39
気がついたら見慣れない天井が見えた。
「あれ、ここは……」
「やっと目が覚めたか」
声がした方を見ると、知らない男性が書類にペンを滑らせていた。
周りを見ると、ここは執務室のようだった。
「あんたはカブに一発殴られて気を失ってたんだよ。目が覚めたんなら早く出て言ってくれ」
たしかに現世では喧嘩のひとつもした事がなかったが、この世界に来て身体能力が上がっているはずなのに、一撃でやられるとは。
「まあ、カブは兵隊上がりだからな。負けて当然だから気を落とさずこれからも頑張れよ」
兵隊上がりが相手なら一撃でやられても仕方ないことだろう。
ガンガンと痛む頭を抱えると、この部屋から立ち去った。
ギルドに戻ると、いつもの喧騒が聞こえてくる。
「がっはっは、さっきのは見るべきだったなあ!」
「そんなに面白かったのかよ、もう少し早く来てればなー」
街灯の火付けをしていたメンバーの一人がかなり呑んでいるようで、酒の肴にそんな話をしていた。
「おっ!?噂をすれば!おい、見ろよ!あいつがカブさんに喧嘩を売った命知らずだ!」
その声を聞いた人達が一斉にこちらを見る。
「あいつ一発殴られただけで気絶しやがったんだぜ?そんな弱いのによく喧嘩なんて買ったんだろうな!」
周りから笑い声があがる。
「今後はカブさんに逆らうんじゃねーぞ!」
「お前の報酬は授業料代わりに貰ってやったからな。ありがたく思えよ」
がははは、と気持ちよさそうに飲んでいるのを尻目に、ギルドから出ていった。
その背後から罵倒する声が聞こえてくるが無視して宿に帰った。
めっちゃ恥ずかしい、これからどんな顔してギルドに行こう、と寝付けるまで真剣に考えてしまった。
しかし、ランクを上げてあおと共に戦いたいので、翌日も羞恥心を押し殺してギルドに向かう。
入るとそこら中から、クスクスニヤニヤされながら視線を浴びる。
いつものように依頼を物色していると、誰かが肩を思いっきり当ててきて、思わず倒れてしまった。
「痛っ」
「おっと、こんなところにクソザコナメクジの賢者様がいたなんて思わなかった。それにしても昨日は面白い見せ物だったよ」
視線をあげると、そこには侮蔑の表情をしたムーが見下ろしていた。
「ほんと酷い有様でした。賢者様には心底落胆しました。これから私たちを見かけても、もう声を掛けないでください。恥ずかしいので」
ムーの近くにいたらしきキュレルが、汚物を見るような視線を向けてそれだけを話すと、ギルドを出ていった。
その一部始終を見ていた他の冒険者たちはゲラゲラと声高に笑う。
その様子を呆然と眺めながら、街灯の火付けやらなければ良かったと本気で後悔した。