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「僕の名前はフォルテ·タナトス。全属性魔法を自在に使いこなす者だ」
フォルテは前髪をかき揚げ、近づいてくる。
「あんな虫一匹に貴重な魔力を無駄にしたことは頂けないが、お嬢さんが無事でよかった。もし良ければ名前を教えてくれないかい?」
「……あお、そう呼ばれてる」
「おお!その渾名をつけた人はとてもセンスがいい。でも僕はお嬢さんの本名が知りたいのだ」
フォルテは握手を求めるように右手を差し出す。
「……私はあお、出会ったばかりのあなたに語る名前はこれ以外にない」
あおは鞘に刀身を納めると、フォルテを警戒するかのように自身の背後に回る。
「……さっきからいる君はなんなんだ?あおの保護者か?」
フォルテはあおに距離を置かれたことに苛立ちを隠さず、語尾を荒らげる。
「保護者じゃないが同は「ならば退け!君ではなくあおと話がしたいんだ!」……はあ」
話を遮るフォルテに呆れ、生返事を返して助けを求めるようにあおを見ようとした時、ぎゅっと裾を掴まれた。
面倒だが、あおが嫌がっているのは分かったので意を決する。
「悪いが退けない。あおはお前と話したくないそうなんでな」
「! そ、そうか。君は僕達の運命を邪魔するのか!」
フォルテは妄想力が逞しく、自身に先程ナニかにやった時のように掌を突きつけて呪文を唱え出す。
「__古の炎よ、我が意を示せ。エクリプス·クリムゾン·ファイア」
自身は咄嗟に回避などできなかったが、あおは魔法が具現化する直前に飛び退いた。
直後、ゴゥと音と灼熱の風を伴って足元から火柱が上がる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……あ?」
身をとてつもない温度が焼いている__と思ったが、なぜだか熱くない。
身体に視線を落としても焼き爛れることもなく、いつも通りの皮膚をしている。
火柱の中からあおに視線を向けると、両手で口を抑え、目元には微かに涙が溜まっていた。
フォルテは高笑いをして悦に浸っている。
今すぐお返しに殴りに行こうかと思ったが、いま立っているこの場所が何かしら特別なのかもしれないと考えてしまい、下手に身動きが取れない。
その間、外からはこちらが見えないようであおはぽろぽろと涙を流し、フォルテはそんなのお構い無しに口説いている。
何をするでもなく数分ほど二人の様子を見守っていると、徐々に火柱の火力が収まってきて自身の姿が見え隠れするようになる。
まもなく火柱が掻き消え、自身の何も変化がない様子を見て二人揃って目を見開き、驚愕の表情をしている。
いたたまれない気持ちになり、呆然としているフォルテをお返しとばかりに思いっきりぶん殴る。
生まれて初めて人を殴った拳は、とても痛かった。
それと同時に自身の中で燻っていた悪感情を吐き出せてスッキリした。