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神の子  作者: 香取幸助
13/13

第3章1話:展開

携帯が鳴った。




PM8:00 新宿駅南口近くの立ち食い蕎麦屋にいた大賀龍雄は喉に流し込んでいたそばでむせてしまった。



「・・・はい。大賀です・」




胸の辺りを、拳で2.3回叩きながら携帯を取った。




「おお、大賀か。今、どこだ?」





捜査一課の係長石打巌からであった。




「新宿です。」




のどに詰まった蕎麦を水で流し込みながら答える。




「今、新宿署から連絡が入った。お前が一番近くにいるんじゃないかと思ってな。現場はワシントンホテル新館の11階。コロシだ。すぐに向かってくれ。マル害は肝臓を取られてる。」





「!!!!!!!」





飲み込んだ蕎麦を吐き出しそうになるのをこらえて、大賀は店を飛び出した。





(8人目か!!まだ2週間だぞ・・・!!)






前回のコロシから2週間しか経っていなかった。どんどんペースが上がっている。






新宿駅に向かう人波とは反対方向の、現場のワシントンホテルに向かって大賀は走った。




パトカーがサイレンを鳴らしながら猛スピードで甲州街道を走っている。





道行く人は何事かと振り返ってパトカーの方を見るが、すぐに何事もなかったかのように歩を進めている。






新宿駅周辺は一瞬だけ騒然となった。




新宿ワシントンホテルのその部屋は柔らかな間接照明が使われ薄いベージュ色で全体が統一されていた。ベットには細かな花柄の薄いピンクのカバーが使用され真っ白なシーツは清潔感が溢れている。旅人が疲れを癒すには絶好の空間であった。



しかしながらその床全体は水でびっしょりと濡れ、歩くたびに(ぴちゃぴちゃ)と音がする。部屋の外の廊下にまで水が溢れ出ていた。




被害者は部屋の浴槽の中で発見された。被害者の体が栓代わりとなって排水溝に流れるお湯を堰き止め、やがては浴槽を溢れ出し、部屋に染み出し、ドアの下のわずかな隙間から廊下にまでお湯が溢れ出した。




同じフロアの宿泊客からの通報で従業員が駆けつけた。ブザーを鳴らしても返事がない為、マスターキーで部屋を空けた所で浴槽の中に沈んでいる被害者を発見した、という次第であった。





被害者はこの部屋の宿泊客である中年女性でほぼ間違いないと思われた。フロントの宿泊記録によれば夫と思われる中年男性も同宿しているはずであるが、遺体発見時には姿がなかった。




大賀が現場に到着した時には遺体は既に近くの大学病院に運ばれていた。所轄の刑事の報告によれば、被害者の腹部は刃物のようなもので切り裂かれ、その一部が摘出されたような痕跡が確認できたらしい。



(マル害の状況はかなり近い)



「たが・・・これは・・」



大賀はひとりごちりながら部屋の中を見渡す。





清潔感を保ったままの部屋






被害者は中年女性






人目につきやすいシティホテル





過去7件の殺人とは、腹部を切り裂かれ内臓の一部が摘出されるという殺害方法を除いては、何一つ一致していない。




(過去7件の事件を真似た模倣犯か・・?あるいは・・?)




既に大賀の頭の中では、今回の殺人は過去7件と別物であるとの仮説が出来上がりつつあった。



「大賀さん」




所轄の若い刑事から背中越しに声を掛けられた。




「マル害の旦那が見つかりました。既に殺害を自供している様です。今、新宿署に移送中との事ですが・・」




「・・・そうか・・」



大賀はその刑事の方を振り向きながら答えた。



(やはり今回は別物だ・・・。)




新宿署に向かおうと背を向けた大賀にさらに声をひそめて続けた。




「それと・・。腹を切り裂いた後に、肝臓を食ったと自供しているようです・・・」





(なに!!)




大賀は目を大きく見開きながら振り返る。





「食ってる事は知らないはずだ・・・」





一連の殺人事件の中で、部屋が血塗られ、被害者が内臓を切り開かれている事は、稀に見る猟奇事件として頻繁に報道され広く知られている事であった。




しかしながら、そこから先・・・・。肝臓が取り出され食われている事は、直接捜査に関わった者以外は知る事のできない事項であった。




殺した人間の肝臓を食う、などという殺人犯がそうそう何人もいるものではない。








大賀は部屋を飛び出した。



「ああ、大賀さん。第2の方です」



新宿署に着くと以前捜査本部でコンビを組んだ新宿署の刑事大木達也が声を掛けた。



第2とは第2取調室の事である。部屋にマジックミラーが取り付けられ取調の様子を見ることができる。



大賀が第2取調室の隣の部屋に入る。容疑者である被害者の夫が取調べを受けているのがマジックミラー越しに見える。



取調べ室真中に卓上ライトが置かれたスチール製の机が置かれ、それを挟んで大賀の向かい側に容疑者、背中を向けて担当刑事が座っている。向かって右側に取調室の入り口があり、その脇に置かれた小さな机で書記担当の若い刑事が調書を開いて内容を筆記している。



阿世知美津夫あせちみつお 58歳。マル害は妻の陽子 56歳だそうです。東京へは観光旅行で来たと言っています。犯行後、甲州街道沿いを府中方面にふらふら歩いてる所で職質に掛かったそうです。」



取調べの様子を見ている大賀の後ろから大木達也が言う。




色黒で痩せた体を白いワイシャツに包み身長は160cmくらい、小柄だ。オールバックの黒々とした髪と大きく横に広がった鼻。厚い唇と濃く太い眉毛に眼窩の窪んだ大きな目。顔の一つ一つのパーツは大きく、印象が強い。取調べの刑事の質問をややうつむきながら聞いている。




「それで?食ったと言ってるそうだが」




「ええ。肝臓を食ったと・・。」



大木は大賀の隣に立ってマジックミラーを眺めながら言う。



「マル害は心臓発作か何かで死んだと言っています。それで食った、と。」




「心臓発作・・?死後に食ったと言ってるのか?」




「まもなく検視結果が出てくると思いますが・・」











(これも違う・・・)




過去7人の場合は生きたままの状態で肝臓を取られている。ここにも相違点が存在した。




「・・・・そもそも、何で食ったんだ?理由は??」




「それが・・・。まだよく分かりません。そこの所になるとやっこさん急にわけの分からない事を言い出すんですよ。その・・クロがどうとか・・」




「・・・・・・・」



大賀はしばらく考え込んだ後




「ちょっと、ヤツと話したいんだが・・」




そう言ってマジックミラーの方へあごを向けた。




「わかりました」




そう言って大木は部屋を出ると、取調室に入ってきた。取調べをしている刑事に近づき耳打ちをしている。




大木とその刑事は、しばらくのやり取りの後やがて立ち上がって取調べ室から出て行ってしまった。



この時、大賀はそれまで後姿しか見ていなかった取調べ担当の刑事の顔を確認できた。背はさほど大きくないが、髪も多く、がっちりした体型であったので大賀と同年代くらいかと思っていたが、年の頃で50代半ば、大岩と同じくらいのベテラン刑事であった。



取調室の中は書記担当の若い刑事と容疑者である阿世知の二人だけになった。



阿世知美津夫はそんな状況になっても取調べを受けていた時と全く変わらず、ややうつむきぎみの姿勢のまま、まるで凍ってしまったように身じろぎもしない。



やがて、大木が大賀の待つ部屋に戻ってきた。



大木曰く、取調担当の刑事が、容疑者に会わせる事を拒否しているらしい。



よくある事だ。



所轄にはこういうタイプの刑事がよくいる。警視庁捜査1課と聞いて必要以上にライバル心を燃やして、何かと難癖つけたり、絡んでくるタイプだ。



大賀はそれはそれで仕方がないと思っていた。確かに所轄との合同捜査時での本庁の優遇ぶりは時に度を過ぎていた。



「わかった。それなら、取調べが済むまで待たせてもらう。調書を見せてくれ。それくらいなら了承願えるかい?」



「もちろんです。申し訳ありません、本当に言い出したらてこでも動かない方でして・・山倉さんは・・。」




大木は心底申し訳なさそうな顔を大賀に見せる。あの刑事は山倉と言うらしい。



やがて、山倉が部屋に戻ってきた。椅子を引きながらマジックミラーの向こう側で見ているだろう大賀の方をちらと見る。



しばらくは、今まで同じように、刑事の話をうつむいたまま聞く容疑者という絵が展開されていたが、急に阿世知が目を剥いて山倉の方を見た。




大賀が取り調べの様子を見始めてから初めての反応であった。



すぐさま山倉が机を勢いよく叩く。



すると、今まで抑えていた感情が爆発したのだろう、阿世知は椅子から立ち上がり、顔を紅潮させて何かを叫びはじめた。



書記担当の若い刑事が思わず立ちあがるのを山倉が手で制す。座ったまま阿世知を見上げている。




しばらく叫び続けていたが、やがて崩れる様に椅子に腰掛けた。






すべてを吐き出したのか、阿世知は焦点の定まらぬ目をしてかろうじて椅子に引っかかるように座っていた。こうなってしまったら後は時間の問題だ。





大賀は椅子に座りタバコに火を点けた。煙をゆっくり吐き出しながら阿世知の表情を眺めていた。





(落ちたな・・。やるじゃないか。)





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