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神の子  作者: 香取幸助
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第2章4話:圧力

7人目の犠牲者が出てから2週間後。大賀龍雄は所轄の渋谷署に設置された本部のデスクで捜査書類に目を通していた。


通常であれば朝の捜査会議が行われるはずの時間であるが捜査一課長、係長や所轄の署長といった捜査本部の幹部連中が別室の会議室に篭って出てこない。


今回の捜査に関する何か重大な事案でもあったのか、捜査員全員が待機を命じられていた。




昨日の捜査会議では、今回の殺人事件に関する地取り(事件現場周辺の聞き込み)や鑑取り(被害者の関係者に対する聞き込み)の結果報告、今後の捜査方針の確認が行われた。



今回の被害者も前6人同様、ライフライン関連の飲食店キャバクラに勤める女性であった。



直接の原因は腹部を鋭利な刃物で切り裂かれ、肝臓を取り出された事による失血死。つまり被害者は生きたまま腹を裂かれ、肝臓を取り出された、という事だ。これも又、同様の手口だ。



同一犯である事は残された指紋などから疑う余地はなかった。問題はその動機であった。



捜査本部では既にライフライン社に対する怨恨の線を有力としていた。



ライフラン社はその急激な拡大に伴う強引な経営手法が元であちこちでトラブルを抱えていた。大賀らはその一つ一つを丹念に調べ、つぶしていった。



先日の会議ではそれらの報告がそれぞれの捜査員からなされたが、決め手となる有力な情報や線は見えてこなかった。そこでもう一歩捜査の範囲を拡大して利害関係者を当たる事となり、zeroもその利害関係者の中に上がっていた。




捜査会議開始予定時間から1時間が経過した頃、ドアが開いて、真藤源一警視庁捜査一課長、石打巌係長、所轄である渋谷警察署長、副署長が入ってきた。



「よーし、それでは会議を始める。起立・礼」




捜査会議の司会は石打係長である。





「まずは地取り。1区。」




会議はまったくいつもどおりの内容で進行した。わざわざ捜査会議前に幹部会議を一時間も行ったので、参加した捜査員全員が何らかの重大な発表があると考えていた。



鑑取りの結果報告が一通りなされると真藤課長が総括をして終了となる。



「今回のヤマはマスコミも連日大きく報道しており、社会的注目度も極めて高い。事件の一日も早い解決の為、捜査員一致団結して臨んでもらいたい。」



会議は終了した。何も変わった事はなかった。



席を立とうとした所で、



「岩倉班、ちょっと集合してくれ」



と声を掛けられた。岩倉班とは岩倉主任警部補をチーフとして大賀達が所属する5人の捜査班である。



真藤捜査課長、石打係長が座る机の前に岩倉を除く4人が集まった。




「今日はがんさんは名古屋か。」



石打係長が言った。



「zeroの教会に行かれてます。」



大賀が答える。



岩倉班は昨日の捜査会議で正式にzeroの担当となった。



「昨日の今日で悪いが、岩倉班は再度マル害(被害者)の鑑取りに回ってくれ。」



「は・・い?」



大賀が裏返った様な声を出すと、腕を組み目を閉じていた真藤課長が口を開いた。



「さきほどの幹部会議で、ライフラインの利害関係者におけるzeroの捜査優先順位は極めて低く、捜査員を班単位で投入する必要性は低いとの判断に達した。これはその判断に基づく命令だ。」



真藤課長がそう話すのを見ていた石打係長が大賀らの方を向いて言う。



「一旦君達が他班に引き継いだマル害の鑑取りは又、引継ぎ前の担当に戻す。以上。」



そう言うと会議室から二人とも出て行ってしまった。






大賀ら4人は誰も座っていない机の前で立ち尽くしていた。



「大賀さん・・」



岩倉班で一番若い捜査員である二階堂孝之が大賀に複雑な顔を向ける。



大賀はワイシャツの胸ポケットから携帯を取り出す。



携帯電話を耳に当てながら会議室の窓の外に目をやる。



夏の強い光が道路に照り返し、陽炎の様に地面近くの光景をゆらゆらと揺らしている。今日も暑い。



「もしもし」



ほとんど着信音が鳴らずに電話が取られた。岩倉である。



「大賀です。今、大丈夫ですか?」



「おお、どうした。」



「今、真藤課長と石打係長から班の担当の変更を言われました。zeroへの捜査はいったん中止だそうです。」



「・・・・・・」




携帯電話の向こうは何も反応しない。岩倉は無言で大賀の話を聞いている



「・・・・?。 もしもし・・岩さん、聞いてますか?」



「おお、もちろん聞いてる」



「・・・・??。 ひょっとして、もうお聞きになられてますか?今回の件。」




「いや、聞いていない。すまん、その件はまた後で話そう。切るぞ。」






そう言って電話は切れてしまった。



大賀が再び岩倉と電話で話したのはその日の夕方であった。今度は岩倉のほうから掛かってきた。



夜ひさしぶりに一杯行く事になった。岩倉から誘われるのは珍しい。



新橋の烏森口を出てJRのガード沿いを歩くと、脇の狭い路地には昭和の香りを残す飲み屋がちらほら残る。



そんな脇道の一つを入ってすぐ右側に、入り口がちょうど電柱の陰になって、角度によってはそこにあることが全くわからない小さな飲み屋がある。大賀と岩倉の行きつけの飲み屋「ライムライト」だ。



大賀は引き戸式の扉をガラガラと開けて中にはいった。



「いらっしゃいませ」



もう70を超えている女主人の張りのある声が店内に響く。店は奥に長い縦長で10人も入れば満席のカウンターのみ。客の座る後ろをカニ歩きの様になって歩かなければならないほど狭い。



客の入りは半分ほどであるがカウンターの一番奥、いつもの席に岩倉の姿が見える。岩倉も大賀に気付いて軽く手を上げている。




「どうも、お疲れ様です。」




そう言いながら岩倉の横に座ると、熱いお絞りとビンビール、枝豆が出てきた。勝手知ったる、というやつだ。



「お疲れ」




岩倉が、ビールを大賀のコップに注ぐ。きめの細かい泡があふれる。



大賀はそれを慌てて口で受ける。岩倉はいつもの焼酎のロックだ。





「名古屋はどうでしたか・・?」




岩倉はzeroの調査の為、さきほどまで名古屋に出張していた。




「おお・・。」






岩倉はそう言って焼酎を一口つけると、灰皿に置いたタバコを吸う。いつもエネルギッシュな岩倉であるが、今日はかなり疲れているようだ。



大賀も胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。



しばらく二人ともどこを眺めるでもなくそのまま無言でタバコを吸っていた。









「そういえば今日はすまなかったな。」



先に切り出したのは岩倉の方だった。大賀からの電話を一方的に切ってしまった事を言っているのだろう。



「いえ、こちらこそ忙しい所すいませんでした。」



岩倉はかるく頷きながら



「お前、今回の件をどう思う?」



と聞いた。



“今回の件”とは言うまでもなく担当変更の件の事だろう。



「さあ・・。正直、何がなんだか全く・・。」




「うむ。」




岩倉は頷き焼酎を一口付ける。




「さっき、石打と話をしたよ。はっきりとは言わなかったがどうも何処からか圧力がかかったらしい。」




岩倉と石打は役職上は上司と部下であるが、同期という事もあり、お互い「石打」「岩さん」と呼び合う間柄であった。



「圧力・・・ですか?」



大賀は思わず岩倉の方を見た。



店頭公開間近と言われている株式会社ライフラインへの捜査を本格化させた頃から、国会議員を始めとする様々な利害関係者から有形・無形の圧力が捜査本部に掛けられている、という話は聞いていた。しかしながら実際にライフラインへの捜査方針が変更になる事はなかった。



「今回よほどの大物が関わっているという事でしょうか?」



岩倉は大賀の方を見るでもなく、タバコの煙を吐き出しながら言う



「だろう・・な。zeroっていう宗教には俺も驚くような連中が信者になってる。あんな田舎の宗教にいったい何があるんだ、と思うよ。」




大賀はこの時、岩倉が何か掴んでる、と感じた。理由はない。




「何があるんですか・・・?」





「わからん。だが、あの宗教には、日本や海外の政財界の大物達から定期的に“お布施”が入っている。一個一個の金額は大したことないが、全部あわせれば膨大な金額だ。あの顔ぶれを見れば今回くらいの芸当は朝飯前だろうよ。」




そう言って岩倉が語った面々は驚くべきものであった。日本を代表する多国籍企業の創業家や上場企業のオーナー経営者といった資産家達、国会議員の中には何と首相経験者からアメリカの元国務長官の名前まであった。




「結局、近づく事すら許されない、って事なんでしょうか・・」




「・・・・・・・」




岩倉は黙り込んでしまった。




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