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5:異世界人ユーゴーの実力


 ファルガー。クラスDの魔物。基本的には牙で突き刺すように突進してくるか、牙を首ごと左右に薙ぎ払ってくるような攻撃しかしない。

 しかし、その突進力は侮ることはできない。真っ向からぶつかれば軍事用の鉄で装甲を固めた馬車ですら安易に横転させられてしまう。


 茂みから現れたファルガーはセリスとユーゴーを明確に獲物と定めていた。

 前足で何度か地面を蹴りつけると、そのまま二人に向かって突進してくる。


「ユーゴー、離れて!」


 セリスは少し後ろにいるユーゴーに振り返らずにそう指示をだすと、先ほどと同じウィンドセイバーを放つ。

 風の刃は突進してくるファルガーを正面から捉え、顔面の左側を大きく切り裂く。左眼が完全に潰れるが、先ほどのように両断するには至らない。


 ファルガーは体勢を崩してよろけるものの、突進を止めようとはしない。だが進路は大きくずれて、セリスの1メートルほど横を通り過ぎる。

 もともと仕留めるつもりで放った魔法ではなく、突進を避けるためだったので効果は十分だ。


「ユーゴー、大丈夫?」


 セリスが通り過ぎたファルガーを追うように後ろを振り返ってそう聞くと、ユーゴーは少し離れたところで右手を顎に当てて興味深そうにセリスを眺めている。だいぶ余裕がありそうだ。


 突進攻撃に失敗したファルガーは少し先で止まって、忌々し気にこちらを振り返ろうとしている。


『大地の槍よ。理より出でて彼のものを貫け』

「グラウンドランス!」


 ファルガーが振り向き、再度突進するよりも早く、セリスが次の魔法を詠唱する。途端に地面が隆起し、槍となってファルガーの胴体を串刺しにした。

 串刺しになったまましばらくもがくように暴れていたファルガーだが、やがて力尽きてがっくりと息絶えた。ほぼ同時に土の槍がボロボロと崩れて地面に還った。


「楽勝だな」


 セリスが念のためにファルガーに近付き、死んでいることを確かめていると、背後からユーゴーの声が聞こえた。その声が思ったより遠くから聞こえたことで、セリスは慌てて振り返った。


「油断しないで!ファルガーは群れで……っ」


 警告しようとする言葉を途中で詰まらせる。

 ユーゴーはセリスから離れたところで森を観察しながら危機感もなくウロウロしていたようだ。そのユーゴーの横合いから、別のファルガーが突進してきている。ユーゴはまだ気付いていない。


 一人でいることに慣れていたセリスは予めの警告を怠っていたことを後悔する。二人以上のパーティを組む場合、本来であれば連携や立ち位置などを事前に決めておくものだ。

 ましてや、ユーゴーは異世界人であり、この森の危険度なんてそもそも知らない。自分の不注意だ、とセリスは自らの迂闊さを呪う。


 とはいえ、客観的に見ればこれはユーゴーの不注意だろう。日本という極めて安全な国で育ったユーゴーにとって、常に周囲を警戒するという癖など身についていようはずもない。魔物が出ることを頭で理解していても、感覚がそれに伴っていないと言える。


――間に合わない!


 セリスが魔法を放つより早く、ファルガーがユーゴーの体を跳ね飛ばした。さながら突風に煽られた紙切れのようにユーゴーの体が吹き飛び、数メートル先の木の幹に背中から叩き付けられる。


「ユーゴー!!」


 幸い牙は刺さっていなかったようだが、頭部に当たるだけでもその威力は十分だ。しかも、ファルガーは前方に吹き飛んだユーゴーに追いすがるように突進を止めていない。


――今度こそ魔法で……


「あ、あれ?」


 セリスは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。先ほどまで視界に捉えていたユーゴーの姿が消えたのだ。

 いや、正確には違う。いつの間にかファルガーの目の前に移動している。注意していなかったとはいえ、目で追えないというのは尋常ではないスピードだ。


 ユーゴーは突進してくるファルガーを、牛を避ける闘牛士のように体を開いて避けつつ、左手で無造作に牙を掴んだ。突進中のファルガーの牙を掴む、というだけでも異様な光景だが、それだけでは終わらず、ファルガーの突進がピタリと止まってしまう。


「ユ、ユーゴー……」


 セリスはアホの子のように口をあんぐりと開けてそれを見ていた。そういえば、ユーゴーはとんでもない勢いで空から降ってきて地面に衝突しても生きているという、驚異の耐久性を持っていたことを思い出す。


「まったく、服が汚れたじゃないか。これしかないんだぞ」


 そう愚痴をこぼしながら、ユーゴーは半回転しながらファルガーを軽く宙に放った。ファルガーはその巨体から、体重は200キロ近くはあるだろう。それをボールでも放るような気軽さで上に投げるパワーもまた、常軌を逸している。


 空中で手足をバタつかせているファルガーが落下してくるのに合わせて、特に力んだ様子もなくユーゴーが拳を突き上げる。いわゆるショートアッパーだ。

 拳が胴体にめり込み、ファルガーは口と鼻から大量の血を噴き出して、そのまま地面に落下して息絶えた。


 更にもう一頭、ファルガーが後方から突進してきたが、今度は正面から蹴りで撃退してしまった。


「ユーゴー……馬鹿みたいに強いね」


 しばらくして我に返ったセリスがそう言うと、地面に転がるファルガーの死体をつま先でつんつん突いていたユーゴーが心外そうに顔を上げた。


「馬鹿とは失礼だな。確かにこの世界に来てから体が異様に軽いし、力が出る」

「元から、ってわけじゃないんだ?」

「ああ、さっきも言ったが、元々運動は苦手で貧弱だった」

「アールスに来た時の影響かな……?」

「さあな。その辺の興味も尽きないが、こういう世界ならありがたい話だな」


 ユーゴーの言う通り、当たり前に魔物が出るような環境では、戦えるというのは重要だろう。これで森の中での探索もかなり楽になると言える。

 前衛をユーゴーが勤め、後衛からセリスが魔法で援護、という役割分担で効率的に戦闘ができるというわけだ。


「ところで、こいつは食えないのか?」


 ユーゴーが地面に転がっているファルガーを指差す。


「魔物はほとんどが臭くてマズいよ。あとたぶん食べたら体に悪い」

「そうか。さっきの奴と対して見た目は変わらないのにな」


 実際、魔物には人体に悪影響を及ぼす成分が含まれているようで、好んで食用にする人間はいない。極一部食べられる魔物も存在するが、それらにしても他に食料がある限りは進んで食べようとすることもないだろう。

ちなみに魔物の中では食物連鎖があり、強い魔物に弱い魔物が食われる、ということはある。


ともかく、ファルガーを退けた二人はそこからしばらく進み、ケブナーの木が群生している辺りに辿り着いた。


「この木がそうか?」

「うん、一本分ぐらいあれば十分かな」


 セリスは一本のケブナーの木の幹を叩きながら言う。


「どうやって切り倒すんだ?」

「そりゃあ、魔法だよ」


 そう言うと、セリスは先ほども使っていたウィンドセイバーを発動し、一本のケブナーの木の足元辺りの高さに風の刃を射出した。

 音もなく風の刃が幹を通り抜け、大きな音を立ててケブナーの木が倒れる。


「……なあ」

「ん?」

「さっき手加減してたよな?どう考えてもさっきのファルガーとかって魔物よりこの木の方が頑丈だろ」


 ギクッと音がしそうな反応を見せて、セリスは気まずそうな笑みを浮かべた。


「い、いやぁ……分かった?」

「ああ、今の威力なら最初の一匹は一撃だっただろ。なんでわざわざ他の魔法と二回に分けた?」

「う~ん、いくつか理由はあるんだけど、一つはあんまり高い威力で魔法を打つと、この森の植物をむやみに傷付けちゃうから、かな」


 確かにセリスはケブナーの木を切り倒す時には、魔法の射線上に他の木などがない方向を選んでいた。環境保護といった精神はあまりこのアールスにはないが、セリスのはどちらかというと動植物への愛着だと言える。


「ふーん、他の理由は?」

「あとは……癖、かな……?」

「癖?どういう意味だ?」

「ま、まあ、詳しいことはそのうち教えるから!」


 そう言って誤魔化すと、セリスは切り倒したケブナーの木の方に向き直った。

 ケブナーの木は大きな幹が真っすぐと伸び、上部で枝分かれして葉を茂らせる樹木だ。木材として使うのは当然幹の部分なので、セリスは再び魔法で枝分かれした部分から上を切断する。


「ユーゴー、鞄に入れたいんだけど、持てる?」

「持てる、って、この木をか?」

「うん、無理そうならもう半分ぐらいにするけど」

「いや、大丈夫だが、常識的な感覚で聞くととんでもない発言だな」


 ぶつぶつ言いながら、ユーゴーが幹の部分だけの丸太になったケブナーの木を担ぐように持ち上げた。ユーゴーの育った日本の基準で考えれば一人の人間が巨大な丸太を持ち上げている光景は間違いなく異常だ。その異常を体現してるユーゴーがまさに日本人なわけだが……


「いつもはどうしてるんだ?」

「土魔法とか使ってうまい具合に入れてるよ、っと」


 ユーゴーが鞄に向けて傾けた丸太を、器用に鞄にしまいながらセリスがそう説明する。


空間袋は便利だが、物理法則にはさすがに逆らえない。口を近付ければ勝手に吸い込まれる、ということはなく、上から下に向けて中に入れなければいけないのだ。

 巨大な丸太がみるみる飲み込まれていく様は物理法則に逆らっていないのか、というのは別の話である。


「よし、目的は済んだし、帰ろうか」

「ああ」


 この後二人は途中でセリスの持ってきた昼飯を食べ、帰り道でも魔物に遭遇したが、難なく排除して家に帰っていった。



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