11:セリスの怒り ユーゴーの本性
ガキンッ!
「ん?」
アメミットが叩き付けた棍棒から発せられた音は、生物を潰すものでも、地面を抉るものでもなかった。そのことにユーゴーは首を傾げる。
棍棒を振り下ろしたアメミットもまた、妙な手応えに怒りを忘れ、不思議そうにしている。
見ると、棍棒は確かにセリスに直撃しているが、セリスの頭部の表面でそのまま止まっている。当のセリスは先ほどと同じ姿勢で、燃え落ちていく家を眺めているだけだ。
「結界……か?」
もしくは、アメミットの棍棒は実は鉄ではなくて柔らかい素材だったか。と考えたが、ユーゴーはその考えを即座に否定した。そんなわけがない。
「私の……」
セリスがぽつりと呟く。その声は先ほどまでの力が抜けたようなものではなく、むしろその逆だ。
「10年の研究成果を……よくも……」
そう言いながらセリスはゆらりと立ち上がる。その周囲の空気が陽炎のように歪み、セリスの長い髪が蛇のようにうねる。……かのような雰囲気を出している。
『反射の力よ。来たれ』
「リフレクションジェイル!」
セリスの詠唱に応じて、アメミットの周囲に六面体の半透明な箱が出現する。
「ギャッ!?」
アメミットがそれを破壊しようと棍棒を叩き付けるも、弾かれて自分自身が体勢を崩してしまう。
「人の家を燃やしちゃいけませんって、お母さんに教わらなかったの!?悪いことしたらちゃんと反省して謝らないとダメでしょ!それをなに!!棍棒で殴ってくるなんてどういうつもり!そんな子に育てた覚えはありません!」
もう言っていることが無茶苦茶だが、セリスが怒っていることは確かなようだ。ユーゴーも何となく口を挟み辛いので、黙ってその様子を見ている。
アメミットは必死に結界を破ろうと暴れているが、その全てが弾かれ、むしろ自身の力でダメージさえ受けているようだった。
セリスは数歩近付くと、結界にそっと手を当てた。
『原始を支配せし炎よ。その灼熱で魂すらも焼き尽くせ。深淵より来る業火よ。如何なる生命の存在をも拒絶せよ。理の代行者としてここに命ず。我に応え、その荒ぶる力を持って全てを灰塵と化せ』
「ちゃんと反省しなさいっ!!!」
【結界連携魔法 マルチプル・インフェルノ・ジェイル!!】
結界の内部に業火が舞い踊った。炎が一瞬で結界内を覆い尽くすが、結界の持つ反射の効果で外に出ることは叶わず、内に向かって繰り返し収束される。
更に、火の最上級魔法インフェルノの効果で、業火の中で無数の小規模爆発が発生しており、結界の中はまさに灼熱地獄と言える状況になった。
「これは……えぐいな……」
ユーゴーがその光景を眺めながら思わずそう呟く。
しばらくすると炎が収まった。結界の中には炭化し所々崩れ落ちたかつてアメミットだったものの姿が残っていた。
結界も静かに消えて、セリスも少し落ち着いたようだったので、ユーゴーは近付いて話しかけた。
「色々突っ込みどころが満載過ぎるが、ひとまず無事か?」
「うん……」
「色々言いたいこともあるだろうが、先に一つ教えてほしい。さっき視界に文字が浮かんだが、あれはなんだ?インフェルノ・ジェイルとかなんとか」
そう、セリスが魔法を唱えた直後、ユーゴーの視界に文字が出現したのだ。ユーゴーの感覚で言えば、漫画で必殺技のテロップが入るかのように見えた。
「ああ……あれは、なんかそういうものなんだよ……」
元気がなさ過ぎてセリスは適当に返しているが、後に詳しく聞いたところでは、なんでもオリジナルの魔法や技を使うと戦闘行為に参加している全員にその名称が表示されるという、なんともふざけた『理』なのだそうだ。
しかも特に自分が決めた名称というわけではなく、何故か勝手に名付けられてしまうらしい。1000年程前には起こらなかった現象で、この世界の謎の一つとされている。
「それより、ユーゴー……家が……私の研究が……」
セリスは再び地面に座り込むと、ぼろぼろと泣き始めてしまう。
「ああ。俺も守れなかった。すまない」
「うぅ……私の命より大事な研究ノートが……」
セリスが日々の研究結果をまとめていた研究ノート。あれさえ残っていればよかったが、それもすべて焼失してしまった。セリスの10年が綺麗になかったことになったと言える状況だった。
「ほう。命より大事だったのか?」
「そうだよ!どれだけ苦労してまとめたことか!」
「そうか。命よりも大事なんだな……これが」
「そう!それが命より大事!……って、ええええ!?」
ユーゴーがポーチから分厚いノートを取り出して、ポンポン叩いている。
「わ……私の研究ノートおおおぉぉぉ!ぐえっ!」
セリスが思わずノートに手を伸ばして飛び付いたが、ユーゴーがそれをひらりと避けたので地面にダイブしてしまう。
「えぇ~……なんで?」
ユーゴーは地面に倒れたセリスを見下ろすと、にやりと笑みを浮かべた。
「さて、セリス。状況を整理しようか」
「え、あ、はい」
何やら今までのユーゴーと雰囲気が違うので、セリスは何となく居住まいを正して答えた。
「お前は俺の命の恩人だ。それゆえに俺はその恩に報いようとしていたわけだ。だが、『命よりも大事』なお前のノートを救ったことで、その恩は返したと言える。ここまで異論は?」
「あ、ありません」
「結構。では次質問だ。火災から救い出したこのノートだが、俺はセリスに渡す必要はあると思うか?」
「えええ、あると思う!」
セリスが嫌な流れを感じとり、咄嗟に手を伸ばすが、ユーゴーは再びそれを避ける。
「不正解だ。借りがあれば返すだろうが、生憎その借りはこのノートを救ったことでチャラになった。渡すかどうかは俺の善意に依存するので、必要性はない」
「へ、屁理屈だよ!だってそれ私のノートだよ!」
「そうか。交渉決裂だな」
そう言うと、ユーゴーはノートを持った手を振りかぶり、未だ燃えている家の残骸に放り込もうとした。
「わあああ!待って!何をすればいいの!?」
セリスが慌てて叫ぶと、ユーゴーは手を下してにっこりと微笑んだ。微笑んでいるのにその気配は邪悪だ。
「分かってもらえて何よりだ。さて、話を少し変えるが、セリスの家は燃えてしまったな」
「う、うん……」
「ちょうどいいから旅に出ようと思う。この世界のことを知っておく必要がある。それにもしかしたら元の世界に帰る方法も見つかるかもしれない。だが、俺はこの世界のことを何も知らない。ある程度自活できるまでは協力者が必要だ」
ここまで来てセリスも何となくこの先が分かってきた。確かに今の状態でユーゴーがこの世界で生きていくには、知識が足りなさすぎるだろう。
「つまり、ついてこい、ってこと?」
「ああ、旅に同行して全身全霊で俺をサポートしろ」
「で、でも、私まだここでの研究が……ああああ!分かりました!行きます!」
口答えしようとするとユーゴーがノートを振りかぶるので、セリスは慌ててその条件を飲んだ。ユーゴーが笑顔で頷く。
「そうか。助かる」
「なんか、ユーゴー性格が変わってない!?」
「元々だ。命を救ってくれた恩義で大人しくしていただけだ」
言われてみれば、所々ユーゴーの性格は見え隠れしていた。最初の頃に「頭が単純」と言われたことを今になって思い出す。
極端な話、セリスはその気になれば戦闘行為でノートを取り返すことは可能だろう。先ほどアメミットに対して使ったような高火力の魔法を使えば、恐らくユーゴーを圧倒することはできる。
だが、お人好しのセリスにはその選択肢がない。短い付き合いの中で、ユーゴーもそれが分かっているのだ。加減を間違えれば殺してしまう可能性がある限り、セリスは力でユーゴーを捻じ伏せることはしない。そういう甘さに付け込んでいるわけだ。
セリスもまた、思ったよりは悪くない条件だと思っていた。『異世界人』というのは研究対象として興味もある。加えて、セリスは元々長く旅をしてきた人間なのでその点も抵抗感が薄い。
それに以前はほとんど一人で旅をしていたが、二人での旅はそれなりに楽しそうだとさえ思っている。どこからどう見てもノートを使ってセリスを脅迫しているが、それでもユーゴーは心から悪人というわけではない、とセリスは信じている。
それがお人好し故の勘違いである可能性は大いにあるわけだが。
「それにここにいるとまたあの女の手先が襲ってくるかもしれないしな」
「ん?それってどういうこと?あの女って?」
「さっきの魔物は俺を召喚したアホ女の使いだ。前にいたところで見た」
突然の情報にセリスはやや混乱する。セリスはてっきり、ユーゴーは空から降ってきたあのタイミングでこちらの世界にやってきたのだと思っていた。誰かに召喚された、という話自体、今初めて聞いた内容だった。
「異世界人を召喚って……それ禁術だよ!誰がそんなこと!?」
「さあ?ディディア、とか名乗っていたな」
「ディ……」
セリスは絶句する。その名はオウラ王国で知らない者はいないだろう。
「ディディア・アトハン!?」
「ああ、そうそう、そんな名前だ。知ってるのか?」
「知ってるに決まってるよ!ディディアって魔王だよ!」
「魔王!?あいつが?冗談だろ!」
ディディア・アトハン。
オウラ王国に隣接する魔界領域を支配する魔王。通称『破壊魔王』。数百年に渡りオウラ王国を含む近隣諸国といがみ合っている政敵だ。
「ディディアに召喚されたのに、何でこの森に降ってくるの!?」
「ああ、それは俺が挑発しまくったらキレてな。殴り飛ばされた」
「えええ……なによそれ……」
とんでもないものを拾ってしまった、とセリスは今更ながら思うのであった。




