9:異世界人ユーゴに関するいくつかの考察
それから3日経ったわけだけど、ユーゴーは魔力の握力への変換に苦戦しているようだ。
とは言っても、コツを掴むのは普通より早いらしく、なんとなく感覚は掴めてきているというのは驚異的だ。
ああ、そうそう、この3日の間に私の家はずいぶん綺麗になった。ユーゴーは几帳面なのか、物の整理がとても上手い。ちゃんとどこに何がしまってあるのか、片付けた本人じゃない私でも分かるように工夫がされている。
「日本人は気配りと生真面目さが長所だ」
とは、ユーゴーのセリフだ。
ちなみにユーゴーのベッドは3日前に完成している。私が風魔法と土魔法を駆使してパーツを削り出し、ユーゴーと二人で組み立てるだけの簡単な作業だったけど、ユーゴーはしきりに感心していた。
「なんとも分かり安いドヤ顔だな」
褒められて私が偉そうにしているとそんなことを言われた。ドヤ顔ってなんだろう?
ユーゴーはこの世界の言葉を当たり前のように喋ることができるし、理解もできるけど、この世界に該当する言葉がないのか、時々ユーゴーの言っていることが分からないことがある。
それはともかく、綺麗に片付いて生活スペースが増えた部屋にベッドを置いたわけだけど、ついでにユーゴーに頼まれて余ったケブナーの素材で簡単な衝立を作って簡易的に生活スペースを分けた。
こういうのは本来女の子の私が言い出すべきなんだろうけど、まあそんなことは気にしない。ニホンジンは気配りが美徳らしいし!
ちなみにお風呂はもちろん別のスペースにある。最初はあんまり考えないで作った家だから一部屋しかなかったけど、その後お風呂の必要性を思い出して増築した部分があるのだ。
ユーゴーは覗いたりしないだろうけど、他の侵入者や魔物が外の結界を破ってこないとも限らないから、お風呂に入るときは別に結界を張っている。
最近ではお風呂上りにくつろぎながらユーゴーとお喋りするのが楽しみの一つだ。
お喋りの相手がいるって楽しいね!
「セリスはどのぐらいここに住んでるんだ?」
そんなお喋りの中でユーゴーが思い出したようにそう尋ねてきた。
「んっと、10年ぐらい?」
「じゅ……そんなにこの森には研究対象が豊富なのか?
「うん、何しろほとんど人が入ることのない森で、固有の生態系とかもあるから」
「なるほど。というか、一体いくつなんだ……」
「ふふふ~、内緒~。ユーゴーはいくつなの?」
「23だ」
「まだまだお子様だね!」
この森での研究結果は日々少しずつまとめている。だから研究が終わったら街に戻って発表したりもするつもりだけど、さすがに10年も住むとこの家にも森にも愛着が湧くというものだ。
そういえば、あれから何度かユーゴーに調査に付き合ってもらったけど、やはりユーゴーの身体能力は凄まじい。強化魔法なんて覚える必要があるんだろうかと疑問に思う。
昨日、少し強力な魔物が出る地域に研究素材を集めにいったときのことだ。ボルナサーペントという、ボルナ樹海にしか生息しないクラスBの魔物と遭遇した。
巨大な蛇の魔物で、固い鱗と、俊敏な動きで変則的な攻撃をしてくる厄介な相手だ。
私は遭遇と同時にウィンドセイバーを3連続で発動したけど、固い鱗の表面に傷を付けることしかできなかった。
もっと高威力の魔法を発動しようかと考えていると、ユーゴーがすたすたと気楽な感じで進み出た。
「ユーゴー、気を付けてね。今までの魔物とは違うよ」
「みたいだな」
ボルナサーペントは無感情な目でユーゴーを見据え、何度か舌を覗かせると、土煙を上げてその尻尾を薙ぎ払った。
ユーゴーはそれを体と両手を使って受け止める。まずそれがちょっとあり得ないと思う。若干後方に押し出されたものの、体長10メートルはあろうかという蛇が強靭なバネで打ち出した尻尾を受け止めるとか……
そしてあろうことか、尻尾を抑え付けたままユーゴーは回転を始めて、ボルナサーペントを振り回し始めたのだ。後で聞いたらジャイアントスイングとか言ってたけど。
しばらく回ったあと、傍にあった岩に向かってボルナサーペントを投げつけ、叩き付けられた当のボルナサーペントは目を回したのかぐったりしてしまった。
そのまま今度はボルナサーペントの頭を掴み、そのまま駆け出すと、あろうことかそのままボルナサーペントの体を結んでしまったのだ。
「蛇の倒し方っていったらこれだろ」
よく分からないこだわりがあったらしい。
縛られて自由に身動きが取れなくなったボルナサーペントだが、それでも頭部が自由なら毒液や強酸を吐き出してくる危険な魔物だ。
ユーゴーは近くにあった私の胴回りぐらいの太さの木を蹴り倒すと、それを持ち上げて私の方を見る。
「セリス。頼む」
「あ、うん」
意図を察して、私は風魔法でその木を削り、先を尖らせた。
ユーゴーはその木を持ったまま跳躍すると、ボルナサーペントの頭に向かって力任せに振り下ろし、地面に串刺しにしてしまう。
木の半分ぐらいが地面に埋まってたんだけど、どんだけ力があるのよ……
「中々面白かったな」
そう言いながら、若干土で汚れた服をパタパタと叩くユーゴーだった。
ちなみに、ボルナサーペントの鱗は防具の素材になったりするので、一部を剥いで持って帰ってきた。牙も素材になるんだけど、ユーゴーの一撃で折れてしまっていたので諦めた。
「なんていうか、私の見せ場がないね……」
「何を言ってるんだ?肉体労働が俺の仕事だろ?」
まあ、そうなんだけどさ。先生としてはちょっと寂しいよね。
そもそも、異世界人っていうのは皆こうなのだろうか。でも、今まで読んだ歴史書や物語の中で登場する異世界人にそういう特徴があったという記述はなかったと思う。
もちろん、魔法を極めたり、特殊な武器を生み出したりで、異世界人は総じて戦闘能力は高いようだけど、特に身体能力が優れる、というわけではないようだった。
「そういえば、魔物の『クラス』っていうのはどうものがあるんだ?」
私が昨日の出来事を思い出してぼけっとしていると、ユーゴーがそう尋ねてきた。
「ああ、えっとね、クラスEからクラスSまでがあるよ。本当はもっと細かくて、クラスB+とかB-とかあるんだけど、そこまで細かく覚えてはないけどね」
「それは誰が決めてるんだ?」
魔物のクラスはその脅威度によって冒険者ギルドが規定している。クラスEの魔物は一般人でもある程度対処が可能な弱小な魔物で、クラスSになるともはや『規格外』となってしまうので、上限がどこまであるか定かではない。要はクラスAまでに分類できないものがSになるというイメージだ。
「冒険者ギルド、やっぱりあるんだな」
「うん、ユーゴーの世界にもあるの?」
「いや、ないな」
冒険者ギルドもユーゴーの世界では物語の中でよく登場するのだそうだ。ユーゴーからすれば、物語の世界に入り込んでしまったような気分なのだろう。
あれ!?そうすると私ってヒロインポジション!?わぁ、照れるなぁ。
「昨日の蛇がクラスBだろ?案外大したことないな」
私がふざけてクネクネしていると、ユーゴーがそう呟いた。
「それはユーゴーが強すぎるんだよ……」
実際、ユーゴーはこの世界でも稀に見るような強さだ。冒険者ギルドの冒険者ランクで言えばA相当はくだらないんじゃないかな。何ならSランクでも納得できる。
「しかし……冒険者ギルドか。楽しそうだな」
「ユーゴーならすぐに活躍して儲けられそうだね」
実際ユーゴーはすぐに元の世界に戻れる手立てがあるわけではないので、当面この世界で生きていくために先立つものが必要だ。これだけの実力があれば冒険者になるのは現実的な選択肢だろう。
「真面目に検討してみるか」
「うん。今度街に行くときに案内してあげる」
「ああ」
生活用品や、森で手に入らない食料品などを手に入れるために、私も定期的に街に行くことがあるのだ。さすがにすべての森の資源で賄うほど野性味に溢れてはいない……と思う。
ともかく、近々街に行く予定はあるので、その時に冒険者ギルドに登録するかどうか、ユーゴーに自分の目で見て決めてもらえばいいだろう。
あ、でもそうするとユーゴーがここから出ていくかもしれないのか。ちょっと嫌だな……別に寂しいとかじゃないけど!話し相手がいなくなると退屈なだけで!
「何をころころと表情を変えているんだ」
「あ、ううん、なんでもない!」
まあ、そこは私が強制することじゃないし、ユーゴーが決めることだ。ここでこうして出会ったのも何かの縁だろうし、ユーゴーがちゃんとこの世界で生活できるようにできることは手伝ってあげたい。
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翌日、地底湖にある魔力濃度が高い水を調査しに行った帰りにソレは現れた。
その日は特に強力な魔物に出会うこともなく、順調に調査が終わり、昼過ぎには帰路についていた。
ユーゴーも色々と興味があるらしく、途中で拾ってきた熱を発する鉱石を自分のポーチから取り出してしげしげと眺めている。
ユーゴーにも腰に付けるポーチのようなタイプの空間袋を渡している。私が昔使っていたもので、今のものより容量は少ないが、十分に役に立つ。
もうすぐ家に付くという頃に、私は異変を察知した。
「どうした?」
私が突然立ち止まったので、ユーゴーが尋ねてくる。
「結界が……破られた!」
結界というのはもちろん家の周りに張っている結界のことだ。ユーゴーもその意味をすぐに察して、家のある方向に鋭い目線を向ける。
「急ぐぞ」
「うん!」
ユーゴーと共に家に向かって駆け出す。
私がこの森に来て、結界が破られたのは初めてのことだ。