4:空間袋の考察と食材
次の日の朝、私は床の上で目を覚ました。ちょっとだけ体が痛い。
ほとんど回復していたと言っても、病み上がりのユーゴーを床に寝させるのは気が引けたので、昨日はベッドをユーゴーに譲ったのだ
ユーゴーはしばらく固辞していたけど、私が勝手に床に布を広げて寝てしまうと、諦めてベッドで寝たようだった。
でも、やっぱりもう一つベッドが欲しいな。今日あたり何か簡単なものでも作ろうかな。うん、そうしよう!
私はそう決意すると、床に敷いていた布や毛布を大雑把に畳んで、魔法で水を生成して顔を洗った。
ちなみに、昨日はあの後ユーゴーが元いた世界について色々聞かせてもらっていた。魔法はないけど、アールスよりも技術が発展していて何かと便利そうな世界、という印象だ。何より興味を引かれたのは『電気』というもの。
魔法で雷を放出することはできるが、それをエネルギーにして何かを動かす、というのは目から鱗だった。火や蒸気を燃料にして動く機械はこちらにも数は少ないが存在する。だが、ユーゴーの世界ではありとあらゆるものが『電気』というもので動いているそうだ。
そこまで供給するためには、定期的に安定した雷のエネルギーを生成し続ける必要があるわけだけど、それが魔法もないのに可能だということが不思議だ。
魔法使いを100人ぐらい集めて、交代で雷を作り続ければできるかもしれないけど、それでも限度がある。というか、そんな過酷な強制労働をする人はいない。
『電気』を生み出す仕組みについてもいくつか簡単に説明してくれたが、もうそこまでいくと全く未知の原理過ぎてさっぱり分からない。
でも、研究者魂が疼くなー!魔力を使って同じようなことができないかな。
そんなことを考えながら、私は両手の間に雷を発生させてしげしげと眺めてみる。
「何だか危ないことをしているな……」
気付くとユーゴーが起きていたようで、眉をしかめてこちらを見ている。
「おはよう、ユーゴー!よく眠れた?」
「ああ、おかげさまでな。ベッド、悪かったな」
「いいよ!でも、さすがにどちらかがずっと床で寝るのもつらいだろうから、今日はベッドを作ろうと思うんだー」
「作る、のか?」
「うん、材料を集めに行くの、手伝ってくれる?」
ユーゴーは困惑したように頷いている。何かおかしなことを言ったかな?
森で取れた野菜や果物と、自家製のパンで簡単に朝食を取り、さっそく準備に取り掛かる。
とは言っても、採取道具を適当に鞄の中に放り込むだけだけど。途中でいい研究素材があるかもしれないから、採集容器をいくつかと、ナイフを大中小で三本と、ロープと、念のため長引いた時のためにお昼ご飯と、簡易テントも一応持っていこうかな。あとは……
「おい」
「あ、ユーゴーも何か持っていくものある?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
ユーゴは私の持っている鞄を指差す。
「これ?ふふ、かわいいでしょ?私の手作りなの!」
「そういうことでもない」
ユーゴーは呆れたように手で額を抑えて首を左右に振る。
「……鞄の大きさと、入れている物の量がおかしいんだが?」
「え……ああ!そういうこと?これは【空間袋】を改良した鞄なの」
「大体想像は付いたが、まだ分からん。まずその空間袋とはなんだ?」
冒険者と研究者の必需品、【空間袋】はとっても便利!実際のサイズを大きく超えて、その内部は特殊な異空間が広がっていて、とんでもない容量を格納できるのです!もちろんものによって許容量は変わってくるけど、こちらの品はそんじゃそこらの空間袋とはわけが違う!その気になれば平均的な荷馬車5つ分ぐらい入っちゃう優れモノ!それがなんと今なら絶対お買い得な金貨10枚でのご奉仕です!
という感じで空間袋について説明をしていたら、途中で顔の目の間に手を突き出されて遮られてしまった。まあ、つまり、自分で作った鞄の内側にその空間袋を縫い付けている、というわけ。
「魔法があるぐらいだ。そんなものがあっても納得しよう。だが、さっきから無造作にものを放り込んでいるが、中はどうなっているんだ?」
「えっとね、最初に魔力操作である程度種類毎に区画分けして、整頓して入れられるようになってるよ。出すときは入れたものを魔力で引き出すようなイメージかな」
必要なら区画ごとに一度に出すことも、区画も関係なく全部出すこともできる。そういえば最近全部出しはしてないな。時々やって整理した方が良いんだけど。
「入れたことを忘れたらどうなる?」
「それは……ずっと中に入りっぱなしだね」
「生ものが腐ったりは?」
「するよ?でも、いくつかの区画に冷気の魔法と氷結の魔法を込めてるから、腐るようなものはそっちに入れておけば結構持つよ」
「魔法も入るのか!」
「うん、一度封入すると出さない限り魔法はこの中で循環し続けるから、何度も入れる必要もなし!」
「便利過ぎるだろ……」
ユーゴーが呆れたように呟いた。昔から使ってるから慣れてしまったけど、言われて見ると確かに便利だ。
「火の魔法を入れておけば、勝手に肉が焼けるんじゃないか?」
そう言われて私は思わず絶句した。
「ゆ、ユーゴー……」
「ん?さすがにそれは無理か?袋が燃えるか?」
「……ユーゴーって天才!?そんなこと考えもしなかった!」
「お、おお……」
これはすごい発明かもしれない!今までそんな風に使っている人をみたことがない!
窯で食材を焼くことはあるが、それと同じことが空間袋で再現できるかもしれない。火力を弱めておけば煮込み料理なんかもじっくりコトコトできる!なんて優れモノなの!?
「こ、これが異世界の知恵!?」
「違う。落ち着け。異世界には空間袋なんてない」
ユーゴーが若干引いている気がするけど、気にしない。近いうちに是非とも実験しよう。今すぐ試したいけど、そんなことをしてたら日が暮れてしまう。
そんなこんなで実験欲求を抑えて私たちは外に出る。今日も天気が良くて空気が美味しい。森の中はやっぱり落ち着く。
「……本当に森の中だな」
ユーゴーが当たり前のことを呟いている。あ、そうか、昨日は話し込んでそのまま寝ちゃったから、この家に来てからまだ一度も外に出てないんだ。
「魔物とかもいるから気を付けてね。そういえばユーゴーって戦えるの?」
今更なことを思い出して聞いてみる。ユーゴーが戦えなくても手段はもちろんあるけど、自分が動ける方が安全性は高い。
「まあ、たぶんな。元の世界では身体を動かすのも苦手だったが」
何だか不安になることを言ってるなぁ。全く戦えないぐらいの心づもりでいた方がいいかもしれない。そういえば、武器になるようなものを持たせた方がよかったのかな。
でも、私が魔法使いだから、武器なんて持ってないし、私の杖は物理攻撃力なんて期待できないし、仕方ないか!
なるようになると考えながら、家を離れて森の中を進んでいく。
「何を採りにいくんだ?」
「ベッドにするなら頑丈な木材がいいから、ケブナーとかがいいかな」
ケブナーの木はアールスで最も一般的な木材となる木だ。どんな土壌でも育ちが早く、幹が太い。頑丈で腐りにくいし、香りも良いというあまりにも優秀過ぎる木だ。アールスでは木材と言えばもっぱらケブナーである。
そんなことをユーゴーに説明しながら森の中を進んでいく。
「あ、待って、ファルゴがいる。今日の夕飯にしよう」
「ファルゴ?あのイノシシみたいなやつか?」
「イノシシがなにか分からないけど、美味しいよ」
ファルゴは魔物ではなくただの野性動物だ。いや、魔物と動物の区切りなんて正直曖昧なんだけど、ざっくり言うと人を積極的に襲うかどうか、だ。
もちろん動物でもこちらがちょっかいを出せば攻撃してくるけど、それは自衛が目的なわけで、その点魔物は人を獲物とみて襲ってくるというわけだ。
私は静かにファルゴに近付き、10mぐらいの距離から風魔法を放つ。
風は刃を形成し、ファルゴの首を通り抜けた。一瞬遅れて、ファンゴの頭が胴体から離れ、地面に落ちる。
初級魔法の【ウィンドセイバー】だ。射程もそれなりに長く、強めの風が吹く程度の音しかしないので狩りにとってもお役立ち!
「おお、お見事」
「へへー、伊達に森の生活が長いわけじゃないからね!」
感心したようにユーゴーが褒めてくれたので、私は腰に手を当てて自慢する。
さて、次はファルゴの下処理だ。水魔法を使って血流を操作して短時間で血抜きをする。細かい解体処理は家に戻ってからするので、あとはそのまま鞄にぽいだ。頭は別に使う用事がないので放置。
「今のも魔法か?」
「うん。血の流れを制御したの」
「なんだそれ、そんなことできたら生き物なんて瞬殺じゃないか」
「生きてる対象には使えないんだよ」
「なるほど、そういう制限があるわけか」
その辺のこともこれからちゃんと教えていかないとね。
更に森の中を進み、時々食べられる植物や果実なんかをユーゴに教えながら採取していく。いつも一人だから、お喋りできる人がいると楽しい!
なんて思っていると、少し離れた茂みからガサガサと音が聞こえて、豚みたいな鼻っ面が顔を覗かせた。
「さっきのファルゴとかってやつか?なんかでかいな」
「ううん、あればファルガー。魔物だよ。気を付けてね」
ファルガーはファルゴに似た見た目だが、体のサイズが倍ぐらい大きく、上方斜め前に飛び出すような巨大な牙を持った魔物だ。体長は1.5メートルぐらい。
相手もこちらに気付いて、鼻息をフゴフゴさせて睨んできた。
ユーゴーを守りながら戦うしかないかな。