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神の子  作者: 香取幸助
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第2章2話:神の遺伝子

過去6人のケースではホテルの従業員などからの目撃証言はあるものの画像は皆無であった。




「こいつが・・・」





岩倉がうなり声ともつかぬ声を搾り出す。






被害者の女性と変わらぬ華奢な体、異常に白い肌の色。


黒い頭髪は長くはないが前髪が目の部分まで届き、鼻から下の表情しか捉えられない。



笑っているようだ。大きな口。口紅を塗っているかのような真っ赤な唇。その赤い唇に縁取られた歯も妙に白い。白い肌と赤い唇のコントラストが雛人形を思わせる。




これが7人を殺害している連続殺人鬼であるとは決して誰も思わないだろう。それほど中性的な柔らかい印象である。




「男・・でしょうか??」




大賀がつぶやく。




「・・・・・・・」




岩倉は何も答えない。




画像の一時停止を解除する。




ホテルの自動ドアが開いて、二人が玄関から入ってくるシーンが再生される。画像はこのシーンの一部分を静止させて見ていたものだ。




同じシーンが何度も繰り返し自動再生される。




大賀と岩倉はそれをじっと凝視し続けている。




「人かどうかすら・・わからん・・」




岩倉がつぶやく。



今から2年前、2006年12月2日。



捜査一課刑事の岩倉俊夫は前日夜の連絡を受けて、朝一番で科学捜査研究所を尋ねた。



坂田陽子鑑定技官はまだ出勤していない。約束は9時であったが、岩倉は待ちきれずに8時15分には到着していた。





それは9月17日に起こった。




被害者の血液が部屋一面に塗られ、内臓が取り出されるという凄惨な殺人事件。



現場には犯人のものと思われる無数の指紋が残されていた。



逮捕は時間の問題と思われたが、警視庁の膨大なデータの中に該当はなかった。



指紋以外にも複数の体毛、体液が採取されており、それらのDNA鑑定がなされていた。



昨日その結果が出たとの連絡が岩倉に入った。担当の坂田陽子鑑定技官はいつも落ち着いた、ややもすると冷たい印象を与えがちな話し方であるが、昨日は少し興奮したような話し振りであった。



岩倉は妙に気になって早く目が覚めてしまった。



いつもは事務所の端の打ち合わせ用スペースに通されるのだが、なぜか今日はひとつ隣の応接室に通された。こんな事も初めてであった。



壁にかかる時計を見る。8時30分を少し過ぎた所だ。まだ到着してから15分しか経っていない。とても長い15分だ。



ソファに座ったまま応接室の中を眺める。質素な応接ソファーとテーブル、落ち付いた感じの薄いグレーの壁にはルノアール風の淡い色の絵がかけられている。



時計の秒針の音だけが妙に大きく響く。





「ごめんなさい、お待たせしちゃって。」





ノックの音とほとんど同時にドアを開いて坂田鑑定技官が入ってきた。




「いや、こちらこそ少し早すぎたようで・・」




岩倉もソファから立ち上がりながら言う。




「どうぞ、おかけになって・・。」




そう促されソファに腰掛ける。



170cm近い長身にやや栗色がかった長い髪、銀縁の眼鏡に、グレーのピンストライプのパンツスーツ。顔に化粧気はまったく無いが、長い睫の大きな瞳とツンとした鼻。まぎれもない美人だ。



「ところで・・」



岩倉がそう切り出すと




「どうやら、ゴリラやチンパンジーの類ではないようね。ましてや猛獣の類でもないわ。」




岩倉の鋭いまなざしに坂田は全く臆するそぶりも見せず言う。




警察はあまりに残虐な殺害方法から犯人像として、人間以外のサルやゴリラひいてはその他の猛獣類の可能性まで視野に入れていた。




「まあ、それはそうだろう・・。」




岩倉はそんな結論は百も承知だった。とても人間業とは思えない残虐な殺害方法であるが、人間でしか成しえない殺害方法でもあった。




「それで・・、分析結果は・・?」




岩倉が結論を促すと、坂田は眼鏡の奥の長い睫に縁取られた、大きな、美しい瞳でじっと見据えた。




「・・・・・・・」




しばらくの沈黙の後、坂田が切り出した。




「詳細はこの報告書を見てくださればわかります。でも最低限の事はここでお話しするので理解してください。」




そういって、白い書類袋を岩倉に渡した。




「まず、人間同士は99.9%が同じDNAで構成されています。私たち人間の個体差は残りのたった0.1%の差によるものなの。これがたとえばチンパンジーやオランウータンと人間との差になってくると99%弱、それでも1%程度の違いでしかないの。」




「・・・・・・」




「つまりDNA鑑定をすれば、人間同士であれば99.9%のDNAは一致、サルなら99%は一致するって事!」



いかにも理数系に弱そうな岩倉の表情を見て坂田は少し語気を強めた。



「結論から言うと今回調査した犯人のDNAの一致率は99.5%。つまり人のDNAとの間に0.5%の誤差が認められたのよ。これ、どういう事??サルより人間に近いけど人では無い???こういう事なのかしら??」




「どういう事だ??」




「私の方が聞きたいわ。こんなDNA初めて見たわ。この件で科捜研内は持ちきりよ。」





坂田は最初に見せた冷静な科学者の姿から熱い研究者の姿になっていた。




そんな自分の姿に気が付いたのか、急にたたずまいを元の冷静な科学者の姿に戻して言った。



「今の所の仮説として、私たちはこのDNAの持ち主を人間の突然変異種と位置付けています。」




「突然変異・・・?」




「誤解しないで。ミュータントとかそういう意味ではありません。突然変異は生命の維持に全く影響を与えない無害なものと、生命が維持できなくなるほどの悪影響をもたらす2種類があって、それ自体は珍しくはあるけれど括目するほどのものではないわ。でも、ごく稀に現状の種より優れた性能を示す変異が起こる事があるの。これがいわゆる“種の進化”だと言われているわ。」




「つまり・・・??」




「つまり・・・?結論なんかありません。ただ私が言いたいのはこの0.5%はあくまでも人間との差であり、それがよりチンパンジー側の0.5%なのか、つまりマイナス0.5%なのか、それとも人間以上の“何か”側への0.5%であるのか、つまりプラス0.5%なのかは、わからない、という事。人のDNAと差異が認められるから全て人より劣った生き物だと考えるのは人間の驕りだわ。」




「・・・・・・」





そう言うと坂田は岩倉から視線をはずし、やや虚空を見上げるような表情でつぶやいた。






「こんな言い方は変だけど、このDNAの独特の塩基配列の美しさ・・。うまく言えないけれど調和美と言えばいいのかしら・・。何かこう・・神々しいような・・。」







その姿を整理のつかない頭のままぼんやりと見ていた岩倉には










(神の遺伝子)












そんな言葉が浮かんでは消えていた。



「それから、現場で発見された肉片の件だけど・・・」




血にまみれた殺人現場からは犯人の指紋・毛髪・体液などの他に、取り出された被害者の肝臓の一部と見られる肉片が発見された。



その肉片は大半が引きちぎられた状態でごく一部でしかなかった為、これも確認の為に鑑定に回っていた。




「被害者の肝臓の一部で間違いがないわ。それと・・」




坂田鑑定技官は美しい顔の眉間をひそめながら




「肉片から歯型が発見されたわ・・」




「なに!!」




岩倉は思わず、ソファから立ち上がった。




坂田は岩倉の“さま”をソファに座ったまま冷静に見上げながら




「歯型は勿論、被害者のものではないわ。それと肉片からは相当量の唾液も採取されています。犯人は被害者の腹部を裂いて肝臓を取り出した後、その場で食べているわね・・・・・。」







「・・・・・!!!!」







岩倉は絶句した。











(人間の突然変異)












(食人)
















鑑定から導き出されたあまりにも恐ろしい犯人像に、岩倉は身震いを抑える事ができなかった。





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