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7:サイルーン砦の奇跡1

 ≪10年程前≫


 ~オウラ王国 ハルメリ領 サイルーン~


 オウラ王国はその北と西にそれぞれ別々の魔王の領土がある。北に『破壊魔王』ディディア・アトハンの領土、西に『狂戦魔王』ベルセス・ボルドイの領土だ。戦好きの二大魔王と噂される二人に囲まれたその立地は決して恵まれたものとは言えないだろう。


 とはいえ、北側にカテルナナ山脈、西側にマールドー山脈という天然の防壁がそびえていることで、二人の戦好きの魔王を持ってしても容易には攻め入ることはできず、それほど戦争ばかりというわけではない。


 サイルーンはカテルナナ山脈の西の端と、マールドー山脈の北の端が作り出す渓谷に位置する城砦都市だ。『サイルーン砦』と広く呼ばれているオウラ王国北西部の守りの要とも言える城砦である。


 というのも、前述した通り、どちらの魔王であれオウラ王国の北西部に進軍するためにはこの渓谷を通る必要があるのだ。もちろん過酷な山脈を越える、という手段もあるが、大軍勢を率いての山脈越えは屈強な魔王軍をもってしても困難を極める。

 つまり、魔王軍にとってはオウラ王国への侵攻ルートはこの渓谷しかなく、逆にオウラ王国はここを守り通せば北西部の安全は保たれる、という重要な戦略拠点なのである。


 ちなみに、この渓谷は『竜の渓谷』と呼ばれている。その由来は一つの伝説だ。

 曰く、太古の昔、カテルナナ山脈とマールドー山脈は一つながりだった。だが、とてつもなく強力な竜がこの場所を通る際、山脈を邪魔に思いその息吹で貫いた。そこでできたのが『竜の渓谷』だ、というわけだ。


 真偽の程は不明だが、実際に竜の渓谷は左右を絶壁に囲まれ、まるでこの部分だけ山脈から切り取ったように見える、というのは事実であった。

 竜の渓谷の全長は約4キロ。その横幅は最も狭い場所で400メートルあり、最も広い場所は700メートルに及ぶ。


 そしてその渓谷のオウラ王国側の終着点を固く閉ざしている巨大な城壁こそが、サイルーン砦なのであった。

 サイルーンは城砦としての機能だけでなく、規模は小さいが都市機能も備えている。というのも、サイルーンに駐屯する兵士は多く、その兵の多くは家族と共にサイルーンに住むからだ。


 もちろん、魔王が侵攻してくる可能性がある限り、砦を守護する兵士や騎士は常に死と隣り合わせだ。それ故に報奨も高額で、サイルーン砦の駐屯兵は軍人の誉れであり、花形とも言えるのだ。


 そのサイルーン城砦に詰めている兵士や騎士の総数は常時約10000人。その家族が約1万6千人。商人や職人などの商売人を含めれば総人口3万人以上に及んだ。

 竜の渓谷に塞ぐ高さ30メートルを超える分厚い城壁を備えた城砦と、オウラ王国側に広がる都市を包括して正式には『サイルーン城砦都市』と呼ぶが、一般的には『サイルーン砦』と呼称されている。


 そのサイルーン砦がこの年、『狂戦魔王』ベルセス・ボルドイの侵攻を受けていた。


 サイルーン砦の防衛を任されるのは代々オウラ王国第一騎士団団長の役目である。この時、その任についていたダスタール・ヴァンデントは大いに焦り、苛立っていた。


「援軍はまだなのか!もう二日だぞ!」

「はっ……未だマールドー運河の氾濫が収まらない様子で、しばらくは難しいかと……」


 彼の少し後ろを付いて来ている副長がそう答える。二人は今砦を歩いており、戦況を自分の目で確認するべく、城壁を目指していた。


「ボルドイめ!」


 ダスタールはまるでそれが宿敵ベルセル・ボルドイだと言わんばかりに、飛来して来た敵軍の矢を忌々し気に叩き落した。


 サイルーン砦は長年窮地という窮地を体験していない。この砦は生半可な覚悟では落とせないのだ。下手な侵攻は自軍の兵力をただただ消耗するだけの無駄遣いにしかならないため、魔王軍といえどおいそれと攻め入ることはできない。


 しかし、魔王ベルセスは今回の砦攻めの為に十分な兵力を用意し、かつ入念に調査をし、自然と天候条件さえも味方につけてことに望んでいた。

 その中でもサイルーン砦にとって最大の打撃と言えるのが、マールドー山脈から流れる運河の氾濫だ。ベルセスは意図的にこれを引き起こしたのである。


 長年に渡ってマールドー山脈の気候変動を調べ、工作部隊に山脈を越えさせ運河の上流に数か所のダムを建設していた。そして、天候の影響で最もマールドー運河の水量が増えるこの時期を狙って進軍し、同時にダムを決壊させたのである。


 運河が氾濫することが何故サイルーンにとって打撃かと言えば、実にシンプルだ。援軍を断たれるのである。

 サイルーン砦に援軍を送るには、運河沿いの街道を通る必要がある。山脈に囲まれたサイルーンにおいて、それ以外の道は悪路であり、とても進軍できるものではない。


 山脈により守られているはずのサイルーンは、運河の氾濫というたった一つの要素により、逆に山脈であるが故に追い詰められることとなったのである。

 本来であれば、たった1日を守り通せば援軍が到着するはずのところ、ダスタールは既に3日、駐屯兵だけでの防衛を強いられていたのであった。


「戦況は?」


 城壁に上がる手前で、ダスタールは一人の隊長を捕まえて尋ねた。


「よくありません。兵も疲弊してきています」

「できる限り交代で休ませろ」

「はっ!」


 敬礼する隊長の肩を叩くと、ダスタールは城壁に上り、眼下にひしめく敵の軍勢を睨み付けた。今や、竜の渓谷には見渡す限り敵の軍勢に埋め尽くされている。

 城壁にも長梯子がかけられ、敵兵が群がっている状況だ。場所によっては敵がすでに城壁を登ってきており、壁上での戦闘が繰り広げられていた。


「敵の血の一滴すらも城内に入れるな!奴らの屍で城壁を更に高くしてみせろ!」


 壁上に登ってきた敵兵を自らその騎士剣で切り伏せると、ダスタールは味方を鼓舞した。そのまま城壁を横断するように歩き、各所に指示を出していく。


「魔法隊!上空にも注意しろ!飛翔する魔物は一匹残らず撃ち落とせ!」

「守備隊は魔法隊を死ぬ気で守るんだ!」

「弓隊!前に出過ぎるな!下から狙撃されるぞ!」


 ダスタールは貴族の出だが、第一騎士団長にまで上り詰めたのは間違いなく彼自身の実力だ。指揮官としても優秀であり、彼がいたからこそ3日目のこの日も何とか耐え切っていると言えた。


 だが、ダスタール本人は違和を感じていた。苛烈で有名なベルセスにしては、この3日の攻め方は大人しいように思えたのだ。

 前線で戦っている兵士が聞けば「どこが大人しいものか!」と食ってかかってきそうだが、全体を俯瞰して見るとどこか消極的なのではないか、とダスタールは思っていた。


 実際城門の前には巨大な破城槌が設置され、この3日の間飽きもせずに門の破壊を試みているし、多数の長梯子を使った城壁への侵攻も苛烈だ。定期的に飛行能力のある魔物による空からの攻撃もある。実に堅実な砦攻めといえる。


 そもそも籠城戦は守る側が有利だ。城壁という守りと、高所という位置的な利があり、かつ都市には十分な物資の貯えもある。これらの要素全てが、逆に攻める側の不利を生み出すのだ。


 そのため、砦攻めや城攻めは堅実に行うのが定石、というより奇策を弄するような隙があまりない。そう考えれば、ベルセスの攻め方はひどく真っ当だろう。そしてその真っ当な攻め故に、サイルーン砦は着実に摩耗し、ダスタールたちは苦境に立たされているのだ。


「だがそれでもやはり、ボルドイの戦略としてはいささか真っ当過ぎるのではないか……?」

「考えすぎなのではありませんか?」


 ダスタールの呟きに、傍らの副長が答える。


 サイルーン砦の城門について補足するならば、連日の破城槌による攻撃にもびくともしていない。元々が分厚い鋼鉄製の扉である上に、後ろに岩石を積み上げて補強しており、更に魔法使いが扉自体に強化魔法をかけ続け、ダメ押しに魔法障壁まで展開させているのだ。

 敵が持ち込んだ破城槌は巨大なものだが、それでも物理的な衝撃だけで早々破られるものではないだろう。


 また、魔法という概念が加わることで、攻める側も守る側も戦略の幅は大きく拡張される。弓や弩よりも広い範囲を攻撃できる魔法は、城壁の上から放つことで渓谷を埋め尽くしている敵に当て放題だ。

 とはいえ、当然敵も魔法を使ってくるため、障壁系の魔法などで防御することはもちろん、下から攻撃魔法を放ってくる。


 また、本来こういった戦争において最も警戒するべきなのは大規模な殲滅魔法だ。それこそ山脈の壁に左右を挟まれたこの渓谷においては、サイルーン側が殲滅魔法を放てば言葉通りに相手を一網打尽にできるだろう。


 だが、魔法にももちろん弱点はある。


 第一に魔力量の問題だ。攻撃であれ防御であれ、魔法でそれをし続ければ術者の魔力がすぐに底を付いてしまう。魔法使いはその辺りを計算しながら戦う必要があるのだ。


 第二に、魔法使いの質の問題だ。高威力の魔法を使うには、大前提としてその魔法を習得していなければならない。魔法使いの能力も個々にばらつきがあるので、誰もが期待されるほどの魔法を行使できるわけではない。


 第三に、魔法は前提条件として原則『目に見える場所』にしか発動できない。つまり、城壁の上という敵を目視できる場所でなければ攻撃魔法は意味を成さない。それは逆に、敵からも狙われる立場である、ということだ。一部の魔法陣を利用すればその限りではないが、そもそも敵がひしめく中に魔法陣の設置は不可能だろう。


 最後に、殲滅魔法についてだ。大規模で高威力の殲滅魔法であるほど、発動が難しい。というより、一般的には単独では発動すらできないのだ。必要な魔力量が足りないことと、魔力制御が困難を極めることが理由である。


 つまり、一定数の魔法使いの集団が、敵から見える位置で、それなりに長い時間を集中して術式を完成させる必要がある。絶えず敵の矢や魔法が降り注ぐ中、術者の一人でも集中を途切れさせれば失敗するという条件は、一言でいえば『無理』であろう。


 魔法は便利だが、『便利』の域を出ない。というのが一般的な価値観だ。決して『万能』にはならないのである。


「杞憂だと良いのだがな……」


 ダスタールは呟く。

 日が傾き、敵もその日は引き上げていくようだ。ここでもまた堅実に、夜戦は避けているのだろう。


 3日目の猛攻を何とか耐え切り、サイルーン砦の者たちは4日目に備えるのであった。



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