第1章3話:俺の決め方
夜10時 横浜 関内。
有名な伊勢崎町商店街の街、そして俺の好きなキャバクラの街。
伊勢崎町商店街を歩いていくつかある細い路地の内の一つを左に折れる。雑居ビルの入り口に茶髪を自分の顔くらいの大きさに“盛った”オネーチャン達の顔写真の看板。
「QUEEN」
そう、ここが行きつけの店。女の子のドリンク代、指名料込みで2時間座って2万円くらい、まあこんなもんだろうが、売れない探偵には贅沢な話だ。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。」
店の入り口で若いマネージャーが丁寧に頭を下げる。
ベージュを基調にした落ち着いたインテリア。柔らかな照明。“売り”はキャバクラ料金で銀座の雰囲気。まあ言うのは自由だ。
席に案内されて、いつものオネーチャンを指名だ。
「かしこまりました。」
にやりと笑うマネージャーの金歯がキラリ。
お絞りで手を拭きながら、周りを気にしつつ顔も拭く。客の入りは7割。この時間にしては少し寂しい。
「いらっしゃいませ〜。」
そういいながら彼女が、俺の左隣に座る。
「皇さん、いつもありがとう」
「レイちゃん、また来ちゃったよ!!」
「ふふ・・うれしい・・」
「水割りはいつもの濃さでいい?」
「ああ・・。レイちゃんも飲みなよ」
そんなやり取りをしながら水割りを作る女を眺める。
体のラインに沿った薄いスカイブルーのキャミソールドレスが柔らかなライトに映える。華奢な体。白く柔らかそうな肌。深い谷間を作っている豊かな胸とは対照的な細く尖った肩と腰。細く長い首の上には小さなアゴの小ぶりな顔が乗っている。つんと尖った鼻に長い睫毛に縁取られた、大きく、ややつり上がった黒目の大きな瞳・・。今時のキャバ嬢には珍しく、黒髪をゆるくアップにしたヘアースタイル。母方が鹿児島出身だと言っていたが、見事にそのDNAを引き継いでいる彫りの深い顔立ち。
とにかく見た目は100%俺の好みだ。初めてこの店に来たとき、彼女を見ていきなり店内指名したくらいだ。めったにある事じゃないそうで、彼女も驚いたらしいが、それで俺の印象が彼女の中に強く残った(そうだ)。
その日から俺の関内通いが始まったわけだ。
「皇さん、相変わらず忙しいの・・?」
「う〜ん・・、まあまあだよ。働かないとココ、来れないからね。」
(これ嘘。最近ヒマだ・・。)
「ふふ・・」
(か・・、可愛い〜〜〜〜!!)
彼女のこの笑顔に、商売と分かっていても癒される。
「○×△■〜!!」
たあいない馬鹿話に盛り上がり、さあ、気分良くなってきたぞ、って時に例の金歯を輝かせたマネージャーが音もなく俺の耳元でささやく。
「お客様、申し訳ございません。そろそろお時間ですが、延長なさいますか?」
俺は決して延長しない。そうしないと、金が羽を生やしたように一気に飛んでいく。
「いや、帰る」
会計をすませ、レイも見送りの為、出口まで一緒に来た。
「それじゃね。」
そう言って背を向けると
「皇さん、大丈夫・・・?」
とレイが声を掛ける。
「え、何、どうしたの??」
「皇さん、何か寂しそう・・・」
小首を傾げて笑顔を見せる。そんな笑顔には俺も思いっきりの笑顔で
「ま、生まれた時から天涯孤独の身だからね・・・。でも、もう慣れっこだよ・・」
「そう・・。また来てね・。」
「・・うん。必ず・・。」
こういう感じで何か余韻めいたものを残すのは彼女達の営業テクニックなんだろう。でも、この時俺は本当に“また来よう”と思うのだった。←(バカ)
レイに言った事は嘘ではない。俺は生まれた時から孤独だ。
母親は離婚後俺を出産して死亡。父親は離婚後行方不明で、高校を卒業するまで施設で過ごした。今まで好きになった女は何人かいたがなぜか長く続かない。
まあ確かに、この年になるまで家庭の温かさってモノを知らないのは少し寂しいか・・・。
そんな事を考えながら伊勢崎町を歩く。
(よし!決めた!鳥栖に会おう!!)
イロイロ煮詰まると、なぜかキャバクラに行きたくなる。そしてなぜかキャバクラ帰りに、こんな感じで何かを決心する。
こうして俺はこれからもキャバクラ通いを続けるのだろう。
あのマネージャーのキラリと光る金歯の一部は俺の飲み代で出来ている・・・・・。