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1:ディディア・アトハン

~カテルナナ山脈 カテルナナ城~


 ファイラス・クラスレンは沈痛な面持ちでカテルナナ城の最上階を歩いていた。魔王ディディアの参謀として長く仕えてきたが、彼女が気に入らないであろう報告をする時はいつも胃が痛む。


 先ほど彼の部下からもたらされた報告も、ディディアが気に入るような内容ではない。かと言って報告をしない、というわけにもいかない。些細な問題であれば参謀たるファイラスの一存で片付けてしまうことはあっても、今回の事案は目下の最重要事項だ。


「ファイラス様!」


 会議室の扉の前で警備をしていたディディアの親衛隊の一人が、ファイラスを見て背筋を伸ばして敬礼する。


「会議は?」

「はっ、まだ続いているようです。先ほどまたディディア様の怒鳴り声が……」

「分かった」


 さすがに親衛隊ともなると主人の性格はよく分かっている。その主人と、参謀のファイラスの関係性もまた然り。先ほどの言葉も、ディディア本人はもちろん、他の幹部が聞いたら、不敬と断じられてその場で首を撥ねられてもおかしくないものだ。


 もちろんファイラスはそんなことはしない。ディディアの親衛隊として仕えることの大変さを十分に分かっているからだ。また、ファイラス自身が親衛隊の不満をよく聞き、なだめ、すかし、それでいて一定の忠誠心を保てるようにメンタルケアしているのだ。


 ファイラスが扉を開けると同時に、怒声が響く。


「サビエがなんだ!!あんな青白いやつに何を言われようと知ったことか!!」


 会議室では、長机の左右に魔王配下の軍団長らが並び、一番奥の一席には机に両足を組んで投げ出した女性の姿がある。怒声を上げた本人、魔王ディディア・アトハンだ。

 そのどこまでも真っすぐな濃緑の髪と、健康的に焼けた肌、整った顔に浮かべる忌々し気な表情ですら彼女の美貌を引き立てているようだった。


「はっ……しかし、此度のことが彼の者にしれれば、何らかの圧力をかけてくるかと思いますが……」


 軍団長の一人が額に汗を浮かべながら、それでもしっかりと発言する。


「それをどうにかするのが貴様らの仕事だろうが!」

「し、しかし、元はと言えば魔王陛下が……」


 ドン!


 軍団長の言葉を遮るようにディディアが机を蹴った。その眼光が怒りに彩られる。喋っていた軍団長以外の幹部連中もごくりと息を飲む。


「オレが、なんだ?」

「い、いえ……しかし……」

「はっきり言ったらどうだ!ああ、そうだ!オレがやった!だからなんだ!?謝ってほしいのか!?」

「いえ……決してそのような……」

「ディディア様」


 さすがにそろそろ止めるか、とファイラスが静かに、しかし誰にも聞こえるような声で敬愛する魔王の名を呼んだ。


「ファイラス!こいつオレに文句があるらしい!謝った方が良いか!?」

「ディディア様。お戯れもほどほどにお願いします。ワズナー殿も、陛下を非難するような発言は慎まれよ」

「はっ……申し訳ありません」


 ワズナーは比較的新しい軍団長だ。まだディディアの取り扱いについて掴み切れていない、といったところだろう。ファイラスは「ふん!」とそっぽを向いたディディアを眺めながらそう分析した。


 ファイラスはばれないように小さく溜息をつくと、ディディアの右前の自席に腰を下ろした。


「それで?何の報告だ」


 先ほどまで会議に同席していたファイラスだが、部下からの報告を聞くために中座していたのだ。ディディアはぶすっとした顔のままその内容について問いかける。


「遺憾ながら、逃げられました」


 ファイラスの報告に、幹部たちの表情に緊張が走った。ディディアの表情にも、先ほどよりも色濃い怒りが浮かんでくる。


「くそ!!!!あの野郎死にかけのはずだろ!!」

「デスクロウを放ってすでに7日ほど経過しています。何らかの方法で治療したのでしょう」

「魔法は使えなかっただろ!アメミットはどうした!」

「焼け死にました」


 ざわっと会議室が騒然となる。

 話題はもちろん、先日禁術で召喚した異世界人、ユーゴー・ハギリの件だ。ディディアが殴り飛ばした結果、生死も消息も不明となってしまったのだ。


 早急に捜索するべく、ファイラスが機動力に優れるデスクロウ3体を放ったものの、いずれも帰ってこない。当初はボルナ樹海の野性の魔物にやられたものと推測されていた。ボルナ樹海であれば、デスクロウを凌駕する魔物は多数存在する。


 しかし、先ほどファイラスが受けた報告でその考えは改める必要があることを知った。捜索に派遣した魔物の内、アメミットの消息が途切れたのだ。

 使役している魔物の動きは軍所属のテイマーが管理しており、遠隔地であってもある程度の場所と、どのような動きをしているのかは把握することができる。


 報告によると、短い時間の戦闘行為の後、アメミットの気配が消えたとのことだった。その場所に小隊を派遣し調査を行っていたが、その詳細報告を先ほど聞いてきた、というわけだ。


「アメミットの死体からは魔核が抜き出されていた点と、家屋が燃えたと思われる跡があったことから、何者かが協力しているものと思われます」

「家屋!?あんな森に人が住んでるのか!?」


 ディディアが怒りと驚愕を混ぜたような表情で問う。

 魔核というのは魔物の心臓のようなもので、高位の魔物であるほど価値が高い。異世界人であるユーゴーがそれを知るはずもなく、知っている何者かがしっかり回収したのだろう。つまり、協力者がいる、ということになる。


「いたのでしょう、としか申し上げられません。どこの世にも奇異な行動をとる者はいるものです」


 ファイラスは平坦な調子で答える。ディディアが歯を食いしばる音が聞こえた。


「ゆ、行方は?」

「追跡隊を放ってはいるが、痕跡が希薄なので難しいだろう。森の生活に相当慣れた者の動きだ」


 軍団長の一人の問いかけに、ファイラスはそう答える。


「どうするのですか!魔議会は5日後ですぞ!」


 別の幹部が悲鳴に近いような声を上げる。

 魔議会とは、各国に散らばる七大魔王が集まる会議の呼称である。その会議には異世界人の存在が不可欠な要素となる。それにも関わらず、連れ帰るどころか消息も掴めないとなると、状況は悪化の一途を辿っていると言える。


「捜索には尽力するとして、見つからなかった時のことを考えて対策を練るべきでしょう」

「何か考えがあるのか、ファイラス?」

「ディディア様の為とあらば、魔王方を説き伏せてみせましょう」

「そうか。苦労をかけるな」

「もったいなきお言葉です」


 ディディアはファイラス以外にこういった言葉をかけることが滅多にない。それゆえに、特別扱いされているファイラスに対する嫉妬の目もないとは言えない。

 しかしながら、ファイラスがいるからこそディディア魔王軍は成り立っている、という感覚がそれを上回るため、大きな問題に発展することはないのである。


 当のファイラスに言わせれば、皆見る目がない、というところだろう。ファイラスが盲目的なまでに付き従うこの独裁的な魔王は、命を賭して仕えるに値する存在だと、そう信じているのだ。


 だが、現実問題として魔議会の日はやってくる。そこで敬愛する魔王に不利な事態が起こらないため、ファイラスは曲者ぞろいの魔王たちをその口先で説き伏せなければならない。


「ファイラス様」

「ワズナーか」


 会議が終わり、自室に引き上げようかと席を立った時、先ほどディディアに怒鳴られていた軍団長ワズナーが声をかけてきた。


「先ほどは、その……」

「気にするな、気持ちは分かる」

「はい……」

「釈然としないか?」

「いえ!そんなことは……」


 ファイラスは笑顔を見せると、若き軍団長の肩に手を置いた。


「ワズナー。魔王たるもの、どこまでも奔放であるべきだと、そう思わないか?」

「奔放、ですか」

「そうだ。魔王様は我らの理想を叶える力そのものだ。何かに縛られる必要はない。そのために起こった些事など、我らが片付ければいい」

「はあ……」


 ワズナーは良く分からないのか、曖昧な表情で頷く。


「まあ、いずれ分かる。それで、何か用か?」

「は、はっ!異世界人の追跡ですが、私にお任せいただけないでしょうか」

「……そうか、ワズナーには良い手駒がいたな。あれなら確かに追跡はお手のものだ。いいだろう。任せる」

「はっ!ありがとうございます!」


 元よりワズナーの抱える部隊の一つに任せるつもりだったが、自ら進言してくる気概に応えるためにあえてそのことは伏せ、ファイラスは若き軍団長を鼓舞するのだった。


 ワズナーが去ると、ファイラスは先ほど歩いてきた通路を引き返し、自分の執務室に向かった。


「ファイ!……ラス」


 執務室の警護をしている兵に軽く手を上げて挨拶し、中に入ろうとした時、反対側から歩いてきたディディアが声をかけてきた。


「ディディア様、いかがなされました?」


 ディディアは警護の兵を邪魔そうに横目で見ているが、魔王を目の前にして緊張しているのか、兵士はその視線に気付いていない。


「いや、後でわた、オレの部屋に来い」

「はっ!後ほど必ず」

「ああ……」


 ディディアが立ち去るのを見送り、ようやく執務室に入ると、椅子に腰を下ろす。一人の時ばかりは本音が浮かび、思わず笑みがこぼれる。


――まったく、我がままな女王様だな……


 ファイラス・クラスレン。魔王ディディアの参謀にして、その幼馴染の彼には、まだまだ苦労が絶えないのであった。



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