7:ハーテア先生の魔法講座その2
「じゃあ、次は魔法の属性について説明するね」
セリスの言葉にユーゴーが頷く。魔法術式の概略を説明した後、セリスが入れたお茶を飲んで一息ついたところだ。
「まずは基本五大属性」
『火魔法』、『氷魔法』、『水魔法』、『土魔法』、『風魔法』を五大属性魔法と呼ぶ。魔法の中でも基本となる、最も一般的なものだ。
「五大属性には相性があって、得意な属性と不得意な属性とに分かれる場合が多いの。でも、誰でも少なくともどれか一つの属性には適性があるっていう話だよ」
「へえ。この辺はなんとなくイメージしやすいな。俺の世界でも創作物によく出てくる」
ユーゴーの住んでいた日本では漫画や小説、ゲームなど、様々な創作物で同じような設定があるので、違和感がない。
「そうなんだ。じゃあ、詳しい説明は要らない?」
「いや、一応聞いておこう」
火魔法=火や、力の上昇を司る魔法。
氷魔法=氷や、力の下降を司る魔法。
水魔法=水や、力の流動を司る魔法。
土魔法=土や、力の蓄積を司る魔法。
風魔法=風や、力の解放を司る魔法。
セリスは簡単にこのような説明をした。ユーゴーも納得したように頷く。
「大体イメージ通りだな」
「うん。さっき私が魔物に使ったのは風魔法と土魔法。家で燭台に火をつけたのはもちろん火魔法ね」
そう言うと、セリスは自分の手を顔の前辺りまで上げて、五本の指が上を向くようにした。
すると、人差し指に火が灯り、中指の先に水の玉が浮かび、薬指に風が巻き起こり、小指の先に氷の塊が浮かび、親指の先には石が浮かんだ。どれも小さなものだが、改めて見てもユーゴーには驚くべき現象である。
「器用だな」
「うん、私は五大属性なら全部同じぐらい使えるんだ」
「というか、今のも何も術式を使っていなかったように見えるが?」
「簡易魔法は魔力操作だけで使えるよ」
簡易魔法、『生活魔法』とも呼ばれるが、それらは魔力を属性変換するだけの簡単な魔法であり、魔力操作のコツさえ掴めば誰でもできてしまう。
属性変換した魔力に指向性を持たせ、望んだ作用をもたらすようにするには魔法術式が必要になるが、魔力には元々様々な属性が内包されているため、それを引き出すだけであれば術式は不要なのである。
「つまり、それぐらいなら俺もできるのか?」
「もちろん。ただ、さっきも言った通り、五大属性には相性がある場合が多いから、できないものもあるかもしれないけどね」
「それは楽しみだな」
「魔力操作は後で教えるから、まずは他の一般的な属性の説明ね」
ユーゴーは興味津々な様子だが、魔法は理論が半分、というのがセリスの持論なので、まずは頭で理解することを優先する。
「基本五大属性以外だと一般的なのは、『強化魔法』、『弱化魔法』、それと『治癒魔法』ね」
それらも読んで字のごとく、というものだ。
強化魔法とは、そのものが持つ要素をより強化する魔法だ。持っていない要素を付与することはできない。
弱化魔法は強化魔法の逆だ。要素を弱化するが、要素事態を無くすことはできない。ただし、付与された要素を消失させることはできる。
治癒魔法は対象を正常な状態に復元する魔法である。と、いうところでユーゴーが首を傾げる。
「治癒魔法は自然治癒能力を活性化するわけじゃないのか?復元、っていうと少しイメージが違うな」
「んーっと、例えば人の持っている自然治癒力を高めるなら、それは強化魔法になるかな」
「なるほど、そう言われるとそうか。そうすると、『正常な状態』っていうのはどう定義されるんだ?」
何をもって『正常』とするかは主観が入るところだろう、というのがユーゴーの疑問点だ。
「実はその辺は境界が曖昧なの。例えば、傷は治るけど、傷跡は治らない。物も破損した直後なら直せるけど、ある程度時間が経つと直せなくなっちゃうんだよね」
「時間の経過が問題なのか?」
「それが一番要因として大きいと思うけど、全部がそう、っていうわけじゃないみたい。例えば、矢じりが体内に残ってしまった兵士が、何年も後に治癒魔法で摘出、完治したっていう話もあるから」
「なんともはっきりしないな」
ユーゴーはすっきりしないようで、不満そうにそう言う。セリスもそれに肩をすくめて見せる。
「そうだね。理によってそういう風に定められてるんだ、っていうのが一般的な見解かな」
「それは見解というより、思考停止に聞こえるが……」
「まあ、ね。でもこの世のものすべての『治癒魔法が有効な条件』を調べたい人なんていないだろうから、仕方ないよ」
納得したわけではないだろうが、ユーゴーもひとまず「そうだな」と頷く。
五大属性魔法と違い、治癒魔法や強化魔法は使えない者も多い。それでもそれなりに一般的な魔法であり、初級程度の魔法であれば10人に1人ぐらいは使えると言っていいだろう。
「そうそう、一応魔法には難易度と必要な魔力量によって『初級』、『中級』、『上級』と分けられてるの。それを超えるようなのは全部『最上級』って言ったり、独自で開発した魔法もあるから一括りには言えないんだけどね」
それ以外にも、複数の属性を同時発動することを『複合魔法』と呼ぶことや、特大規模の範囲魔法のことを『殲滅魔法』と呼ぶことなどをセリスは説明していく。
「使える人が滅多にいない希少な魔法もあるよ」
「ほう、例えば?」
「えっと、『創造魔法』っていう、物質を作り出す魔法とか。あと『天魔法』と『冥魔法』なんていうのもあるけど、使える人は本当に少ないの」
その辺は今詳しく説明しても、これから魔法を覚えるユーゴーにはあまり意味はないだろう、ということでセリスは簡単に説明する。
「ところで、セリスの得意魔法はなんだ?」
「えっと……」
「これも聞くのはマナー違反、とか言うんじゃないだろうな」
セリスがその質問に少し困ったような顔をしたので、ユーゴーは先回りしてそう言った。
「まあ、ユーゴーは異世界人だし……魔法を知らないみたいだし……いいよね……?」
セリスは何やらぶつぶつと言っているが、ユーゴーは訝しい表情でそれを眺め、回答を待っている。
「……うん。えっと、私が一番得意なのは『結界魔法』だよ」
何やら決断したようで、セリスがようやくそう答える。
「結界魔法……防御の魔法か?」
「うん。防御壁を展開したり、相手を封じ込めたりする魔法が多いかな」
「別におかしくないじゃないか。なんで言うのを渋ってたんだ?」
ユーゴーがそう言うと、セリスもほっとしたような表情をする。
「実は、結界魔法って何でかすごく希少な魔法らしくて、大体いつも驚かれるんだよね。ひどい時は国の研究機関に幽閉されそうになったりするから……」
「それは……なんとも……」
セリスが言い渋った意味がユーゴーにも分かった。使えるというだけで研究対象として捕獲される可能性がある、というのであれば、安易に言わないのも無理はないだろう。
実際セリスも、ユーゴーが異世界人であり、魔法の知識がないことを見越して説明したわけだ。
ただ、ユーゴーが野心家で異世界人のふりをしてセリスに近付いた可能性や、その希少価値を知ったことでセリスを縛り上げて売り払おうとする可能性について考えていないところは、結局セリスのお人好しの限界、というところだろう。
今回の場合、ユーゴーは事実異世界人であり、セリスを売り払ったことでの金銭的価値よりも、この世界の知識や魔法の習得に価値を見出しているため、問題はなかった。もちろんユーゴーも命の恩人をどうこうするほど恩知らずではない。
「もしかして、この家が魔物に襲われないのは、セリスの結界なのか?」
これまで疑問に思っていたことをユーゴーが尋ねる。
そう、魔物が跋扈するこのボルナ樹海において、セリスの家に魔物が寄ってこないことは不自然であり、ユーゴーはその不自然さに気付いていた。
何か聖水のような道具で魔物を寄せ付けないようにしているのかと考えていたが、先ほどの話を聞くとセリスの結界である可能性が高いだろうと思い尋ねたのだった。
「うん、ご名答!実は家の周りには常時結界を展開してるの。そんなに強度が高いものじゃないけど、魔物に気付かれにくくなる隠蔽効果付きの結界だよ」
「なるほど、利便性が高いな
つまり結界魔法が使えれば、必要な範囲に簡単に防御結界を作れるのだ。更に認識阻害効果まで付与できるとなれば、王族や貴族が欲しがるのも無理はないだろう。
「さて、それじゃあ、ひとしきり説明したところで、実践編に移ろうと思います!」
「ああ、是非頼む」
「まずは基本の魔力操作からね。それにはまず、自分の中の魔力の存在を感じ取る必要があるんだけど……そういうのってわかる?」
セリスの問いかけに、ユーゴーは自信満々に首を振る。
「これっぽっちも分からん!」
「う、うん、そうだよね。アールスの人は魔力に触れながら育つから、大抵そういう感覚を自然と身に付けるんだけど……」
しばらく悩むと、セリスはおもむろにユーゴーの手を握った。
「説明するより、体験した方が早いね!今から私がユーゴーの中の魔力を操作するから、その感覚を掴んでほしいの」
「……魔法は理論、なんじゃなかったのか?」
「半分は理論だけど、半分は感覚なの!」
ユーゴーにからかわれてセリスはむきになる。とは言え、ユーゴーも特に異論はないので、自然と目を閉じて自分の体に意識を集中する。
「いい?まずは一番集中しやすい手に魔力を集めてみるね?」
「ああ」
セリスがユーゴの魔力に干渉し、操作する。しばらく血管を圧迫したあと、突然開放して血が巡ったときのような感覚をユーゴーは感じ取った。
「おお……これが魔力か……ふむ、こう、か?」
「ちょっ……なんでもう操作できるの!?」
セリスが握っている右手にゆっくり集めてきた魔力を、ユーゴーは自分の意志で操って左手に移行させたのだ。魔力の自覚することから、操作できるようになるまでほんの一瞬だった。
通常、元々魔力を自覚できるアールスの人間でも、魔力を自在に操作できるようになるにはある程度の期間が必要だ。通常は幼少期に魔力操作を覚えるので、大人と子供の差があるとしても、驚異的な速さと言える。
「ユーゴーは、すごい魔力操作の才能があるのね……」
今や面白がって自分の魔力をぐるぐると循環させ始めたユーゴーをみて、セリスは少し呆れたようにそう呟いたのだった。