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パンナコッタ劇場  作者: 鷹宮 真
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パンナコッタ、なんてこった 〜美しい兄弟愛〜

パンナコッタ、なんてこった

俺は加藤 零。

訳あって外国で働いているのだが、今日は休みを利用して帰郷した。


「この街も変わらないな……妹は元気にしてるだろうか」


父が俺の幼い頃病気で死んでしまって、母も俺が外国に行った次の日死んでしまったらしく、今は最愛の妹が一人で暮らしている。兄として心配だから帰郷したのだ。



「おかしいな、引っ越していないはずだからこの辺だと思うんだけど……」


地図を手に探しても中々見つからない。もしかしたら改築したのかもしれないな。


少し歩いてフラフラしていると少女がワゴンの店の呼び込みをしているのが見えた。

中には誰もいなくて、少女が一人で切り盛りしているようだ。繁盛は……していないようだ。


「いらっしゃい、いらっしゃい! パンナコッタいかがですかー? 」


元気な声が響く。妹と同じくらいの歳でショートカットの可愛らしい顔をした子だった。


「パンナコッタか……確か妹が好きだったよな。俺がよく作ってあげたっけ。懐かしいな。おっと、それよりもう一度探して見なくてーー」


「あ、そこのお兄さんパンナコッタどうですかー? 美少女が作った美味しいパンナコッタですよ」


「ゲッ……って美少女って自分で言うなよ。あぁ、悪いな。今から行かなきゃいけないところがあってな」


「何処に行くんですか?」


「えっと、妹に会いに行くんだ。この辺に住んでいると思うんだが……」


「そうでしたか。でしたらお土産にパンナコッタいかがですか?」


「いや、妹はパンナコッタが確かに好きなんだが久しぶりに会うから自分で作って食わせてあげたいんだ」


「いえいえ、あなた如きが作った大して美味しくも価値もないパンナコッタより、美少女が作った美味しいパンナコッタの方が喜ばれますよ。いかがですか?」


「こいつっっぅ!!」


意外に推しが強いらしい。てか美少女、美少女うるさいな。


「まぁまぁ、とにかく食べてくださいな」


「……はぁ、分かったよ。いくらだ?」


「100万円です」


「はいはい100万円ですね。……って払えるかぁぁぁっっ!!」


「嘘ですって、530円です」


「はい」


「毎度あり!はい、これがウチのパンナコッタです」


「おぉ、これが」


白くてツルんとしているフォルム、その上にある特徴的な赤い実。これはまさしくーー


「杏仁豆腐じゃねぇか!」


「え? これがウチのパンナコッタですが、どこか変ですか?」


「『変ですか? 』もなにも、どこからどう見ても杏仁豆腐だろ。だってこの赤い実ってクコの実だろ?」


「……さぁ、何の実かは分かりませんが、とにかく食べてみればパンナコッタだということがわかるやろ!」


自分の作ったものに使った材料くらい分かって欲しいのだが……


「そうか、なら一口」


「んっ! こ、これはーー」


「どうや? うまいやろ?」


滑らかな舌触りに、口の中に広がる牛乳の風味。

これはまさしくーー


「牛乳プリンだな」


「そ、そんな訳ないじゃん。何かの間違いやろ。兄ちゃんの舌がおかしいとか」


「いや、マジで。てか兄ちゃん言うな」


「う、嘘や。そんな訳ない!」


今更だけどエセ関西人みたいな喋り方腹立つな。


「そんなこと言われても、完全に牛乳プリンの味だし……」


「ううっ」


「いや、泣かれても……、そうだ、これどんな風に作った? それが分かれば改善点が分かるかも知れない」


「そうやな! えーと確か、鍋に牛乳と砂糖を入れたな。温めて砂糖が溶けたら火を止めて、水でふやかしたゼラチンを入れて溶かしたな。また牛乳を加えて、冷やせば出来上がりや」


「うん、完璧な牛乳プリンのレシピ説明ありがとう」


「え!?」


「とりあえず生クリーム使ってみようか」


これにて一件落着だな。普通に美味かったし牛乳プリンで売っても良さそうだけど。と思っていたら、急に少女が地面に片足をついた。


「う、そんなぁウチの……ウチのパンナコッタがなんてこった!」


「親父ギャグかよ!!」


「ぐすん」


そして泣き始めた。止めろって俺が泣かしたみたいになってんじゃん。ああ、周囲の視線が痛い。


「うっ……あ、あのなパンナコッタ売りの嬢ちゃん。確かにこれは見た目が杏仁豆腐で味はミルクプリン。傍から見ればパンナコッタの要素はないように見える……というか無い」


「うぅっ、やっぱりウチのはパンナコッタなんかじゃなかーー」


「でもな、お前のパンナコッタにかける熱意は嘘じゃ無い。そうだろ?なら、いいじゃないか。お前がそれをパンナコッタというなら、それはパンナコッタ以外の何物でもねぇよ」


「……兄ちゃん」


「まぁ……美味いのは事実だしな」


もう兄ちゃん呼びは止めないことにした。


「ありがとう、兄ちゃん!私、もっと頑張るよ」


「ああ、応援してるぜ。じゃあ、俺はもう行くわ」


これ以上関わっていたらロクなことないし、それにーー


「うん、また来てくれよ! 兄ちゃん!」


「ああ、じゃあな」


「うん、じゃあね」


(大切な妹にはもう会えたからな)


俺はワゴン車に背を向けて歩き始める。後ろでは少女が『絶対また来いよー!』と叫んでいた。それに頬をかき苦笑を浮かべながらも振り向き、手を軽く振ってまた歩き出す。どんどん店と離れて行くのを感じる。


俺は最後にと、ふと立ち止まって振り返った。


「またいつかな……茜」


聞こえていないだろうが最愛の妹に向け、別れの言葉を残す。茜の客寄せ声がかすかに聞こえてくる。


頑張れよと心の中で呟き。立ち去ろうとする。そこにーー


「いらっしゃい、いらっしゃい!杏仁豆腐風ミルクプリンいかがですかー!」


茜の声がまた聞こえてくる。今度はちゃんと聞こえた。


「そこはパンナコッタだろうがぁぁぁあ!」


俺は頭をダイナミックに抱えた。

パンナコッタ、なんてこった

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