人間〜
数多の人が集まり、働き、学び、食べ、遊ぶ。
そんな賑やかな都市から遠く離れて少し開けた森の中、ポツンと建った木造の家で、新たな命が芽生えました。
「元気な女の子ですよ」
耳長の助産師さんが、小さな命を掬い上げる。
おぎゃあおぎゃあと泣く我が子。
二人の夫婦は、泣きながら喜んだ。
「ママ、ママ」
小さな子が服の裾をぐいっと引っ張る。
「どうしたの私の天使?」
小さな子は、その小さな指で何かを指す。
「あぁそうね、それはお楽しみの為にあるものよ」
テーブルに置かれた大小さまざまなお皿。
壁から壁にかけて張られた綺麗な色紙。
これらは全て、私の天使の2歳の誕生日のための準備だ。
言葉を覚え、2本の足で立ち、すっかり大きくなった我が天使。
今日はとても喜んで欲しいと願いながら、お父さんの帰りを待つ。
タァン!
銃声と共に事務所内が静まる。
汚れ仕事を請け負い幾数年。
無感情のまま引き金を引き、他人の願いを叶える。
そうして生計を立てている。
だが一つ、今日は憤りを感じることが起きた。
目の前で息絶えているこの男は、殺される前に自分で命を断ったのだ。
この部屋にいた彼の部下らしい者共を不意打ち気味で撃ち、彼らが倒れたその先がこれだ。
これでは仕事をしたとは言えない。
手持ちの携帯端末で任務完了を依頼先に告げ、ここを後にする。
…イライラが収まる気配がしない。
煙草を一本吸っても消えない。
また、奴らを殺すしかないか。
俺は憤りを感じ、尚且つ治らずにいた時には、異端の者を殺すことでコレを解消している。
ヒトに足並みを揃えず、己れの道だけを歩まんとする者には制裁が必要だ。
その執念が蔓延しないよう、世の中の役に立っているのだと思うととても良いことをしたと感じる。
こんな自分だが、役に立っているのだと感じ、イライラはスッと静まるのだ。
毎度やっていても金にもならないことなので、このような時でしか果たせない善行なのだ。
まぁ、見つけるまでが大変なのだが。
ポケットに手を入れながら歩いていると、ケーキ屋の方から小さな賑わいが聞こえてくる。
聞き耳を立てて店の壁にもたれかかる。
「あら!今日は娘さんの誕生日なんですか?!」
「はいおかげさまで…今日で2歳になるんです」
「めでたいねぇ!森まで大変でしょう?なんならお家まで送るけど…」
「いえいえいいですよそんな!」
「そうかい?…じゃあできるまで少し待っててね」
男が店から出てくると、その後をつける。
バレないよう距離を長くして尾行する。
…家族もろともだな。
途中で魔法を使われたが、なんとか森まで辿り着く。
「『森人の地』か」
エルフやらが住んでるというところだ。
こんなところに人間が住もうとは…。
「愚かな…」
勘付かれぬよう、茂みを利用して姿を隠しながら移動する。
気配を殺して長い間進むと、様子の違う一軒の木造建築を見つけた。
色鮮やかな装飾が飾ってあり、いかにも特別な催しがやらんとばかりの主張。
茂みから姿を出し、家のほうに向かう。
辺りを見回し、安全を確認した後にノブに手をかける。
そして、扉を。
「じゃあな」
夫が帰り、我が子の誕生日の準備を進める。
白いチョコペンで「HAPPY BIRTHDAY AIME」と書かれた板チョコが乗ったケーキを大きな皿に乗せ、プレゼントを脇に置き、準備は完了。
娘を椅子に座らせ、目隠しはそのまま。
「耳長さん達はまだだけど、先に私たちだけで祝っちゃいます?」
「そうだな、彼らには悪いけど、家族だけで先に行おう」
娘と向かい合い、灯りを消し、歌を歌う。
「誕生日おめでとう!」
その言葉と同時に扉がガタンと音を立てる。
目隠しを外そうとしたが、一旦手を止める。
「あら、もう来たのかしら」
扉の方へ行き、無用心だとは思うが扉を開ける。
「どちらさまー」
タァン!
乾いた音と共に、妻が振り返る。
後ろには黒い服の男。
右手に銃を携え、我が家に入ってくる。
ドンっと男の身体が当たり、妻がよろめく。
それを受け止めると、何故か手が濡れる。
…血?
タァン!
2度目の銃声。
顔に生暖かい液体がかかり、妻を受け止めていた腕が急に重くなる。
さっきまで目を合わせていたはずの顔が項垂れる。
再び顔を見ようと、手で顔を動かす。
抵抗感のない顔を重さ、その眼はまるで、光を無くしていた。
未練があるようなその眼。
…娘を護らなくては。
タァン!
3度目の発砲。
顔の横を擦れる。
舌打ちが聞こえ、男はこちらに詰め寄る。
まずい、何処かこの子を隠せるところは…!
後退りながら辺りを見渡す。
…床下収納。
丁度あの子の後ろらへんに存在していた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
叫びを上げながら、娘の元へと向かう。
タァン!
4度目。
「っ!」
脇腹に当たる。
倒れると同時に、娘を抱きかかえる。
急いで床下に彼女を入れると、
「パパ?ママ?」
泣かずに何度もその言葉を繰り返していた。
「大丈夫、今は耳長さん達と遊んでるんだ、悪いけど、少しだけ隠れててね、誕生日おめでとう」
そう言って扉を閉める。
背後にはあの男。
ジャプッと音が聞こえてくる。
倒れた妻の死体を踏んだのか。
…。
後ろを振り返り、拳を握り締め、立ち向かわんと力を入れる。
殺してやる殺してやる殺してやる!
そう意気込み、男に歯向かおうとー。
タァン!
「愚かな」
男を始末し、あとはあの娘だけだ。
横たわった死体を足で退かし、ハッチを見つける。
「さて」
準備は良好。
あとはあのガキを撃つだけー。
ハッチに手を掛け、開けようとー。
ガシッ。
勢いよく肩を掴まれる。
「っ!!?」
掴まれた箇所に爪がめり込む。
人のものではない。
何か、大型の猛禽類のようなー。
後ろを振り返る。
そこには、鳥人間「ハーピー」が俺の方を鷲掴んでいたのだ。
「くっ…離せ!」
鷹のような脚を引き離そうとするがびくともしない。
それどころか、身体がどんどん引っ張られてゆく。
最後の標的が遠ざかってゆく。
戻ろうと脚を動かすが、空振る。
浮いているのだ。
「ちくしょうっ!」
咄嗟に銃を発砲するが、確実に狙っていたはずなのに弾道は逸れる。
「…っ!これだから魔物は嫌いなんだよ!」
森の魔物には大体それに沿った加護が付与されている。
長い間生きているものであれば、その加護の恩寵もより強まる。
ーー弾を逸らすは風の加護。
昔話によく詠われている言葉だ。
一方的に人間に射られてゆく生命に対しての、神による慈悲。
「ズル使いやがって…」
家から出ると、体はどんどん空へと向かう。
家が米粒サイズになる程になるとその羽ばたきは止まった。
「ジャア、ネ」
片言の言葉でハーピーはそう告げると、肩から爪を離し、俺を落とす。
とてつもない浮遊感、そして絶望感。
それらに苛まれながら、長い時間自由落下する。
…死んでたまるかよ。
「やむを得ん」
指はおさらばになるが、状況も状況だ。
使うしかあるまい。
「我が指を贄に、扉よ来れ!」
左の小指に激痛が走る。
犠牲が小指だけでよかった。
虚無から現れた扉に身を任せ、俺は家へと帰る。
鳥人達から報せを受け、あの方達の家へと向かう。
いざという時のために弓を携え、全速力で森を疾駆する。
パァンと音が聴こえた方を向くと、鳥人が黒い服の男を捕らえていた。
急いで家の方へと向かう。
「はぁ…はぁ…!」
息を切らしてあの人達の家に辿り着くと、そこはまあ見るも無残な…。
「斯様なことを!」
あの人の夫婦達は血溜まりをつくって倒れー。
「っ!あの娘は!?」
仲間と共に家の周囲や中を探させる。
暫くして、仲間の一人が床下収納にてあの娘を見つける。
目隠しをされ、一人蹲っていたそうな。
少女を抱き上げると「ママ?パパ?」と投げかけてくる。
「…あぁ、ママだよ」
目隠しは敢えて外さず、ギュッと抱擁する。
そうだ。
私達は、あの人たちの代わりにならねば。
この子を、守ってやらねば。
少女はまるで何かを察したかのように泣き出し、私はそれをあやす。
これからは、私達がお前の親なのだ。