5:VS.サイクロプス
地面は不規則に隆起を続けている。足場としての条件は最悪だと言えた。憎らしいことに、魔法を使った本人であるサイクロプスが立っている場所だけは地面が安定している。
人間が使うところの、土の上級魔法グラウンドウェーブの効果だ。術者の指定した中規模の範囲で地面が波打ち、それだけでなくランダムにグラウンドランスが発生するという厄介な魔法である。
「あわわわ……立ってられない!」
「止めるにはどうする?」
「効果が切れるのを待つか、わっ、術者を……ひっ、倒すしか……」
どんくさいセリスには地面が波打っているだけでも相当大変そうだ。
ともかくセリスの言葉に頷くと、ユーゴーは目の前で突出した土の槍を踏み台にして跳躍する。
そのままサイクロプスに跳びかかり、拳を叩き込もうとする。しかし、サイクロプスが背にしている岩壁から突如として岩が吐き出され、空中のユーゴーを弾き飛ばした。
土の中級魔法ロックスロー。シンプルに大岩を飛ばす魔法だ。シンプルなだけに使い勝手は良く、型にはまると厄介だと言える。
「大丈夫!?」
「ああ、だが面倒なやつだな。って、ん?」
セリスが普通に声をかけてきたので訝しんで振り向くと、セリスは平然と立っていた。空中に。
「おい、なんだそれ」
「あ、結界を足場にしてるの」
「相変わらずなんでもありかお前は」
地面から突き出すグラウンドランスが届かない位置に立っているため、セリスに対してはグラウンドウェーブの効果は完全に無効化されている。難点は、結界のある範囲しか動けないことか。
「そんなことができるなら足場と援護を頼む。俺も魔法を試したい」
「うん、でも足場は見えづらいから気を付けてね」
ユーゴーが再び跳躍すると、その先にセリスが足場を展開した。そこで更に踏み込みながら、ユーゴーは右腕に魔力を込めた。
『内なる力よ。理より出でて我が右腕に宿れ』
強化の初級魔法パワーブースト。体の指定した箇所の力、つまり攻撃力を増加させる魔法だ。ちなみにユーゴーの体感では1.3倍程度になる。
ユーゴーはこの数日で筋力への魔力変換をマスターしていた。これもまたセリスに言わせれば驚異的な習得速度だ。魔力変換のコツを掴めば、後は詠唱さえ覚えてしまえば強化魔法の完成である。
今のところ右腕にしか使えないが、他の箇所での魔力変換に慣れれば、任意の部位で攻撃力を強化することができる。持続時間は5分ほどで、使用する魔力量によって伸びる。魔力量を上げても攻撃力の上げ幅が変わらないのは初級魔法の限界だ。
飛び上がったユーゴーに再度ロックスローが襲い掛かるが、ユーゴーは右の拳でそれを殴って粉砕する。
勢いをそのままに今度はサイクロプスの懐に飛び込むことに成功し、ユーゴーはサイクロプスの6つに割れた腹筋に強烈なボディーブローを叩き込んだ。
サイクロプスの体がくの字に曲がり、胃液のようなものを吐き出した。
「やったか!?」
「おい!誰だか知らんがフラグを立てるな!」
ユーゴーが突っ込みを入れて睨んだ先には、自力で猿ぐつわを外したらしい村長の息子が相変わらずサイクロプスの背後の地面に転がっている。指定範囲に入っていないのか、そこは地面が隆起していない。
案の定、サイクロプスは苦しそうにしながらも体を起こすと、一つ目を血走らせてユーゴーを睨む。だいぶ効いてはいるようだった。
「巻き添え食いたくなかったらそこを動くなよ」
「はい!」
村長の息子は良い返事をしているが、サイクロプスの目的はまさにそれだろう。足元に人質がいることで、セリスは高火力の魔法が使えない。
現に、初級魔法を援護で放ってはいるが、余りダメージにはなっていない状況だ。
サイクロプスは再び咆哮を上げて、まるで野球選手のように棍棒を構えた。次の瞬間、地面から岩が吐き出されて、サイクロプスの前に飛び上がる。
「まずいな」
何をするか察して、ユーゴーは一旦飛びのいてセリスの隣に立った。ちょうどその時、サイクロプスが棍棒をフルスイングし、空中の岩を打ち出した。
凄まじい速度で飛来した岩は、セリスが前面に張っていた結界に当たって砕け散るが、破片の勢いは残っていて後方に吹き飛んでいく。後ろで包囲していたオークたちが憐れにも潰れている。
通常のロックスローとは比べ物にならない威力だ。下投げで放ったボールと、野球選手が全力でヒットしたボールの差、と言えば歴然である。
しかも、サイクロプスはそれを乱発し始めた。背後の壁から放出されるロックスローと、サイクロプス自身が打ち出す岩の千本ノックで、さながら岩の雨が降っているような状態になった。
「やけくそか」
「私の結界もいつまでも持たないよ、これじゃあ」
「こないだみたいにあいつを囲えないのか?」
「結界は物質がある場所には張れないの。あれだけ岩が飛び交ってると囲うのは無理」
「強いくせに役に立たないな、セリスは」
「さっき生贄として大いに役に立ったはずだけど!?」
サイクロプスの魔力切れを待つ、という手段もあるが、その場合は人質の安否が問題になる。今でさえ岩の欠片が危ない位置にまで降り注いでいるのだ。
「何もない部分になら結界は展開できるんだな?」
「うん」
「それなら……」
「え……うん、できるけど、大丈夫なの?」
「面白そうだろ」
セリスに指示を出すと、ユーゴーは岩の雨の中に飛び出した。途端にサイクロプスがユーゴーに向かって岩をノックしてくるが、それを左右に跳びながら躱し、徐々に接近していく。
「セリス!」
「はい!」
ある程度接近すると、ユーゴーはその場で軽く跳躍した。セリスがそのユーゴーの足元に斜め前方に面を向けた結界を発生させる。その結界を蹴り、ユーゴーが弾丸のようにサイクロプスに跳びかかった。
ただの結界ではなく、力を反発するタイプの結界だ。ユーゴーが踏み出す力をそのまま反発することで、突進の威力を引き上げている。
ユーゴーに向かって飛んできたロックスローを先ほど同様に粉砕し、そのままサイクロプスの横っ面を殴り抜ける。
それだけで終わらず、その先に即座にセリスがもう一つ結界を発生させ、ユーゴーがそれを蹴って再度方向転換し反対の頬を殴り飛ばす。
そこでもまだ終わらない。四方八方に展開された反発結界がサイクロプスを徐々に取り囲み、その間をユーゴーが縦横無尽に跳ね回って攻撃を加えていった。
【コラボスキル グラスホッパー!!】
ユーゴーの視界に不快なものがよぎったが、無視して連続攻撃を続ける。
コラボスキル、などと出てきたわけだが、確かにユーゴーの身体能力と、それに合わせるセリスの精密な魔法発動があって初めて成せる技であるのは間違いなかった。
やがて、サイクロプスの土魔法、ロックスローが全く発動しなくなったタイミングで、嵐のような連続攻撃は収束した。
倒れることすら許されなかったサイクロプスだったが、攻撃が止んだことでぐらりと前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
「す、すごい!かっこいいですね!グラスホッパー!」
「うるさい。グラスホッパーってバッタだぞ?どこがかっこいいんだ」
絶賛する村長の息子を縛っている縄を引きちぎりながら、ユーゴーが不快そうに答える。
「ユーゴー、また手が!」
セリスが駆け寄ってくると、ユーゴーの手を掴む。殴打の強さに拳自体が耐え切れず、皮膚が破れて血が出ているのだ。
「何か武器が必要かもね」
治癒魔法でその手を治療しながら、セリスがそう呟いた。
「武器か。それもそうだな」
「あの!セリスさん!どうもありがとうございました。ご迷惑をおかけしてすみません!あなたも、ありがとうございます!」
「いえ!無事でよかったです!」
村長の息子も当然セリスを知っているので、そう言って頭を下げた。セリスもそれに応える。
何はともあれ、サイクロプスの討伐と、村長の息子の救出は無事に終わったわけである。数匹だけ残っていたオークはどこかに逃げてしまったが、元々知能は高くないので、ボスがいなくなれば脅威ではなくなるだろう。
「で、今度はこの岩場を降りるわけね……」
セリスが憂鬱そうに先ほど登ってきた岩場を見下ろす。
「あんたは大丈夫か?」
「ええ、この辺の岩場なんてガキの頃からの遊び場ですよ!」
そう言いながら、村長の息子は一足先にひょいひょいと身軽に降りていった。
「うぅ……今日は散々だよ……」
「そうだな」
そう言うと、ユーゴーがセリスを抱き上げた。
「え!待って!投げないで!」
「さっきのサポートはいい仕事だったからな」
投げられるかと身を固くしたセリスだが、予想に反してユーゴーはセリスをお姫様抱っこした状態のまま、身軽な調子で岩場を下り始めた。
「え……あ、ありがとう」
「ま、たまには楽させてやってもいいだろう」
「そ、そうだよ!さっきだってトラウマになりそうだったんだから!」
「良いから掴まれ。落ちるぞ」
「あ……はい……」
セリスが赤くなりながらユーゴーの首に手を回すと、ユーゴーは更に岩場を降りるペースを速めた。
こうしてセリスのトラウマは一瞬にして忘却の彼方に消えたのであった。
セリスさんまじちょろイン




