6:ハーテア先生の魔法講座その1
「さて、じゃあ今日は魔法の基礎知識から学んでいきましょう!」
先生気分なのか、何故かセリスが敬語になっている。
ケブナー採取から帰ってきて少し休憩したあと、セリスがおもむろに「じゃあ、魔法の勉強しようか!」とユーゴーを誘い、ユーゴーも好奇心を漲らせてそれに乗っかった、というわけだ。
「ええっと……とは言ったものの、全く魔法に馴染みがない人に教えるっていうのは初めてだから、どこから話せばいいかな……」
勢い込んで話し出したものの、セリスは早速困惑している。
「魔力の説明辺りからじゃないか?要するに魔法の燃料なんだろ?」
ユーゴーが助け船を出す。どっちが教える立場なのか甚だ怪しいが、セリスは名案とばかりにパッと明るい表情になった。
「そうだね!まずは魔力だけど、魔力はこの世のどこにでも溢れてる力なの。空気中にも土の中にも、人体や草木の中にもね。それは魔力が【理】から漏れ出した力だからだと考えられてるの」
すなわち、【理より出でて、理に還るもの】が魔力なのである、とセリスが自慢げに説明する。
「なんとなくわかった?」
「いや、さっぱり分からんな」
「ぐぬぬ……」
自分の説明に満足していたセリスは、ユーゴーの回答に悔しそうな表情をする。
「そもそも、その理ってのはなんだ?」
「ええええ、そこから!?」
セリスは驚愕するが、ユーゴーにしてみれば当たり前のように話しているその当たり前が分からないのだから仕方がない。
「理は、ユーゴーの世界にはなかったの?」
「なかったのかって……何やら哲学的な問いだな。『理』っていう言葉の意味は、俺の世界と同じならある程度分かる。世界の仕組みそのもの、みたいなものだろ?」
「なんだぁ、分かってるじゃん。そうそう。この世界はすべて理の中で動いているの。理がこの世界を定義して、理がこの世界を運用しているわけね」
「いや、だから、言っている意味は分かるが、俺の世界ではあくまで概念みたいなもんで、そんな堂々と理ってのが世界に干渉している認識がない」
ユーゴーが何とか自分の感覚を理解させようと説明するが、この辺りは正真正銘生まれ育った世界が違うので、中々お互いの感覚を理解できない。
ともかく、この世界では極一般的な共通理解として【理】というものが存在している。日の出入りや、雨や風、水の流れ、動植物、人族、魔族。その全てが理によって活動している、というわけだ。理が世界を運用する力、その残証が魔力としてこの世界に溢れているのだ。
そういったことをセリスが頑張ってユーゴーに伝えていくと、ようやくユーゴーもそれを受け入れた。
「体感として納得し難いが、そういう認識だ、ということは理解した」
それがユーゴーが出した現時点での結論だ。セリスも若干釈然としないものの、ひとまずこの件はそこを妥協点とした。
「思わぬところで議論が白熱しちゃったけど、ともかく、そういう魔力っていうものがこの世界には溢れているの。特に生物は、個体差はあるけど、多くの魔力を持ってるの」
「それもなんでか理屈が分からないな……まあ、そういうことと受け取っておく」
またユーゴーが突っかかってきそうになったが、セリスが不満げに頬を膨らますと、受け入れる姿勢を示してその場を収めた。
「それで、本来魔力っていうのは不可視だし、世界に干渉する力を持たないんだけど、それに形と力を与えてこの世界に顕現させるのが魔法、っていうわけね」
「なんで本来は力を持たない魔力にそんな力が宿る?」
「えっと、元々はこの世界のすべてを構成する理そのものから出たものだから、あらゆる力を内包しているの」
魔力自体が内包している『あらゆるものになり得るが、今はなにものでもない力』に方向性を示して、臨んだ結果として発現させる方法論こそが魔法なのだと、セリスの説明は続く。
元々はこの世に無尽蔵に存在する魔力という力を持たない力を有効活用することを目的として研究が始まり、魔力を運用する技術体系の総体を【魔法】と呼ぶようになったのだそうだ。
「魔法の行使には大きく分けて三つの方法があるの。『詠唱』と『陣』と『印』がそれね」
『詠唱』とは、セリスが何度か実践していたように、特定の言葉を紡ぐことで魔力に干渉し、魔法として発現する方法のことだ。意志を言霊に乗せて発することにより、自分の中にある魔力を操るのだという。
意志のある言葉で発せられた特定のキーワードに魔力が反応を示すのである。魔法として発現したのちに繊細な魔力の調整や操作が必要となってくるため、言葉さえ話せれば使える手軽さはあるものの、使いこなすには一定の鍛錬が必要だ。
『陣』とは、いわゆる魔法陣だ。言葉ではなく、図式によって魔力を誘導し、魔法として発現させる。様々な図形に沿って魔力が流れることで、魔法という結果を導くことができる。
詠唱と違って一度魔法陣を完成させてしまえば魔力の操作をする負担がなく、完成度によって回数は前後するものの、繰り返し使えるため初心者向けである。同時に、突き詰めればどこまでも複雑な魔法陣を作成できることから、やり込み型の玄人向けとも言える。
『印』とは、特定の動作により魔力を誘導し、魔法として発現させる方法である。基礎理論としては魔法陣を人体の所作で再現するものだったが、すでにその枠を飛び越えて独自の体系として確立されている。
簡単な印であれば詠唱よりも手軽に魔法を発動できるが、壮大なものになると一つの舞の動作すべてが印、というものまである。人体による魔力誘導を行うためか、魔法陣による魔法よりも威力が高くなる傾向があるようだ。
ちなみにこれはどの方法にも言えることだが、魔法の威力というのは『込める魔力量』と『発現させる魔法の種類』と『周辺の魔力環境』に依存する。ただし、弱小魔法に膨大な魔力を込めれば高い威力になるか、というと限界がある。
魔法はいわば魔力を注入する容器だ。容器の中の魔力が少なければ軽い魔法となり、多ければ重い魔法となるが、容器である限りは容量がある。魔力に容器という形を与えることで発現させるのが魔法だが、形を与えることはすなわち魔力の積載量を限定することと同義、というわけだ。
「そういえば、セリスが魔法を使ったとき、詠唱していなかったことがあるが、あれはそうすると印だったのか?」
そう、先だっての魔物との戦闘時、セリスが詠唱して魔法を行使する時と、特に詠唱せずに魔法を行使している時があることにユーゴーは気付いていた。
もちろん、魔法陣のようなものを使っている様子もなかったので、消去法で印だろう、という結論に至ったのだ。
「よく見てたね!確かに詠唱しないで魔法を使ったけど、実はあれは印でもないの」
「そうすると、さっきの説明のどれにも当てはまらないことになるが?」
ユーゴの指摘はもっともだが、セリスは特に動じず、むしろ胸を張って答える。
「『即発』という技術があるのです!」
「即発?」
「そう。十分に使いこなせるようになった魔法……そうね、熟練度が一定に達した魔法、と言えばいいのかな。そういう魔法を自分の体に登録することができるの」
つまり、それをしておけば一から術式を構築するのではなく、完成した術式をそのまま取り出すことができる、ということだ。
「そんな便利なことができるのか。つまり一度覚え込んでしまえば、どんな魔法でも好きなように使える、ってことか」
例えるなら自転車の乗り方のようなものか、とユーゴーは思ったが、セリスが首を振った。
「ううん、それがそんなに万能じゃないんだよ。レコードできる魔法には限度があるから」
即発を実行するためには、体内の魔法ストレージのような場所に任意の魔法をレコード、つまり記録することが必要になる。更にストレージの容量は人によりかなりふり幅があり、かつレコードする魔法の規模によりストレージを占める割合も変わる。つまり即発登録できる魔法の数には限度があるのだ。
ユーゴーはそれをパソコンのHDDとデータ容量として理解した。つまり容量の小さなデータなら多数保存できるが、動画などの大容量のデータは数個しか保存できない、というわけだ。そして人によって持っているHDDの空き容量が違う、と。
「参考までに、セリスはどれぐらいレコードできるんだ?」
「え?え~……っと、ダメだよユーゴー、女の子にそんなこと聞いちゃ!年齢とレコード数を聞くのはマナー違反!」
「……そうなのか?」
「そ、そうなの!」
微妙に誤魔化しているような気配を感じながらも、特に無理に聞きだす必要もないのでユーゴーは一応納得した。