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3:葉桐 雄悟


「異世界人……そうだな。異世界人ってのはこの世界では一般的なのか?」


 ユーゴーの問いに、セリスは頬に手を当てて少し首を傾げる。


「一般的か、っていうとそうじゃないけど、知識としては知ってるよ?時々この世界ではない、どこか別の世界の人がこの世界に紛れ込むことがあるらしいの」


 かく言うセリスも実際に会ったのはユーゴーが始めてだ。セリスもそれなりに長く生きているが、出会ったことはおろか、異世界人に会ったことがある、という噂を聞いたこともない。


「どちらかというと、【アールス】の歴史を学んでいくと異世界人が時々出てくるから、歴史の登場人物みたいなイメージが強いかな」

「アールス?」

「あ、そっか、今ユーゴーがいるこの世界だよ。アールス、っていうの」


 古の昔から、この世界は【アールス】と呼称されている。人間が住む清界だけでなく、魔族の領域である魔界をも含めた、この世界全体の呼び名だ。


「なるほど。だが数が少ないのに歴史に名を残すような奴が何人もいるっていうのはどういうことだ?」

「うーん、異世界の知識とか、文化とかを持ち込むから、それがアールスの発展に役立ってる、っていうのがあるのかも」


 実際、歴史の中に登場する異世界人は、道具や、文化、思想などで世界に影響を与えた者が多い。この世界にはなかったものを生み出したのであれば、異世界の知識の流入と考えるのが自然だろう。


「それで、ユーゴーはなんていうところから来たの!?」


 セリスが興味津々な様子で尋ねる。


「地球、っていえばいいのか?ああ、俺の国の言葉じゃないが、アースともいうな。そこの日本という国にいた」

「へ~、アースとアールスってちょっと似てるね。ユーゴーっていうのは本当の名前?」

「まあ、大体そうだ。実際はハギリ・ユーゴ、こっちは名前が先だろうから、ユーゴ・ハギリ……か」


 そう、ユーゴー……本名、葉桐雄悟は日本で生活していた大学院生だった。元の世界で最後に覚えているのは、大学の研究室。そこから突然この世界に飛ばされたのだ。

 最初は自分の身の上を話すつもりはなかったために、こちらでもそれほど違和感がなさそうなイントネーションで自分の名前を名乗っていたのだ。


「なんでアールスに来たのか、心当たりはあるの?」

「まるでないな。逆にどうして別の世界の人間がこちらに来るか、何か知らないか?」


 異世界人がこの世界に飛ばされてくる理由。セリスが知り得る範囲では、ある一定の条件を満たした魔力の溜まり場などでは極稀に偶発的に異世界とのゲートが生成されてしまうことがあると聞いたことがある。

 それ以外には、禁術と呼ばれるような古い魔法の中には、意図的にそういったゲートを生み出し異世界人を召喚する方法がある、というような話は聞いたことがあった。

 セリスはそういった内容のことをユーゴーに説明する。


「そうか……やけに詳しいな。そういえば、あんた学者か何かか?この部屋も研究室のようだし」


 ユーゴーがそう指摘すると、セリスはおもむろに自慢げな顔と態度を取った。


「よくぞ聞いてくれました!私はこう見えて魔力の研究家なのです!これでもそれなりに実績もあるのよ?」

「へー」

「反応薄いっ!」


 聞いておいて興味がなさそうなユーゴーの反応に突っ込みを入れる。ユーゴーが素知らぬ顔をしているので、セリスは不満そうな顔をしながらも疑問を口にする。


「そういえば、別の世界から来たのに言葉が普通に通じるんだね」

「ああ、それは俺も疑問に思っていた。俺の国の言葉ではない、別の言語で喋っている感覚はあるが、どういうわけだか自然と喋れるし、聞いて理解もできる」


 仕組みが謎だが、便利だな、とセリスは思う。これで言葉が通じなければ、これからの苦労は筆舌に尽くしがたいものになっただろう。


「帰る方法はあるのか?」

「それは……ごめん、分からない」

「そうか。まあそんな簡単なものではなさそうだな」


 ショックを受けるかな、とセリスは申し訳なさそうに答えたが、対するユーゴーはドライなものだった。


「あんまりショックじゃなさそうだね」

「今の時点で方法が分からないものをうじうじ悩んでも仕方ないだろ?」

「うん。でも、やっぱり帰りたいよね」

「どうかな。正直そういう感情は今のところないな。むしろ自分が知らないものが溢れているであろう未知の世界への興味が尽きない」


――変わった人だなぁ……私なら、きっと帰りたくなるだろうな……


 セリスはさも不思議そうユーゴを眺めた。そういえば、ユーゴーから警戒心が薄れているように感じる。


「それで、どうしてちゃんと話してくれたの?最初は警戒してたよね?」


 セリスがそう言うと、ユーゴーは少し意外そうな顔をした。


「へえ、そういうのは気付くんだな」

「へへー、割と鋭いのです!」


 自慢げに胸を張るセリス。ユーゴーはそれを見て僅かに表情を変えた。


「一つには、命の恩人に隠すこともないかと思った。あと一つ、魔法ってのについて聞きたかったのでまずは自己開示をしようと思った。最後に、これが一番の決め手だが、あんたが単純な頭をしてると思ったから、だな」

「ふーん……ん?単純?」


 何事もない風にスラスラとそういったユーゴーの言葉に、セリスは引っ掛かりを覚えるが、意味が脳内に浸透する前にユーゴーが更に口を開く。


「さ、それよりせっかくの異世界だ。ちょっと魔法について教えてくれ」

「え……うん、ねえ、それよりさっき単純って……」

「さっきの指から火を出したのはどうやったんだ?俺にもできるか?」


 セリスが掘り返そうとしても、ユーゴーはさっさと話題を変えてしまった。なんとなく押し切られて、セリスは釈然としないままユーゴーの疑問に答える。


「一番基本的な魔法の一つだから、ほとんどの人が使えるよ。子供でも教えたらすぐにできるから、ユーゴーにもすぐにできると思う!」


 それを聞いてユーゴーが好奇心に満ちた目でセリスを見る。


「もし構わないなら、教えてくれ」

「もちろんいいよ!何しろ私、魔力の研究者だから、そういうのは大得意!」


 自信満々に答えるセリスだが、逆にそれを見たユーゴーの表情はあまり期待してないものに変わる。というより、何か残念なものを見る目になっているが、セリスは張り切っていてそれには気付かない。


「まあ、よろしく頼む。魔法を使うなら、その魔力っていうのが必要なんだろ?」

「うん、その通り。鋭いね!」

「まあ、俺の世界に魔法はないが、物語なんかで想像上のものとして出てきたりするからな。俺はこの世界の人間じゃないが、もし魔力がなかったらできないのか?」


 そう問われて、セリスはすっと少しだけ目を細めてユーゴーを見つめる。


「うん、大丈夫。魔力はちゃんとあるよ」

「……分かるのか?」

「魔力の流れを見るとね」


 ユーゴーが少し感心したような顔をしたので、セリスはますます調子に乗ってくる。


「魔法を覚えるなら、まずは知識から!」

「ほう?」

「魔法は感覚的でもあるけど、それ以上に理屈なの。だから、まずは頭で理解することが大事というわけ」


 セリスの言葉にユーゴーが得心したように頷く。


「ところで、ユーゴーはこの世界に来たばかりで行く当てもないでしょ?それなら、しばらく家にいたらいいよ。その間に魔法とかこの世界のこととか教えてあげる」


 ユーゴーはその提案に半分の驚きと、半分の呆れを込めて眉をしかめる。


「それはありがたいが、見ず知らずの、それも男をほいほい住まわせていいのか?何かするかもしれないぞ」

「ユーゴー、何かするの?」

「そりゃしないが、そういう問題じゃなく、警戒心がなさすぎるだろ」


 ユーゴーの指摘は最もだが、セリスにはあまり響いていない。

 確かにセリスの提案はこの世界においてはお人好しが過ぎると言える。だが、当のセリス本人にはそういう感覚がない。


「まあ、大丈夫だよ!ユーゴーが何か悪いことをしようとしたら火だるまか氷漬けにするから!」


 さらりと怖いことをいうセリスに、ユーゴーは眉間にしわを寄せてため息をついた。


「……せいぜい悪いことをしないよう気を付けよう。ただ、俺は何も見返りを出せないぞ?何しろこの身一つしかないからな」


 その言葉に、セリスは「ふふん」と鼻で笑ってみせた。


「その身があるなら、それで払ってくれればいいじゃない!」

「……あんたそういう趣味が?」

「ち、違う!肉体労働!」


 セリスが慌ててそう言うと、ユーゴーも「ああ……」と納得したようだった。


「ほら、私ってか弱い女の子だから、研究素材を森から取ってくるのを手伝ってもらったりね。あと、ちょっとだけ……ほんとにちょっとだけ片付けとか掃除が苦手だから、そういうのとか!」


 雑然とした部屋の真ん中で、セリスは両手を腰に当ててふんぞり返っている。


「ちょっとだけね……まあ、それぐらいならお安い御用だ」

「うん。それじゃあこれからよろしくね、ユーゴー」

「ああ、こちらこそ頼む、セリス」


 セリスは何やらにやにやしながら手を伸ばし、その手をユーゴーがとって握手をした。


「やっとちゃんと名前で呼んでくれたね!」


 そう言って微笑むセリスを、ユーゴーは少し驚いた顔で、興味深そうに眺める。


 ここに、自称魔力研究家セリス・ハーテアと、異世界人ユーゴー・ハギリの共同生活が始まったのであった。



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