16:ハルメリ領の領主
交易都市ハルメリは確かに賑わっていた。これまで森の中と、田舎の村しか見ていなかったユーゴーにとっては、これだけの人がいるのはこの世界で初めて見る光景だ。
「すごいな。まさに異世界に来たって感じだ」
馬車を引くポチの手綱を握っているセリスがわずかに振り返る。
「私もこれだけ大きい都市は久しぶりだけど、そっか、ユーゴーにとっては新鮮だよね」
「ああ。何やら人間じゃなさそうなやつもいるぞ!」
ユーゴーが珍しく興奮したように辺りを見回している。『人間じゃなさそう』と評されていたのはいわゆる獣人と呼ばれる亜人族だ。人型の様々な動物、と言うべきその姿は、ユーゴーからすればまさしく異世界を象徴していると言えた。
ハルメリは城門を入ると真っすぐに馬車が通れる大通りが丘の上の城まで貫いている。今は前を走るマッキナーの馬車について、その大通りを進んでいるところだ。
周囲には商店や出店が軒を連ね、買い物客や呼び込みの声で大いに賑わっている。マッキナーが言った通り、商人たちは皆元気がよく、日々の商売に精を出しているようだ。
「おい、セリス、あの店はなんだ!」
「あれは薬屋だね。色んなポーションとかを取り扱ってるから、冒険者になるならお世話になると思うよ」
「じゃあ、あれは!」
「ふふ、ユーゴー子供みたいだね。あれは素材屋かな。魔物系の素材の専門店みたいだけ」
「ふむ、興味深いな。後で是非見て回りたい」
ユーゴーにとっては街のほとんどが興味の対象なのだろう。子供のように次々と質問を投げかけてくるユーゴーの相手をしながら、セリスは和やかな気分になる。
普段上から目線で馬鹿にしてくるユーゴーだが、こうしているとやはり悪い人ではないと思ってしまうのであった。
「お、見ろセリス。あの店で売っている巨大なハンマー、セリスをいたぶるのに使えそうだぞ!」
笑顔を引きつらせながら、セリスが自分の考えを改めたのは言うまでもない。
さて、大通りを進み、二つ目の城壁を潜ると、商業区を抜けたのか街並みが一変した。こちらは住宅街なのか、大きな家や、集合住宅のようなものが立ち並んでいる。人の行き来も先ほどに比べたらだいぶ穏やかだ。
東西南北の4つの門から真っすぐ伸びた4つの大通りは、すべて丘の頂上にある領主の城に続いている。当然門から進む場合は終始緩やかな上り坂だ。
セリスたちの馬車を引くポチは、現在は積み荷が少ないおかげか特に苦でもなさそうに登っていくが、徒歩で領主の城に向かおうと思ったら、セリス辺りは途中でばてるだろう。
その上り坂もようやく頂上付近で終わり、ややなだらかな平らな場所に出る。そこで4本の大通りが、城を囲んで円を描くような道に四方から合流する。そして、城に向かう通りはその円形の通りから内側に2本伸びている、という構造だ。
城の周りには更に城壁が張り巡らされており、その城門を潜ると広い中庭。そしてその先に大きな城がある。
中庭を突っ切るように進むと、城の目前に開けた場所があり、前を進むマッキナーの馬車がその場所で止まった。セリスもポチに止まるよう指示を出し、マッキナーの馬車の横に付けた。
「さあ、ハーテア殿、領主様がお待ちです。参りましょう!」
マッキナーが馬車から降りてきて、セリスを招く。セリスとユーゴーは馬車を降り、眼前の城を見上げた。
「さすがは領主の城。立派なものだな」
「うん、なんか場違いな気がするね……」
ここまでついてきたが、セリスは未だに領主に歓待されるのは気が引けている。ユーゴーは権力者に恩を売っておくいい機会だと思っているので、悪そうな笑みを浮かべていた。
マッキナーが先導し、二人が正面の大扉の前に付くと、内側からその扉が開かれる。
その中に広がる光景を見て、二人は目を見開いた。そこには、使用人たちや、騎士たちが整列してセリスたちを出迎えていたのだ。
「え……なんですかこれ!」
「すごい歓迎っぷりだな……」
セリスはおどおどしながら、ユーゴーは若干訝しそうな表情で城の中に足を踏み入れると、向こう側から一人の男が歩み寄ってきた。
「ハーテア殿!お久しぶりです!」
両手を広げて歓迎の意を示すその男を見て、ハーテアは再度驚愕した表情を浮かべる。
「ダスタールさん!?」
そこには、10年前にサイルーン砦の隊長をしていた、ダスタール・ヴァンデントの姿があった。
「ええ、今はこのハルメリ領の領主をしています」
30代後半ぐらいの見た目になったダスタールは、人懐こそうな笑顔を浮かべた。
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「領主様がダスタールさんだなんて、驚きました!マッキナーさんも教えてくれたらよかったのに」
「驚かせようと思って黙ってたんです」
応接室に通され、メイドが全員に紅茶の入ったティーカップを配り終わったところで、セリスが改めてそう言った。マッキナーはいたずらっぽい笑顔でそれに答える。
「いや、これもハーテア殿のおかげですよ。サイルーン砦防衛が追い風になりましてな」
サイルーン防衛戦の後、ダスタールはその功績が認められて出世街道に乗り、4年前からここハルメリの領主を務めているのだという。
また、ダスタールだけではなく、あの時サイルーン砦で活躍した人々は各方面で重用されているとのことだった。マッキナーが騎士団の副団長まで上がってきたのもそのおかげが大きいそうだ。
「いや、私のことは良いでしょう。それよりも、今回もまた、本来なら我々が討伐すべきだったサイクロプスを倒してくれたとか。本当にハーテア殿には頭が上がりませんな!」
「い、いえ、そんな、私はたまたまお世話になった村が困っていたので手助けをしただけで……むしろ横取りするような形になってしまって……」
ダスタールは大層機嫌が良さそうに笑っているが、セリスは困り顔だ。ユーゴーはというと、黙って聞いていながらも、悪人フェイスが滲み出ている。
「何を仰いますか!騎士たちだけでは死傷者も出たことでしょう。今回ばかりはしっかりお礼をさせていただきますよ!何しろ、サイルーンの時はあの後消息が分からず、結局なにもして差し上げられなかったのですから」
「い、いやぁ……」
セリスがすっと視線を逸らす。
実はサイルーン砦の防衛後、ダスタールは当時の領主にセリスのことをきっちり報告しており、その領主もまた然るべき報奨を与えるためにセリスの所在を探し出した。
だが、セリスはしばらくの間それを固辞し続け、何度目かの使者を送った時にはすでに行方をくらませていたのだ。
「一体今までどちらに……まあ、それはいいでしょう。さすがに10年前の功績ともなると公式に報奨を出すことは難しいですが、今回のサイクロプスの件はしっかり恩に報いさせていただきますよ!」
「ははは……」
セリスはユーゴーをちらりと見る。
ダスタールがサイルーン砦でセリスが助けた相手だと知った時にはとびきりあくどい笑顔を浮かべていたが、今のところ黙っている。
「報奨金は当然出すとして、それ以外にも我々ができることであれば何でも言ってください」
「そんな、報奨金だけでもじゅうぶ……」
「師匠!さすがは領主様ですね!懐が深い!どうでしょう、ここはダスタール様に相談されてみては……」
実際の報奨の話に及んだところで、ユーゴーが即座に話に割って入った。ユーゴーの思わせぶりな言葉に、何としてもセリスの恩義に報いたいダスタールが目を光らせる。
「ほう、お弟子殿……ハギリ殿、でしたかな?ハーテア殿は何かお困りなのですかな?」
「ええ……実は……」
ユーゴーはそこから、セリスが森で研究に打ち込んでいたこと、魔物に家を燃やされたこと、命よりも大事な研究成果を悪人に奪われ、それを取り戻すためにやむを得ずあてもない貧乏旅に出る決意をしたこと、その最初の拠点としてハルメリにしばらく滞在するつもりであること、などを語った。
大筋は間違っていないが、細部やセリスの心情描写が脚色され過ぎていて、もはや全く別の話になっている。だが、聞き終わったダスタールと同席しているマッキナーは大いに義憤に駆られている。
「ぬう……ハーテア殿の研究成果を横取りするために賊が魔物を放ったとしか思えん」
「なんと卑劣な!我々も研究ノートを取り戻すために喜んで助太刀しますよ!」
「あ、いえ、でも研究ノートはゆー……ナットウ!!」
「なんとありがたいお言葉!師匠も感激して涙を浮かべています!」
ダスタールとマッキナーが協力を表明する言葉を告げると、余計なことを言おうとしたセリスに高速のでこぴんを放った上で、ユーゴーが大げさに感激して見せる。
「当面はこのハルメリで、旅の資金を調達しながら師匠を襲った賊の手掛かりを追う予定なのです」
「それであれば宿に泊まるのも金がかかる。どうです?この城に滞在されては」
「えええ!それはちょっと!」
「そうですね、ここですと街の外まで些か遠いですし、師匠は貧乏性で広いところと人が多いところが苦手なので、大変ありがたいお話しなのですが……」
ダスタールの提案にセリスが慌てて首を振ると、ユーゴーも珍しくセリスの拒否を後押しした。ユーゴーとしては、人目があると堂々とセリスをいたぶれない、というのが理由なのだが。
「そうですか。それでしたら、街の中には方々に兵士たちの宿舎があります。現在使われていない、指揮官向けに用意している一戸建てがありますので、そちらを利用されてはどうですかな?」
「なんと!よろしいのですか!?」
「ええ、もちろん!後ほど鍵と地図を用意しましょう」
ハルメリ滞在中に無料で住める家を確保したユーゴーは、その後同じような調子で『冒険者ギルドへの紹介状』と『腕の立つ鍛冶職人への紹介状』を入手した。
更に、領主の客分としての扱いで城にも自由に入場できる手形や、軍の訓練施設や図書館などを利用できるように便宜まで図ってもらうという徹底ぶりだ。
「ちょっともらい過ぎなんじゃ……」
「馬鹿を言うな。お前がもらいそびれていた正当な対価を今回収しているだけだ。少ないぐらいだろ」
「そうなのかなぁ」
最後に報奨金をかなりたくさんもらい、二人はダスタールたちに一旦別れを告げ、城を後にした。これからハルメリの街でやることは山積みなのだ。
一件でもブクマが増えると嬉しいものですね!
我ながら単純・・・
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