第六話 疑問
驚天動地の一日が、ようやく終わろうとしている。
良太と美鈴は明日以降の計画を詰め、現状集められるだけの物資を整えると、早々に休息を取ることにした。
「じゃあ、先に休むけどいいかな? 何かあったらすぐに起こしてね」
流石に二人一度に休むのは不用心なので、交代で見張りを立てることになった。
良太はソファの上に横になると、店舗の売り場から拝借してきたコートを引っかける。
防犯上の観点から電気は付けたままだが、この際文句を言ってはいられない。
気が昂ぶって眠れそうにないが、それでも心身に刻まれた疲労は深く、目を瞑れば体が鉛のように重たく感じる。
程なくして、良太は小さな寝息を立てはじめた。
そんな少年の姿を、事務椅子に腰かけた美鈴が優しく見つめる。
「さて、っと」
少年が寝たのを確認すると、少女は机へと向き直った。
彼女は今、机の上のメモ帳にペンを走らせている。
内容は、この衣料品店の店員へのメッセージである。
緊急事態であったとはいえ、勝手に店舗に侵入し、食料や商品を拝借したのだ。そのことについて、侘びと礼を述べなければならない。
自分たちが如何にしてこの店へと辿り着き、中で何が起きたかを順を追って記す。
そして使用した食糧や医薬品、破損した器物、これから借りていく品などを思いつく限り書く。最後に自分と良太の名前と連絡先を記し、丁重な謝辞で締めくくる。
「こんな感じ、かな?」
それなりの長さになってしまった文を読み返しながら、美鈴が呟く。
書き起こしてみれば、信じられない出来事の連続である。
僅か半日前には、良太と楽しく弁当を食べていたのだ。何事も無い平凡な日常が遠い過去になってしまったことに、美鈴は暗澹たる思いになる。
「ん……」
決死の逃避行を思い返せば、今更ながらに背筋が凍る。
醜悪な人喰い鶏肉に追いかけ回され、何度窮地に陥っただろう。今、息をしていられるのは奇跡ではないか。
そして良太が負った手の傷を考えれば、恐怖に胃が縮み上がる。
「駄目駄目。二人で助かるんだ」
絶望に囚われそうになった少女は、椅子をクルリと半回転させ、ソファに眠る少年の姿を見る。
穏やかに寝息を立てる少年の寝姿。
線が細く頼りなく見えることもあるが、それでも時々すごく男らしい、少女が愛してやまない顔だ。
良太を見詰めているうちに、美鈴の心を蝕んでいた絶望と恐怖が徐々に薄れていく。
彼と一緒に、精一杯生きよう。少女はそう決意を新たにする。
「そういえば、あの時……」
そうして美鈴が一日の出来事に思いを馳せていると、ふと脳裏にある疑問が浮かんだ。
「アレ、私をまっすぐ狙ってたよね」
事務所内に鶏肉が侵入した時の事だ。
倒れ伏す美鈴と彼女を介抱しようとしていた良太を狙い、鶏肉が再度近寄ってきた。
位置関係でいえば、良太の方が近かった筈だ。だが、鶏肉は真っ直ぐに美鈴へと襲い掛かった。
また、町中を逃げ惑っていた時も、鶏肉は殆ど美鈴に向かって来たように思う。
良太が危ない時もあったが、情景をよくよく思い起こせば、鶏肉の進行方向には美鈴が居て、ただ彼は間に立っていただけにも感じる。
「何でだろう……いや、でも……」
考えれば考えるほど、疑惑は確信へと近づいてくる。
明らかに、鶏肉が優先して狙っていたのは美鈴だ。いや、そもそも良太自身が狙われたケースはあったのだろうか。
「……お肉ばっかり食べてるから、恨まれてるのかな?」
あくまで疑念に過ぎないが、考えれば考えるほど度壺に嵌る。
長く危険な夜を、少女が首を捻りながら過ごした。