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神の子  作者: 香取幸助
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第1章2話:依頼

 肩に届きそうな長髪に無精ひげ。ベージュのコットンスーツに、インナーの白シャツは第2ボタンまで開けるのがルール。

 あるヤマ(事件)がきっかけで、人の生き死にに関わるのがほとほと嫌になり、警視庁捜査1課の刑事を辞職したのが10年前。毎日、地味なスーツを着ていた反動か、今やこんな軟派な出で立ちだ。そのコットンスーツの上着を肩に掛けて薄暗い階段を上る。

 平成10年に建てられたこのビルは、いわゆる“わけアリ物件”だ。過去にコロシ(殺人事件)が発生し、その手口の残虐さから派手に報道された。そのコロシの舞台がこのビルっていうわけだ。

 そんな訳で入居者はことごとく退去、横浜の繁華街のはずれという中途半端な立地も幸い(?)してビルの買い手もつかず、周りから「幽霊ビル」なんて言われる始末。当然家賃はただ同然の格安。俺みたいな無名の私立探偵の事務所兼自宅にはぴったりだ。

 一つ悩みは、依頼者を事務所に呼べないって事だ。それでも最近はネット経由の依頼がほとんどで、依頼者と一度も顔を合わせないないんて事はざら。どうしてっもって場合は、近くの喫茶店で、というパターンなので実の所ほとんど商売への影響は無い。

すめらぎ礼次郎探偵事務所」

 昔から名前負けする、とよく言われる。勿論、本名だ。俳優みたいな名前だ。気恥ずかしくて本気で改名しようかと何度か思った。

 事務所を開くときも、ありふれた名前にしようかと思ったが、何と言ってもインパクト勝負でやっぱりこの名前を使うことにした。



 いまどきエレベーターもない、この“幽霊ビル”の最上階(とはいっても3階だが)が俺の事務所兼住居だ。3階部分には一応2つの事務所が入居できるスペースがあるのだが、こんなビルなので入居者もおらず、勝手に2部屋使わせてもらってる。一つは事務所、一つは俺の住居スペース、だ。

 事務所の方の扉を開けて、ライトをつける。と、同時に何か黒いものがさっと動いた。

(またか・・)

 本当にここに住むようになってから、ユーレイとか摩訶不思議なモノがこの世に存在するって事を信じるようになった。風呂場で髪の毛を洗っている時、ふと顔を上げて鏡を見たら、自分の肩越しに青白い顔の男が写ってた、なんてしょっちゅうだ。最初のうちは毎回、腰抜かしていたが、もう慣れてしまった・・・、いや、それは嘘、相変わらず怖いが、以前より耐性がついた・・。

 自称霊感師の近所のおばちゃん曰く、ここには例の殺人事件をきっかけに、色んなユーレイたちが集まってきてるそうだ。たぶん、俺は日本一度胸のある探偵だろう。(笑)

 リサイクル店で格安で購入した事務机と椅子に腰掛け、○×電気のチラシ特売品で、並んで買ったノート型パソコンの電源を入れた。旧タイプの立ち上がりの遅さに毎回イラッとしながら、メールボックスを開く。相変わらず迷惑メールが多い。この瞬間、いつもエロサイト見るのもうやめよう、と思う。

(お・・!来てる・・!)

 仕事の依頼だ。1、2・・・、2件・・か。1件目は・・・、いつもの浮気調査だ。こういうのは冷やかしの場合も多いので、かならず依頼者とはメールでのやり取りを2・3回繰り返す。

そして、ここからは俺の勘なのだが、本気だと思える相手だけ仕事に入る。勿論、前金だ。

 2件目は・・・??

(お・・?)

 俺は、依頼者の名前に目を見開いた。



依頼者名:鳥栖弘とす・ひろし


 俺が警視庁捜査一課殺人捜査第2係在職中の時。あるホシ(犯人)を追い詰めた際に、誤射してしまった青年の父親だ。俺はこの人の息子を殺してしまった・・。同姓同名かと思ったが、やはり間違いない。



皇さま


ご無沙汰しております。突然の連絡ご容赦ください。

皇さまが警視庁を退官なさって、ご自身で調査事務所を興していらっしゃる事を大賀さまからお聞きしました。

実は緊急でご相談、ご依頼申し上げたい件がございます。

お忙しい所、誠に申し訳ございませんが、是非一度、お会いするお時間をいただけませんか。この1・2週間の内でご都合の良い時間をお知らせください。

当方は自由の身に付き、皇さまのご都合に合わせます。ご返事お待ちしております。






 大賀とは俺の警視庁捜査一課時の同僚だ。どういう事だ・・??なぜ、今更俺に・・?依頼・・?俺に何か仕事を依頼するつもりなのか・・?




 初めて鳥栖弘と会ったのは、撃たれた青年が運ばれた病院の集中治療室前の待合室だった。小柄で痩せ型の“貧相”と言っても良い体つき、しかしながら太くて低い声と眼鏡の奥の意思を感じさせる目が印象的であった。


「このたびは大変申し訳ありません・・・。」


俺はただ頭を下げるしかなかった。母親が何か言おうとするのを制して


「いや、刑事さん。あなたは、ご自分の職務に忠実であっただけです・・・・・・。」


そう言って、俺に頭を下げた。横一文字に口を固く結び、ぶつけようの無い怒りに耐えているのがわかった。

それから数時間後、治療室から出てきた医師から青年の死を告げられた。


「我々も最善を尽くしたのですが・・残念です。」


母親の悲鳴のような叫びと、父親の嗚咽・・・・・。








 久しぶりに父親の名前を目にして、あの光景が再び蘇る。俺はこの事件をきっかけに“人の生き死に”に立ち会うのが本当に嫌になってしまった。それは10年たった今も変わらない。いや、ますます強くなっている。

 受ける依頼がもっぱら浮気調査と人探しなのも、出来るだけそのニオイを避けている結果だ。



「お会いする時間をいただけませんか・・、か。」

 椅子の背もたれに背を預ける。机の引き出しからタバコを取り出して、火力最大にした100円ライターで火をつける。

「ふう〜〜〜〜っつ」

 やっぱり禁煙なんて無理だ。たばこはうまい。でも今回は1日もった。新記録だ。

「・・・・・・・・」

 鳥栖弘と、会うかどうか迷っている・・。



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