第2章3話:メタボパンチ刑事登場!!
警視庁捜査一課時代の同僚、大賀龍雄と朝まで痛飲した翌日の午後、俺は今名古屋にいる。
新幹線の改札口を出て駅前の駐車場に向かう。捜査一課に着任する前、一時期ではあるが名古屋市内の中村警察署に所属した経験がある。今日はその時の後輩、大石大吾に会うことになっているのだ。
腕時計を見ると14時を15分過ぎている。遅刻だ。
駐車場で後輩の車を探す。確か白のクラウン、愛知県だけにやっぱりトヨタ車だ。
名古屋駅前の駐車場は、中村警察の目と鼻の先だ。
現役の刑事が、いかに元刑事とは言え、探偵と会っているのを見られるのは、痛くも無い腹を探られると考えたのだろう。待ち合わせ場所は大石の車の中、となっていた。あいつも多少は成長したようだ。
愛知県は本当にトヨタ車が多い。そして白が多い。だから大石の車は本当に見つけにくい・・。
あれ・・???
前方に車の横に立って両手を振っている大男がいる。
大石だ。
なんの為の車の中での待ち合わせだ。大目立ちじゃねえか・・・。
少し歩みを速めた。まだ手を振ってやがる・・。パンチパーマに金糸で刺繍が施されたど派手なTシャツ、相撲取りの様な腹と、丸太のような腕。ほとんどヤクザだ。
大賀といい、なんで、刑事っていう人種はこういうのが多いんだ。いまどきどこでパンチパーマかけてやがる。
「どうも皇さん、ご無沙汰しております!!」
身長190cm近いパンチパーマが深々と頭を下げる。体もでかいが、声もでかい。近くを通る人がびっくりして俺たちの方を見ている。大目立ちだ。
「おお、元気か。」
俺はできるだけさりげなく声をかける。
「いやあ、先輩、すっかり探偵っぽくなっちゃいましたね!!」
(おい、パンチ!!声がでけえよ。)
そんな事を思いながら、
「車の中で話すか」
パンチパーマを車の中へ押し込む。
車を走らせながら、パンチこと大石大吾はしゃべり続けている。もう40近いはずだが相変わらずだ。
俺と大石の付き合いは大石がまだ派出所勤務の時から始まる。とあるヤマで人手が足りなくなって、派出所から応援に来たのが大石だった。その頃はまだスリムな好青年だったのだが・・・。
本人は刑事になる気満々でかなり張り切っていたようだ。若さに任せて寝食も厭わず捜査に協力していた。
そんな姿は、鈍感な俺も気付いていたし、同僚のベテラン刑事も同じだった。捜査終了後、上司に大石を推薦したのは、その同僚のベテラン刑事だったが、大石はなぜか俺が口添えしてくれた、と思い込み、中村署に異動後も何かと俺にまとわり付いて来た。
当時の俺はまだ20代後半でそんな力はあるはずないのだが、俺を慕ってくれる後輩がいる事は何かと便利だったのでそのままにしておいた。(笑)
今日は久しぶりの再会だ。大石も少しは興奮しているのだろう。
とは言ってもそろそろ黙らせるか・・。
「おい、大石。ところでだ・・」
「ああ〜、すいません、先輩。なんだか俺ばっかり話しちゃって・・」
(まったくだ。しゃべりすぎだお前は)
「俺が名古屋に来た目的だが・・」
「ええ、わかってますよ。zeroですよね。大丈夫っス。本庁の大賀さんのトコからはあんまり突付くなとは言われてますけど、他ならぬ皇先輩の頼みですから!!」
「そうか・・。すまんな。」
「なーに!!任しといてください。皇礼次郎仕込みの捜査テクニックで一発です!!」
こいつのこの調子の良さが心配だ・・・。
「ところで今の段階でzeroに関して何かお前が知ってる事はあるのか?」
車は小さな裏道を抜けて、国道に入ろうとしている。車の通行量は多い。パンチはその髪型に似合わぬつぶらな丸い瞳と顔をせわしなく左右に動かしながら割り込める車の間隔を探して車を右折させる。
国道に入って直進になってから、パンチが答える。
「う〜ん・・。そうですねえ・・。俺も先輩から連絡もらって調べてみたんですけどねえ・・。まあ、俺の親戚にzeroの初期の頃の信者だったモンがいるらしいんですよ。そこらあたりから少しは情報引っ張れるかな、と思っとります。」
(まだ何もわからないという事だな・・)
「ああ、それと・・」
「うん??」
「zeroの教会のあるT村ですけど・・。一時は村の半分がzeroの信者みたいなモンだったらしいっすよ。」
(ほ〜う・・。いい情報を持っているじゃないか。パンチ君。)
「ほ〜う。半分か。T村ってのはどれくらいの人口なんだ??」
「3000ってとこですね。今はそれほどでもないようですが、以前は随分活発に活動してたらしいです。」
(大賀曰く、今のzeroの信者数は500って所だから、随分縮小してるって事だな)
「まあ先輩、大丈夫ですよ。俺もだてにこの辺で長年刑事やってるわけじゃないですから。うまい具合にzeroの情報集めて、皇さんにお伝えしますよ。」
「ああ。悪いな。できるだけ早くもらえると助かる。」
「任しといてください!!」
そう言うとパンチはCDプレイヤーのボタンを押す。流れる音楽は「永ちゃん」だ。
体を揺らしてノリノリのメタボなパンチ野郎の横で俺はシートを倒して目を閉じる。
「近くに来たら起こしてくれ」
「OKっス!!」
「永ちゃん」の音楽が正直、うるさい・・・。
「皇先輩!!もうすぐですよ!!起きてください」
「・・・・・ああ??・・おう。」
のそのそとシートを起こす。
車外はすっかり田畑風景、ここがT村か。大石と車の中で打ち合わせがてらzeroの教会まで案内してもらう事になっていた。
「先輩、前の方にインドの寺みたいなのが見えるでしょう?あれがzeroの教会ですよ。」
両側を青々とした田畑で挟まれたゆるやかに下る一本道。その遠い前方右側に、周りを塀に囲まれ、金色のウンコ屋根をしたインド寺院のような建物が見える。
「あれか・・・・」
「こんなド田舎で目立つでしょ。それにしてもセンス悪いっスよねえ!!」
お前に言われたくない。
「zeroってのは、あれか・・。インド仏教が教義なのか??」
「さあ・・・。どうなんでしょうねぇ??代表者は日本人ですけど・・。」
公開されている資料によれば、zeroの代表者は倉藤恭一という人物だ。まあ、日本人には間違いない。
車は、zeroの教会に近ついていく。金色のウンコ屋根が光を反射してまぶしい。
でかい。近くで見るとその巨大さがよくわかる。周りは田畑ばかりで建物が一切無い為、よけいそう感じる。
車を教会の門の前に止める。教会の周りは高いコンクリート塀で囲まれ、さらに塀の上部には鉄条網が付けられている。まるで刑務所の塀のようだ。
閉じられた黒い巨大な鉄製の門にはミケランジェロの「地獄門」の様なレリーフが施されている。
インド風の寺院、キリスト教を思わせる門。いったいzeroってのはどういう宗教なんだ。
そしてこれほどの巨大な教会。いったいこの建設費用はどこから出ているのか??やはり大賀の言うようにライフラインとの繋がりか?
車外に出る。盆地のT村はムッとする暑さだ。
教会の周りをパンチと一緒に一回りしてみた。塀の所々には監視用のカメラが設置されている。本当に教会らしからぬ警備ぶりだ。こんな周りが田んぼだけの所で一体何をそんなに警戒しているのか。
「いやあ〜。それにしてもでかいですねぇ。宗教っていうのはやっぱり儲かるんですかねぇ。」
メタボのパンチは暑い所がやっぱり苦手な様だ。少し歩いただけなのにもう大汗かいている。
ぐるりと一回りした所で、再び門の前に立った。
宗教法人 零式
これが正式名称なのだろうか。門柱に毛筆でこう書かれた木製の大きな表札がかかっている。こんどは純日本宗教風だ。
建物の感じ、門の感じ、そしてこの表札の感じ・・・。何かこの宗教は、捉えどころが無いというか・・、ちぐはぐな感じを受ける。
よく見るとインターフォンがある。ボタンを押してみる。
「ちょ・・!!先輩、やばいっすよ!!」
「大丈夫だ。」
しばらくすると若い女の声で
「どなた様でしょうか?」
と、きた。
俺は落ち着き払って
「あ、秘書の方でらっしゃいますか?突然、申し訳ありません。私、宗教ジャーナルの門倉と申しますが、代表の倉藤さんおいででしょうか?」
と言うと間髪いれずに
「いえ、私は事務のものなんですが・・。倉藤先生は今外出していらっしゃいます。今日はもう戻らないと思いますが・・・。」
「そうですか。それでは結構でございます。先生にもよろしくお伝えください。」
そう言うとインターフォンは何の反応も無く切れた。
俺はパンチに行くぞと目で合図をして門を離れる。
お互い無言で車に乗り込んだ所でパンチが素っ頓狂な声を上げる
「いやぁ〜先輩!驚きましたよ〜!!倉藤がいたらどうするつもりだったんスか!!」
「その時はその時さ。ただ、ひとつわかった。」
「・・・・?」
パンチは車のエンジンを入れながらその顔に似合わぬつぶらな瞳を瞬かせて俺を見ている。
「あの対応に出た事務の女。倉藤の事を“先生”と呼んでいたろう。信者の中でも教団内部で働くって事はかなり“深い”部類の信者のはずだ。そんな奴は自分の信仰する宗教の教祖を“先生”とは決して呼ばない。俺はzeroってのは倉藤が教祖だと思っていたが、そうではないようだ・・。」
「おお〜!なるほど!!確かに!!さすがは皇先輩!!」
!マーク連発だ。パンチはこちらが気恥ずかしくなるほど大げさに関心する。
走る車の窓から景色を眺める。
「しっかしここは・・・」
鳥栖力也を探すために、zero教会の周辺の住民にでも探りを入れるつもりだった。が、周辺に住居らしきものがまったく見当たらない。遠くに風除けの樹木をまわりに巡らせた民家らしきものがぽつん・ぽつんと確認できるが、見渡す限りの田畑だ。
驚くべき人口密度の低さ。
(パンチからの報告に期待するか)
後日、メタボなパンチ刑事は予想をはるかに超える良質なレポートを俺にもたらしてくれる。
当然そんな事は、この時は予想だにしていなかった。