表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

第八話 物資回収

 街は相変わらず、蠢く肉塊によって占拠されていた。

 道々に倒れ伏す人間を、鶏肉が覆い尽くしている。一晩中貪られたのだろうか、白骨と化した遺体さえ散見される始末である。


「落ち着いて、スズ」

「……分かってる。平気だよ、取り乱さない」


 胸の悪くなるような光景を目の当たりにしながらも、良太と美鈴は懸命に足を動かす。

 鶏肉の多くは、一先ず獲物を溶かすのに必死らしく、二人には近寄ってこない。

 ただ、それでも少なくない数の鶏肉が、新たな餌を嗅ぎ付けて集まってくる。


「走るよりょーちゃん。付いてきて」

「頑張る。道を間違えないでね」


 二人はなるべく見通しの良い大通りを選びながら、目的地に向けて移動を開始する。


 良太と美鈴は 隣町から高校へと通学しており、ここ春日市にはあまり土地勘がない。二人は入念に地図と地形を照らし合わせ、道に迷わないよう気を付ける。


 食料を調達するにあたって、まず目標地点にしたのはホームセンターだ。

 普通はスーパーマーケットやコンビニを探すべきなのだろうが、この混乱を生み出した敵は鶏肉である。


 まさか鶏肉が地面から生えてきた訳でもないだろうし、きっと食肉工場やスーパーの冷蔵庫から這い出してきたのだろう。生鮮食品を扱っている店に近づくのは危険すぎた。


 ホームセンターなら生の鶏肉は置いておらず、また日持ちのする食品や種々の道具なども取り扱っている。物資を集めるには打ってつけだ。だが、


「見えてきた! でも、ちょっと様子が変みたい……」


 遠目にホームセンターを捉えた美鈴が、怪訝そうに呟く。


「どんな感じ?」

「えっと、駐車場に車が滅茶苦茶に止めてある。ゲートの所とか横付けしてるし……あと、たぶん自動ドアとか窓ガラスも割れてるみたい」


 良太の問いに、美鈴がすらすらと答える。


「ホントだ……ホームセンターは諦めよう」


 実際にその光景を目の当たりにした少年は、即座に目標地点を変更した。

 二人に先んじて、物資の確保に走った市民たちが大勢いたのだろう。ホームセンター内に物資は残っていないかもしれない。


 それに何より、この状況下で他の市民たちと鉢合わせするのは余り望ましくない。

 人間の数が多ければそれだけ鶏肉が寄り付きやすくなるし、そもそも市民がこちらに友好的とは限らない。


 合流するメリットも勿論あるのだが、とにかくリスクを最小限に抑えるのが良太の方針だ。全ては、少しでも美鈴を危険から遠ざける為に。


「分かった。じゃあ次は薬局だね?」

「うん。西に行ったところにマツ薬局がある。二百メートルも無いよ」


 予め行動計画を立てていた二人は、気落ちすることもなく再び道路を走りだした。

 最近のドラッグストアは、医薬品の他に食料品も取り扱っていることが多い。

 品数や数量は多くないものの、二人が食べる分だけなら確保できるだろう。勿論、医薬品を回収できるのも有難い。


「着いた。僕が先に入るから、スズは後ろを見張ってて」

「了解。りょーちゃんも注意してね」


 営業中に災害に見舞われたらしいドラッグストアはシャッターも降ろしておらず、軒先の籠には特売のトイレットペーパーが積まれたままになっていた。

 良太はLEDライトを付け、半開きになった自動ドアから慎重に店内を窺う。


「……音はしない。中にアレはいないのかな?」


 それでも慎重に、少年はゴミ箱の蓋を構えながら中へと入る。その背後を守るように美鈴も付いて行く。


 やはりと言うべきか、ドラッグストアも略奪された形跡があった。食料や医薬品だけでなく、レジスターから現金が抜き取られているのだから、気分が重くなる。


「大丈夫、そうかな……」


 店内を一通り巡り、バックヤードまでくまなく調べたところで、ようやく良太は安堵の息を付いた。鶏肉の姿は見当たらない。人が居なかったので、連中も入り込まなかったのだろう。

 だが、のんびりしている暇はない。


「手早く済ませよう」


 二人はリュックサックを降ろすと、食料品を中心に物資を集め始めた。

 略奪に遭ってはいたが、それでも幾らか品物は残っている。


 介護用食品や離乳食。お菓子や缶詰にインスタント食品や調味料も見つかった。

 医薬品も忘れずに集める。各種薬類に痛み止め、消毒液に包帯、サプリメントなど、役に立ちそうな物は片端からリュックに詰めていく。


「そういえばスズ。さっきの話だけど……」

「え、なーに?」


 介護用品の棚を漁っていた良太が、不意に美鈴へと声を掛けた。


「スズが、アレに優先的に狙われてるかもしれないって話」

「あ、うん。やっぱり今日もそうっぽかった。りょーちゃんより、明らかに私の方に寄ってきてたもん」


 と、少女があっけらかんと答えた。

 どうやら鶏肉は標的にする相手を選んでいるらしい。朝の会議の時に、美鈴はその疑念を良太に伝えていた。


 ここまでの移動で、疑問は確信に変わったらしい。

 にも拘らず、少女はあまり動揺した様子を見せない。むしろその方が、少年を危険に晒さずに済むと考えているらしい。


「なにか理由があるのかな? 僕とスズにどんな違いが?」

「うーん、なんでだろね」


 真剣に考え込む良太に比べ、美鈴は能天気に相槌を打つばかり。少女は何やら健康茶のコーナーを物色しており、品物選びに夢中らしい。


「性別に関係があるのかな。それとも蚊みたいに、何か別の要因で標的を選んでるのかも……」


 鞄に食品を詰め込みながら、良太が考えを述べる。


「そりゃあ、僕は痩せっぽちで食い出が無いかもしれないけどさ、アレに視覚があるようには思えないし……」

「ちょっと待って、今の聞き捨てならない。誰の肉がたっぷり付いてるって?」

「あ、いや、そんな意味じゃなかったんだけど……」


 会話をしながらも、二人は作業を進めていく。

 程なくして、リュックサックは食糧で一杯になった。一か月は持たないかもしれないが、かなりの日数を過ごせるだけの量を確保できた。


「どっちにしても、狙われるのが私の方でよかったよ。でもりょーちゃんも油断しちゃ駄目だからね」

「全然よくないよ。スズが危ないじゃないか」

「……うん。ありがと」


 リュックサックを背負い直し、二人は今一度辺りに鶏肉の姿が無いか確認する。


「よし。服屋に戻ろう」


 良太がそう告げる。

 本音を言えば生活雑貨も回収しておきたかったが、第一目標は達成した。欲をかいて無用な危険を冒す訳にはいかない。


「ごめん。ちょっと待って」


 ドラッグストアから出ようとすると、美鈴がそう言って立ち止まった。


 彼女はレジカウンターに近寄ると、何やらペンと紙を拝借し、書き物を始める。

 自分たちの名前と、物資を拝借した旨を記しているのだ。


 この非常事態に、いちいち書置きなどしなくてもいいようにも思えるが、良太は何も言わずに周囲を警戒する。

 少女の真っ直ぐな心根が、少年は何よりも好きなのだ。非難などあるはずもない。


「ありがとね。それじゃ、行こっか」

「うん。……ちょっと重いね」


 二人はドラッグストアを後にすると、来た道を取って返す。

 ――事件は、その道中で起きた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ