24:トレントと『アゾット』の性能
セリスとユーゴーの二人は支度を整えると、早速ハルメリの東門から街を出た。目的の森までは近くなので、今回ポチは留守番している。森はそれなりに広大なので、入ってからの移動距離が長くなる見込みだったが、馬車が入れるような道がないのだ。
日帰りが期待できない依頼の場合、普通の冒険者であればそれなりに準備に日数を使うところだが、セリスたちは空間袋があるためほとんど必要なものはその中に入っている。
セリスは当たり前のように持っていたが、空間袋自体かなり入手困難なものであることは、ハルメリに来てからユーゴーが知ったことである。
ちなみに何故知ったかというと、観光中に買った物をセリスが無造作に空間袋に入れたのをみて、店主が大層驚いていたためだ。相変わらずセリスの常識外れと、その自覚がないことによる無警戒っぷりにユーゴーは呆れたものだった。
「なんか森に入ると『帰ってきた』って感じがするねー」
そのセリスはというと、目的の森に入ってから上機嫌に鼻歌など歌いながらお気楽なことを言っている。
「ぼっちだった頃を思い出してるわけか」
「ぼ、ぼっちじゃないもん!研究のためだから仕方なくだから!」
セリスがボルナ樹海でぼっち研究生活を送っていたのもそれほど昔というわけでもない。それでもユーゴーと出会ってからはイベントが多かったため、セリスの体感としてはだいぶ昔のことのように感じられた。
森に入ってからしばらく獣道を進んでいくと、やがてケブナーの群生地にたどり着いた。
「ここかな?」
「そうだろうな」
依頼主の木こりからの情報によると、普段から木材を伐採しているケブナーの群生地付近でトレントに襲われた、ということだった。ギルド側で簡単にその場所までの道順を聞いていたので、ここで間違いなさそうだ。
「この辺から探してみるか?」
「うん。待ってね」
そう言うとセリスは即発登録している結界魔法の一つを発動した。結界魔法エリアルソナー。一定範囲に不可視の極微弱な結界を広げ、結界がぶつかった対象の位置と魔力特性を把握する、いわば探知機能の結界だ。
定期的にこの魔法を発動し続けていれば、魔物に遭遇することはほぼなくなるという優れものだが、魔力消費が激しいことが難点だ。とはいえ、魔力上限が狂っているセリスにしてみればそこまで問題ではないわけだが、それ以上にこの魔法を使った際に入ってくる情報量が膨大すぎて、何度も発動していると単純にひどく疲れるのだ。
「いるね。2体。あっちに180メートルぐらいかな」
エリアルソナーの有効範囲は約200メートル。ギリギリ探知に引っかかってきた。
「いつものことだが、なんでもアリだなセリスは」
「えへへ~、でも、植物でも小さな虫でもなんでも引っかかるから、ちょっと頭がクラクラする」
必要な魔物の反応だけを気を付けておいて、他の反応は極力無視したとしても、森の中という環境では反響の情報量があまりに膨大だ。情報酔いとも言える状態のセリスが回復するのを1分ほど待った後、二人は検知したトレントの方に静かに進んだ。
「もう見えてるはずだけど、どれだか分からないね」
50メートル辺りまで接近して茂みに隠れると、セリスが小声でユーゴーに話欠ける。
「多分あれとあれだ」
「なんで分かるの!?」
「勘」
ユーゴが示した二つの木は、確かにじっくり観察すると他の木と雰囲気が違う。やけに太い幹と、二本の太い枝が万歳したように上を向いている。
「どうせクラスCだろ。こそこそしてても始まらないな」
そう言うと、ユーゴーは両腕の魔力を操作した。それに反応して、アゾットがブレスレットのような見た目から、ほぼ一瞬でガントレットの見た目に変化する。
拳から肘までを覆ってガードするいわゆるガントレットの形態は『ノーマルモード』だ。同時に脚のアゾットもソルレットへとモード変化する。
「すごい!やっぱりかっこいいね!」
「フーゲルトは本当に腕がいい」
ガントレットの形態になっても両手の自由度はかなり高く、かといって関節部分の強度には全く不安を感じない。そして何よりぴったりと両腕、両脚によくなじんでいる。
セリスがキラキラした目でアゾットを見て小声で感動を口にする。対するユーゴーは何度か手を握ったり開いたりして感覚を確かめると、すっと立ち上がった。
「先手必勝だな」
言うと同時に駆け出すと、2体の片方に一気に近付いてその胴体(幹?)を殴打する。背面だったのか反応すらできないまま、トレントは胴を半ばで破壊されてそのまま折れて倒れる。断末魔のような奇怪な声が響いた。
近くにいたもう一体がワンテンポ遅れてユーゴーに気付いた。うろのような部分にぎょろりと目が現れ、邪悪な形相が浮かび上がってくると、片腕(枝?)をユーゴーに向かって叩き付けてきた。
上から振り下ろされる巨大な腕はユーゴーから見るとスローで、その気になれば余裕をもって避けられる。だがあえて避けずに、ユーゴーはアゾットを『ガードモード』にモード変化させる。
ガントレットの横幅が広がり、小さな楕円形のシールドのような形を形成する。その両腕を持ち上げてトレントの腕を防ぐと、攻撃してきたトレントの腕の方が大破した。
「使えるな……」
ユーゴーはそう呟くと、再度アゾットをノーマルモードに戻して、目の前のトレントを容赦なく叩き折った。
「ユーゴー、あっち!」
完全に観客になっていたセリスが声を上げる。セリスが示した方角から更に4体のトレントがその根を地上に這わせて接近してくる。一体目の断末魔で駆けつけてきたのだろう。
「なら次はこれでいってみるか」
アゾットの『クラッシュモード』。ノーマルモードの形のまま、表面に鋲が生えてくる。拳だけでなく、腕や肘、膝もトゲだらけの状態で、どの部分を当てても相手をえぐれそうな凶悪な見た目だ。
さらに足裏にもスパイクのように鋲が出ており、不安定な地面でも全力で踏込ができるようになっている。
接近してくるトレントに向かって跳躍すると、そのまま一体を飛び蹴りで砕き、着地するや否や、すぐ横にいた一体の顔面に腕を薙ぐようにして叩き付ける。
相手の攻撃を躱してもう一体撃破した時、更に奥からもう3体が接近してくるのが見えた。
「まだいるのか」
ユーゴーがそちらに気を奪われた一瞬で、残っていた一体が腕を横に薙ぎ払い、ユーゴーを弾き飛ばした。
斜め上に飛ばされたユーゴーだったが、ダメージはほとんどない。空中で体をひねって、進行方向にあった木の幹に『爪』を引っかけてぶら下がる。
アゾット『クロウモード』。拳部分に短い湾曲した4本の爪が伸びるこのモードでは、もちろんその爪を攻撃に使うこともできるが、今ユーゴーがしているように木や崖を登るときにも役に立つ。
手だけではなく、ソルレットも同じモードにすれば足先から爪が出るため、四肢を使った登攀が可能となるのだ。
ユーゴーは片手でぶら下がったまま、木の幹を蹴って先ほどユーゴーを弾いたトレントに飛び掛かる。通り過ぎ様に更にアゾットをモード変化させ、攻撃をする。ユーゴーが着地すると同時に、トレントの片腕が切れて落ちた。
『スラストモード』は手の甲の部分に10センチほどの幅広の刃が形成される。本来は『突き』をメインにした形態ではあるが、横に払えば今実践したように切断することもできる。
「とはいえ、木が相手なら切るより砕く方が有効か」
トレントに対して最も威力が高そうなのはクラッシュモードだろう。アゾットは対象に合わせた使い分けがその真価である。
ちなみにアゾットには今回ユーゴーが披露した『ノーマル』、『ガード』、『クラッシュ』、『クロウ』、『スラスト』と、通常状態の『ベース』の6つのモードに加え、今回は用がないであろうもう一つのモードと、今はまだ設定されていない予備モードの合計8つのモードがある。
そもそもヒヒイロカネを使った武具の作成自体、並みの鍛冶師では実現できない。加工できるだけの実力がある鍛冶師でも、精々3、4つの形態変化を付けるのが精一杯である。それを考えるとフーゲルトの腕は本当に一級品と言えた。
ともかく、今回ユーゴーはアゾットをクラッシュモードに固定して、追加で現れたトレント三体を次々に撃破していった。トレントは動きが遅く、一撃は重いもののそれもユーゴーに目立ったダメージを与えるに至らないため、苦戦はしない。しかし……
「どれだけいるんだ」
少し遠方からこちらに接近してくる何体かのトレントを見て、ユーゴーは思わず眉をひそめた。恐らく今向かってきている連中はまだユーゴーを発見していないため、一旦ユーゴーはセリスが隠れている茂みに戻った。
「なんか予想以上にいっぱいいるね」
「ああ、別に強くはないが、数が集まると面倒だな」
「トレントは火に弱いから、火魔法で範囲攻撃すればいいんだけど、森に燃え広がったら困るよね」
「地道に潰していくしかないか……だが、その前に」
ユーゴーはそう言うと、おもむろに後ろを振り向きながら身構えた。
「おい、出てこい」
セリスも遅れて振り返ると、少し離れた木の陰から尻尾が見えていることに気付いた。隠れているつもりだとしたら随分と雑だ。
「いやぁ、バレてたかにゃあ」
ユーゴーの言葉に応えて、木の背後から獣人の少女が姿を現した。その頭にはネコミミがぴょこぴょこと動いており、背後には尻尾がゆらゆらと揺れている。
「か、かわいいっ!」
セリスの感想はともかく、小柄で、短い茶髪から手触りのよさそうなネコミミが生えたその少女(?)は確かに可愛らしい顔立ちをしていた。頭を掻きながら二人に少し近付いてくると、獣人の少女は突然もみ手を始めた。
「お困りですかにゃ?もしよかったら取引といきませんかにゃ?」




