスはそのまま、しかしながらまさに風前の灯。

「大地母神、そして母なる海よ…その母なる慈愛の御業にて、彼の者の傷を癒したまえ…!」

彼女に治癒魔法を施す。

大地と海の母による治癒の魔法。

そのくらい、我は本気で生かしたいのだ。

「頼む…頼むぞ…!」

ハサミに力が篭る。

「絶対に…救ってやるからな!」




ーー森人の地にて。

「兄貴!しっかりしてくだせぇ兄貴!」

「死んじゃ困るぜ兄貴!エメちゃんが泣きますぜ…!」

「んん…」

煩い2人の声に目が覚める。

「…!目を醒したぜタン!」

「ああそうだなニヨウ!」

手をつき、体を起こす。

「ここは…エルフの嬢ちゃんの…」

大きな樹木が立ち並ぶ、深い緑の場所。

後ろには、黒く焼け、そして木々は薙ぎ倒され、地面が抉られた地獄が。

「チッあの海蛇野郎…」

痛む頭を抑えて立ち上がる。

あの災害の勢いでここまで飛ばされてきたのか。

なんて奇跡で、なんて威力か。

すると前方に人影が。

「よぉフン。なんでまたこんな所に?酷い傷じゃないか」

「あ、あッシカシックの姐御!?」

蓮の花のエルフ。

冷徹の心の持ち主。

そんな彼女が、見下し気味にこちらを見ていた。

「どうだ?此処は美しいだろう。なんせ、私や他の力を持つ者やこの自然自身が、守ってくれたのだからなぁ」

そう言って手を大きく広げると、キッとこちらを睨みつける。

「…私の娘はどうしたフンよ、まさか育てるのを放棄したと…?」

腰の剣に手をかける。

怒りのような表情だ。

「…違うぜ姐御、この通り俺は2年もあの子を育てたんだ」

「では何故ここまで戻ってきているのか、守ってやるのが親ではないのか」

言葉が厳しくなる。

明らかに苛立っている声色だ。

言うしかねぇか。

「…大災害に、リヴァイアサンが現れたんだ」

「…!」

その言葉と同時に、彼女の手が柄からダラッと落ちる。

「皆んなで誕生日コンサートをした後だった。そのあと食事にしようとしたら、あのバケモノが」

「幸い、海と陸の王がーー」

その時、瞬時に距離を詰められ。

そして、こちらに掴みよる。

「あの子は…あの子は無事なんだろうな!?」

先程までとは打って変わり、真剣な表情でこちらに問いかける。

「俺も、あの後気絶しちまって…消息までは」

肩を掴んでいた手が離れる。

ふるふると小刻みに震えだすと、彼女は尋ねる。

「あの子は、エメは、無事、なんだよな、な?」

「…」

言葉が出ない。

「だって、お前も生きているじゃんか!エメは何処だ?お前がいるっていうことは近くにいるんだろ!?なぁ!?」

「…」

言葉を出せない。

「なんか言えよ…お父さんよぉ…」

「…」

きっと大丈夫と言っても、安心しないだろう。

「嘘、だって、そんな…」

「…」

誰も、生死なんて分からないんだから。

「…大切に育てると言ったよな」

小さな声でそう呟く。

「守ってやるさとも言ったよな」

震えながら、さっきよりも大きく。

「……コロシテやる…その首、切り落としてくれるッ!」

瞬間、剣が大きく振られる。

「「兄貴!」」

ーーーーー

寸でのところで刃が止まる。

剣先が震えているのが音でわかる。

「お前を殺したとしても、あの子は帰ってこない…」

剣先を地面に向け、カランと落とす。

「ただでさえ守ってやれなかったのに、あの2人に合わせる顔なんて」

膝から倒れ落ち、手で顔を覆う。

「…死んだかのように言うのはやめないか、姐御」

そう言って、彼女の肩に手を置く。

「エメは生きてる、だから探そう」

僅かに笑みを作る。

生きているかなんてわからない。

あのカニの王様が助けてくれた可能性だってある。

わからないのなら、探すしかないじゃないか。

「…え?」

「なぁに豆鉄砲食らったような顔してるんすか!姐御らしくない!」

そうだ、探すんだ。

「親なら、子供を見つけてあげるのも務めでしょう?」





「息を吹き返しましたよ!王!」

小さな息、とくんとくんと命が脈打つのがわかる。

「…暫くは我が預かろう」

「え?王、何と?」

人魚は、呆けたような顔をする。

「海は人は簡単には住めまい」

「いやでも王、しかし私は!」

「あそこは危険の方が多い」

「んん…」

「我の根城なら、安心して暮らせるだろう」

「もう、怖い目なんかさせまい」

小さな体を、器用に掴み上げる。

「今度は、我が」

そして、優しく背中に乗せる。


「この娘を護ろうぞ」

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