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2:セリス・ハーテア


~オウラ王国北西部 ボルナ樹海~


 ボルナ樹海は人族が支配する【清界】の北西部に広がる広大な森林地帯である。その大部分はオウラ王国の領地に属するものの、北側の一部は魔族が支配する【魔界】に跨って広がっている。


 魔界との近さ、生息する魔物の数と凶暴性、巨大に育った樹木が密集していることにより安易に人を迷わせる地形の複雑さ。これらが要因となり、人はほとんどこの樹海に立ち入らない。

 それゆえに、この樹海の生態系は未だに謎に包まれた部分が多く、研究者や学者といった人々にとっては垂涎の的とも言える。


 ただし、前述した通りの理由により、研究者たちは容易にボルナ樹海にやってくることができない。ここで研究をするのであれば護衛や地元の案内人を雇う必要があり、人里から離れていることもあって研究資材の搬入も楽ではない。

 しかも苦労してそれらの条件を満たしたところで、制限された期間内で十分な研究結果が出せることが約束されているわけでもないのだ。


 「膨大な費用+命の危険」と「知的欲求+研究成果」とを天秤にかけると、常識的な研究者は大抵の場合、泣く泣くボルナ樹海の調査を諦める、という結論に落ち着くのであった。


 そんなボルナ樹海の奥地。最寄りの村からで考えれば人の足で3日程度の距離まで樹海の中に踏み込んだ辺りに、一軒の家がある。

 こんな場所に家があることの非常識さは一旦置いておくとして、小さな木造のその家の屋根には、控えめに存在を主張する煙突があり、これまた控えめな煙が薄っすらと立ち上っていた。


 ここがセリス・ハーテアの住処だ。


 家の中は日本風に言うのであれば10畳程度の広さがあり、何やら怪しげな研究機材や、書物、紙、日用品が雑多に散らばっている。お世辞にも整理整頓されているとは言い難い状況である。


 この家の住人であるセリスはというと、暖炉の前に屈み込み火にかけた鍋を木の匙で混ぜているところだ。白を基調にしたローブに身を包んでおり、長い赤茶色の髪を中間あたりの位置で束ねている。

 セリスはコトコトと煮詰まった鍋の中身を匙で掬い上げると、ふうふうと息を吹きかけてから口に運んだ。


「……うん、中々かな」


 そう呟くと、匙を鍋の中に戻し、立ち上がってぐぐっと伸びをする。


 ふと、物音に気付いてセリスは後ろを振り返った。


 家の中には一つだけベッドが置かれており、その上には黒髪の青年が寝ていた。その青年がわずかに体を動かしたのだ。

 

 ほんの数時間前、セリスはこの青年と衝撃的な出会いを果たした。青年が空から降ってくる、という誰もが信じないであろう衝撃的な出会いを。

 大怪我を負っていた青年にその場で治癒魔法による応急処置を行い、家まで担ぎ込み、本格的に治療を行って、容態が落ち着いたのを見て食事を作り始めたのがついさっきだ。


 今まで微動だにしなかった青年が動いたため、セリスは早足にベッドの横に移動し、青年の顔を覗き込んだ。青年の目は開かれていたが、その濃い茶色の瞳は焦点が合わないように彷徨っている。


「気が付いた?」


 セリスが声をかけると、青年はようやく焦点があったようにセリスを見た。途端にその目が敵意に染まる。

青年は上体を起こし、警戒しながら口を開く。


「お前は誰だ。あの女はどうした?」


 セリスはその言葉に首を傾げる。


「う~ん、あの女?ちょっと分からないかな」


 青年は辺りを見回して、訝しげな表情をする。


「ここはどこだ?今度はどこに連れてきた」

「私の家だよ。あなたが森で倒れてたから、連れてきて治療したの」

「倒れてた?治療?俺は……」


――記憶が曖昧なのかな?あれだけの勢いで地面にぶつかったんだから無理ないか


 セリスはそう考え、頭に手を当てて記憶を整理しようとする青年をしばし見守った。


「あの女の手下ではないのか?」

「誰かの手下になったことはないよ?あ、弟子ならあるけど、でも師匠は男だしねぇ」

「……」

「……?」

「つまり、俺を助けてくれた、ということでいいのか?」


 記憶の整理がついたのかは分からないが、青年がそう聞いた。


「うんうん、そういうことになるかな。あ、別に気にしないで。困ったときはお互い様だし。何しろこの森じゃ、私が助けないと他に助けにくる人いないからね!」


 青年は「森……」と呟きながら、窓の外を眺めて、何やら頷いている。窓から見える外の風景はまさしく森なので納得したのだろう。


「ところで、何か食べられそう?スープがあるけど」


 セリスはそう言いながらベッドから離れ、棚から木の器を取り出すと、先ほど作っていたスープを器によそっていく。一応聞いてはいるが、返事がなくとも食べさせる気満々のようだ。

 青年の返事を待つことなく、再びベッドの横に戻ってくると、器を手渡した。


「私はセリス。セリス・ハーテア。よろしくね。あなたは?」

「は……俺は……ユーゴーだ」


 セリスが笑顔で自己紹介すると、青年は一瞬口を開きかけ、躊躇ったように間を空けてから答えた。


「ユーゴー、ね……ちょっと変わった名前ね」


 姓を名乗らないのは二つの可能性がある。そもそも姓がないか、何かの事情で言いたくないか。どちらにしても、セリスは特に無理に聞こうとは思っていないので、差して気にはしない。

 セリスはそれよりも、ユーゴーがスープを食べないことの方が気になっていた。体もほとんど回復してるから食べられないことはないはずだし、香りも悪くないと思うけど、と。


――もしかして、警戒してる?


 先ほどから器の中のスープを見つめてはいるが、手を付けようとはしない。


「何か嫌いなものでも入ってた?」

「いや……」

「結構料理は自信あるんだよ!一人暮らしが……長いから……」


 後半が尻すぼみになったのは気のせいだろう。自分で喋りながら少し落ち込んだ様子のセリスを見て、ユーゴーはおもむろにスープを一口すすった。


「美味いな……」

「でしょ!?よかったぁ」

「ああ、久しぶりにまともなものを食った……」


 ユーゴーの言葉に、セリスは色々と想像力を巡らせる。


――まともなものを食べてない?樹海で迷子になってたのかな?それともすごく貧乏だったとか?でも、破れちゃってたけど服は割とちゃんとしたものだったし。何にしても空から降ってくるってどんな状況だったんだろう?……う~ん、気になる!


 詮索すると気分を害してしまうかもしれないので、色々聞くとしてもまだ先だ、とセリスは考えていた。


「あんたは、ここで一人で生活してるのか?」

「うん。あ!別に寂しくないよ?」

「……それは聞いてないが、ここはどこかの村か?」

「ううん、森の中で、周辺には人は住んでないよ」

「……」


 ユーゴーがかわいそうな人を見るような目でセリスを見る。


「……なんだか、失礼なこと考えてない?」

「いや……」

「私がここに一人で住んでるのは研究のためだから!別に追い出されたとか、逃げてきたとかじゃないからね!」


 必死に弁明するセリスを置いておいて、ユーゴーは部屋の中をもう一度見回す。


「なるほど、研究か。確かに研究室っぽいな」

「そうなの!だから、別に寂しい人じゃないから!」

「それはもう分かった……ともかく、研究室はいいな。落ち着く」


 その言葉で再びセリスの好奇心が暴れだす。


――研究室が落ち着く!?学者か、研究者なのかな?飲まず食わずで研究してたら、何か間違えて大爆発が起こって、この森まで吹っ飛ばされたとか!?でも、別に爆発の音とかは聞こえなかったしなぁ……


 ぐるぐると思考してると、ユーゴーのスープが空になったことに気が付いた。


「おかわりいる?」

「いや……ごちそうさま。ありがとう」

「体は大丈夫そう?どこか違和感があったりしない?」

「ああ、もうすっかり大丈夫そうだ」


 そう言うと、ユーゴーはベッドから立ち上がって、ストレッチのような動きをし始めた。確かに問題なく動けているようだ。

 セリスはそのことに違和感を感じていた。


 ――治りが早い……


 治癒魔法を使ったとはいえ、あれだけの大怪我だ。外傷はすぐに塞がったとしても、血もかなり失っているし、痛みや身体機能の低下は十分な休養を取らなければ治らないはずである。

 一般的な基準から考えると、ユーゴーの回復速度は異常と言ってもいいものだった。とはいえ、そのことを特に指摘するつもりもセリスにはないわけだが。


「少し暗くなってきたね。今日はここに泊まっていいから。夜の森は危険だしね」


 ユーゴーを森で拾ったのは日中だったが、そろそろ日が陰ってきていた。セリスは燭台に近付くと、魔法で指先に小さな火を灯して、蝋燭に移した。


 ガタッ!


 突然の物音にセリスが振り向くと、そこには動揺した顔を浮かべたユーゴーがいた。後ずさってテーブルにぶつかったようだ。その目は驚愕したように見開かれている。


「ちょっと待て!なんだそれは!」


 ユーゴーは燭台の方を指している。セリスは首を傾げた。


「これは……燭台?」

「そっちじゃない!さっきの火だ!」

「火って……これ?」


 セリスはもう一度指先に火をつけて見せた。ユーゴーが再び目を見開き、まじまじとセリスの指先を見る。


「手品……じゃないよな?完全に指が燃えている。どうやってるんだ?」

「どうって、ただの火魔法だけど。見たことないの?」

「魔法!?」


 ユーゴが叫んで後ずさり、セリスの指先の火を眺めながら顎に手を当てた。


「そうか……魔法があるのか……まあ、考えてみればおかしくないか……」

「え、もしかして、魔法を見たことないの!?」

「……ああ」


 今度はセリスが驚く番だった。この世界に魔法を見たことない人が存在するのだろうか。魔法は日常の些細なシーンで当然のように使われ、子供だって使用する。老若男女問わず、誰しも程度の差こそあれ、魔法を使って生活しているのだ。

 それを見たことがないとすれば、今まで世界から隔絶されたどこかに閉じ込められていたか、あるいは……


「俺は、この世界ではない、別の世界から来たんだ」


 そう、あとはその可能性。異世界からの召喚者。


「それってつまり異世界人!?」


 セリスの目は驚愕しているもの、それ以上にキラキラと輝いた。



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