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13:魔議会(前編)

~カテルナナ山脈 カテルナナ城~


 ディディア魔王軍の若き軍団長ワズナー・カーマットは背筋に冷や汗が流れるのを感じていた。

 今すぐにでもこの場で背を向けて、今しがた入ってきた扉を出て逃げ出したい衝動に駆られるが、理性でそれを抑えつける。


「大変申し訳ありませんでした!ファイラス様、ひいては魔王陛下のご期待に添うことができず……」


 ワズナーが頭を下げる先には、自身の机に脚を投げ出す魔王ディディアと、その傍らに控える参謀ファイラスがいる。

 ワズナーの目からはディディアは明らかに不機嫌に見えた。それがワズナーの胃を締め付ける。


「ワズナー、気に病むな。お前のヘルハウンド隊の追跡であの異世界人を発見できただけでも多大な功績だ」


 ファイラスは穏やかな表情でそう告げる。


「で、ですが、その場で捕縛し連れ帰ることができなかったのはひとえに私の不徳の致すところ」


 先刻、ワズナーの率いるヘルハウンド隊の一つが異世界人ユーゴー・ハギリを捕捉。そのまま確保できる期待が高まったが、何故かオウラ王国の騎士団が同行しており、あえなく殲滅されたのである。


「確かに捕らえられれば最善だった。だが発見できたことで次善策を講じることができたのだ。成果としては十分だ」

「は、はい……ですが……」


 ワズナーはちらちらと魔王の様子を窺う。ファイラスはフォローしてくれているが、ワズナーには相変わらずぶすっとしているディディアが気になって仕方がない。


「ディディア様」

「……ファイラスが良いと言っているんだ、いつまでも喚くな!反省したいなら勝手にしてろ!」


 ファイラスに促され、ディディアは不承不承といった体でそう言い捨てた。ワズナーはその言葉を聞くと、もう一度頭を下げて、部屋を出るために振り返る。


「あー……ワズナー」


 その背中にディディアから声がかかる。びくっと体を震わせ、ワズナーは再度そちらに向き直った。


「まあ……あれだ……よくやったな」

「……!!は……はっ!」


 ワズナーは感激したように敬礼すると、部屋を出ていった。


 ちなみに、ワズナーが最初に背を向けた時、ファイラスがディディアに視線でそのセリフを言うよう促したわけだが、それはワズナーが知る必要はないことだろう。


「あぁ~~……」


 ワズナーが退室し、二人だけになるとディディアは情けない声を出して机に突っ伏した。


「ファイ~……私、ワズナーに嫌われたかなぁ~?嫌われたよね~……」

「大丈夫だよ、ディディ。彼は頭の良い男だ。ちゃんと分かってくれる」


 この場にワズナーがいれば、眼球が飛び出すほど驚いた上に、泡を吹いて倒れたかもしれない光景だった。いや、ワズナーだけではない。恐らく一部を除き、誰が見ても信じがたい光景だろう。


 暴君と名高いディディア・アトハンが、少女のような声を出し、部下からの心証を気にして凹んでいるのだ。


「それに、そう思うならもっと優しくしてあげればいいだろう?」

「だって……私があの異世界人の挑発に乗っちゃったせいで余計な仕事させてるんだし……なんかバツが悪くて」

「素直じゃないね、ディディは」


 ファイラスが微笑ましいものを見る様にディディアを見つめる。ディディアは机に顎を乗せた体勢のまま、羽ペンでぶすぶすと紙を突き刺している。


「魔議会やだなぁ……バレたら絶対サビエとかに馬鹿にされるよ……」

「彼は鋭いからね。でも大丈夫。俺に任せておけって」


 今日の午後には魔議会が開催される。そこが乗り越えるべき一つの壁だった。それさえ乗り切れば、ワズナーのおかげで後はなんとかなるはずだ。


「ファイ」

「ん?」

「頭撫でて……」

「はいはい」


 目を瞑って心地良さそうに撫でられているディディアを見て、ファイラスは決意を新たにする。今は駄々をこねる少女のようだが、魔議会では立派な暴君を演じてもらう必要があるのだ。それができるよう、自分が場をコントロールせねば、と。


********************


「ではディディア様。参りましょうか」

「ああ」


 魔議会の場に移動するため、ディディアとファイラスは城の地下にある転移魔法陣の間にいる。魔議会に連れていける部下は最大2名までだ。今回はファイラスと、ディディア直下の親衛隊隊長が同行する。


 下手な人員を連れていくことはできない。なぜならば、七大魔王が一堂に会するということは、実質個人としては世界最強の7人が集まることと同義だと言えるのだ。この7人に並び評される者は後数名しかいない。

 一定の実力を持った者でなければ、その場の空気だけで失神してもおかしくない。


「行くぞ」


 ディディアが魔法陣に魔力を注ぐ。この魔法陣は魔王の魔力にしか反応しない特殊なものだ。ディディアの魔力に反応して、魔法陣全体が淡い光に包まれるや否や、三人の姿が消失した。


 次の瞬間には、先ほどまでと違う、だが同じような魔法陣が描かれた部屋に転送される。豪華な作りの部屋で、壁際には絵画や彫刻などが飾られており、天井には巨大なシャンデリアが下げられている。


 部屋には一つだけ扉があり、その扉の先が魔議会が行われる会議室だ。ディディアが先陣を切って進み、乱暴に扉を開ける。

 扉の先には先ほどの部屋よりも広い、円形の部屋が広がっている。その中央には巨大な円卓があった。


 すでに4人の魔王が到着している。その内の一人がディディアを見て声を上げた。


「あら~、ディディアちゃん、お久しぶりね~」

「ふんっ」


 ディディアは特に返事をするでもなく、扉から真っすぐ進んだ先にある自分の椅子に腰を下ろした。


 声をかけてきたのは『激流魔王』アークロヒテ・モガンだ。青い髪を持つ海人族の女王で、その体は部分的に鱗に覆われ、手足の指には水かきのようなものがある。どこか気の抜ける喋り方をするのも特徴的だ。

 豊満な胸を見せつけるような露出の多い服を着ており、ディディアはいつも自分と比べて悔しがっている。ちなみにディディアの胸部については言及を避けておく。


「ぶははは、相変わらずディディアは愛想がないな」


 頭上から声が降ってくる。


 ディディアの対面の一際巨大な椅子に腰かけているのは、『災害魔王』ゾルドダルドだ。巨人族にして、歩く災害とも呼ばれる一方で、自然を愛するが故に『新緑の魔王』などとも呼ばれる変わり者だ。

 身長が実に6メートル近くあり、座っていてもその顔はかなり高い位置にある。


「うるせぇ!デカブツ!でかい声で笑うな!鼓膜が破れる!」


 ディディアが文句を言うが、それを聞いてゾルドダルドは更に愉快そうに笑う。その声に合わせて壁や床がビリビリと振動している。


「品がない……品がない連中だよ。もっと大人しくできないのか……」


 ゾルドダルドの隣の席でぶつぶつと文句を言っているのは『浸食魔王』ワズワーロ・ジキルシュテン。白衣を纏った顔色の悪い男だが、その白衣の下には自身で改造をし続けている趣味の悪い身体が隠れているのだとか。

 手勢の魔物や魔族も彼の肉体改造の毒牙にかかり異形の集団と化しており、まさにマッドサイエンティストといったところだろう。


「んだよ、ガリヒョロ!言いたいことがあるならはっきり言ってみろ!」

「……野蛮なサルめ」

「あぁ!?ぶっ殺すぞてめぇ!」


 ディディアが睨み付けるが、ワズワーロはケタケタと笑っている。


「やめろ。まだ会議は始まっていないぞ」


 仲裁したのは、今まで目を瞑ったまま腕を組んで黙っていた男。『超越魔王』サビエ・カー・ヤーだ。今回もっとも注意すべき人物だろう。

 非常に謎の多い魔王で、魔王の中ではもっとも古くからその場に収まっている。一般的な魔人族であるはずの彼は、実に数千年の間魔王として君臨しているのだ。一説には不老不死の秘術を体得しているのでは、と囁かれている。


「あらん?遅くなったかしら?ごめんなさいね。髪が決まらなくて」


 良いタイミングで扉を開けて入ってきたのは『幻惑魔王』ナハト・コルトナー。ただ歩くだけの姿が既に艶めかしく、どんな種族の男であってもその美貌の虜になるという。それでいて絶大な魔力を有し、魔法においてナハトに並べる者は辛うじてアークロヒテぐらいのものだろう。

 ちなみに以前ファイラスを誘惑しようとして、ディディアと大喧嘩になったことがあるが、今は関係のないことなので割愛する。


 さて、ナハトが遅れてくるのはいつものことだが、同様に最後に来る者も決まっている。


「わははは!遅くなった!ダンテが糞をしておってのぉ!」

「してねーよ!」


 騒がしく入ってきたのは『狂戦魔王』ベルセス・ボルドイだ。後ろから副官のダンテ・ヨーソールも付いてきている。

 魔法においてナハトに比肩するものがいないように、単純な肉弾戦においては最強と目される戦闘狂の魔王だ。豊かな白い髪と髭を生やしており、鍛え抜かれた肉体ははち切れんばかりだ。

 その姿をナハトがうっとりした目で見ているが、指摘しないでおこう。


「おう!ゾルドダルド!またでかくなったんじゃないか!?」

「ぶぁははは!なってるわけあるか!……いや?なったか?」


 ベルセスはゾルドダルドとふざけ合いながら席に座る。すかさずディディアが食って掛かる。


「おせーぞジジィ!老衰で死んだかと思ったぜ!」

「お~、嬢ちゃん。元気にしとるか?」

「その呼び方止めろ!」


 ディディアは噛み付いてはいるが、他の魔王に対するそれとは少し毛色が違う。領土が隣り合っていることもあり、ベルセスはディディアがもっとも懇意にしている魔王なのだ。


「さて、揃ったな。始めようか」


 全員が席に着くと、サビエがよく通る声でそう告げた。



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