10:VS.アメミット
セリスとユーゴーが家に戻ると、家を挟んでちょうど反対側にソレは接近してきていた。屋根の向こうにその姿が見えている。
体長は4メートル以上あり、二足歩行をしているが、その顔はユーゴーの知るところのワニに近い。そのくせ体は短い毛に覆われており、獅子の体躯を思わせる。
今は見えていないが、その下半身は更に別の生き物を思わせるもので、パーツを個々に見ると統一感がないにも関わらず、全体を見ると何故か違和感がない奇妙な造形と言えた。
「あれは……」
「もしかしてアメミット!?なんでこんなところに!」
ユーゴーの呟きにセリスの叫びが重なる。
「知ってるのか?」
「資料でなら。実物を見たのは初めて……ううん、一度遠目に見たことはあったかな」
まるで散歩でもするかのようにセリスの家に近付く魔物、アメミットは、その時ようやく二人の存在に気付いたようだ。
「ギャ、ギャ、ギャ、ギャ、ギャ!」
大型の鳥が首を絞められているかのような叫び声をあげ、アメミットはユーゴーを睨みつけた。
「またユーゴーを狙ってる!?」
「また?」
「前にも一度あったの!ユーゴーを見つけたときに……あああ!こっちにこないで!家が壊れる!!」
アメミットが地を震わせながら二人に接近しようとしてくるが、両社の間にはセリスの家がある。セリスは慌てて叫ぶが、別にアメミットの方はそれを聞くつもりがないようだ。当たり前だが。
「セリスは下がってろ。食い止める」
そう言うとユーゴーは地を蹴って跳躍し、そのままセリスの家の屋根を足場に更に勢いを付けて跳ぶ。一気に距離を詰めると、空中で拳を握り締めアメミットの頭部に拳を叩き込んだ。
アメミットの上半身が少し仰け反る。だが、すぐに立て直して着地したユーゴーを睨み付けた。
「チッ……固い」
アメミットはその手に金属でできた棍棒のようなものを握っており、それを振りかぶると、ユーゴーに向かって振り下ろした。地面が抉れ、土が四方に飛び散るが、ユーゴーは余裕をもってそれを躱していた。
「だが、ノロい」
ユーゴーはそのままアメミットの背後に回り込み、その膝に後ろから蹴りを叩き込んだ。アメミットがバランスを崩し、地面に片膝を付く。直後、もう一度跳んだユーゴーの膝蹴りがアメミットの顎下にヒットする。
ガクン、とワニのように突き出した巨大な口が空を向く。だが、ダメージは少ない。アメミットは攻撃を受けながらもユーゴーをしっかり視界に捉え、今度は着地する前にユーゴーの右足を掴んだ。
そのまま無造作に腕を振り下ろし、ユーゴーの体を地面に叩き付ける。
「ユーゴー!」
家の反対側から回り込んできたセリスが、地面に衝突したユーゴーに駆け寄る。
「なんかデジャブ!じゃなくて、大丈夫!?」
「ずいぶん余裕あるな」
「あ、ユーゴーもね。よかった」
セリスの心配をよそに、ユーゴーは何事もなかった風に立ち上がった。同じくアメミットものっそりと立ち上げると、再びユーゴーを睨み付けてくる。一連の攻防があったものの、双方それほどダメージはない。
「多少は効いてると思うが、決定打に欠けるな」
「なんか怪獣同士の喧嘩みたいになってたよ?」
「失敬だな。それより、少し足止めを頼む」
「任せて!」
セリスはそう言うと、両手を上下に広げた。そのまま左右の手が弧を描き、上下が入れ替わると、その軌跡に薄っすらと円が浮かび上がった。
円の中心に両手を突き出し、いくつかの形を成す。その動きが魔力に働きかけ、『印』として成立した。
風の中級魔法、『トルネードセイバー』。セリスが狩りで使うウィンドセイバーの上位魔法だ。セリスの手元から竜巻が発生し、アメミットの上半身を包み込む。
ちなみに、自然界では竜巻は基本的に上に向かって起こるが、魔法の場合その方向は自在で、セリスの手を起点に横向きに竜巻が発生している状態だ。
更にその竜巻の内部には風の刃が散りばめられており、アメミットの皮膚をその刃が切り刻んで行く。
だが、傷は大して深くないようだった。アメミットの強靭な皮膚の表面を削ったに過ぎないのだ。それでも傷の数は多く、血が風に巻き上げられて吹き出している。
竜巻が通り過ぎると、アメミットは不快そうに再度叫び声をあげ、標的をセリスに変更したように睨む。
「おい、こっちだ」
アメミットの斜め後方からユーゴーがそう声をかけた。脇に抱え込むように木の幹を持っている。
ユーゴーは体ごと捻って、その巨大過ぎる棍棒をアメミットの脇腹付近に叩き付けた。
「出たー!ユーゴーの自然破壊攻撃!あんまり木を折らないでよ!」
セリスは文句を言っているが、さすがにこの威力にはアメミットも耐え切れず、そのまま横に倒れ込む。同時にユーゴーが持っていた木も半ばでへし折れた。
「ダメだな、まだ大して効いてない」
ユーゴーが半分に折れた木を手放し、セリスの近くに戻ってきた。
「もっと高威力の魔法なら効くかもだけど、最近さぼってたからレコードしてなくて、使うのに時間がかかるよ」
「なるほど、実戦でなんとなく魔法の運用が分かってきた」
即発できるのと、術式の構築が必要なのでは、実際の戦闘においての優位性は雲泥の差だと言える。アメミットのように動きが緩慢な魔物ならまだ何とかチャンスはあるものの、動きの速い魔物が相手では、詠唱だろうと印だろうと準備をしている間に攻撃を受けてしまう危険性があるのだ。
その点、魔法陣は割と便利だ。予め魔法陣を描いた布や紙を用意しておけば、それを広げることさえできれば発動できる。それにしても広げる必要はあるので、即発よりは断然劣る。
「それなら今度は俺があいつを足止めしておく」
「うん。交代ね」
ユーゴーは一歩前に出て構える。アメミットはまだ立ち上がっておらず、地面に横たわって何やら動いているようだ。実はダメージが入っていたのだろうか、とユーゴーは首を傾げた。
――いや……
違う。アメミットは立ち上がらなかったのではなく、先ほどとは違う体勢ですでに立ち上がっていたのだ。四足歩行という形で。
ユーゴーがそれに気付くのが早いか、アメミットは先ほどまでとは比べ物にならない俊敏さで二人に接近し、長く伸びた口を横薙ぎに叩き付けるべく振りかぶった。
『無慈悲なる冷気よ。集え。無数に……「きゃっ!」
ユーゴーは詠唱を開始していたセリスを咄嗟に突き飛ばす。直後、アメミットの一撃で吹き飛び、ユーゴーは家の壁を突き破って室内の反対側の壁に叩き付けられた。
「ユーゴー!」
さすがのセリスも、ここで「ああ!家の壁が!」とは言わない。いや、そういう気持ちはもちろん片隅にあるが、それはあれぐらいならユーゴーは無事だろう、という信頼の現れでもある。ということにしておこう。
セリスが家の無事、いや、ユーゴーの無事に気を取られている僅かな間に、アメミットは何やら大きく息を吸い込んでいた。そしてピタリと一度息を止めると、鋸のような歯がびっしり生えた口を大きく開ける。
直後、アメミットの口から火炎が迸る。ユーゴーが突き破った壁の穴から家の中に炎が注ぎ込まれ、一瞬にして家全体が燃え盛った。
「え……?」
セリスは呆然とその光景を眺める。
――あれー?なんかお家が燃えてるよー?
ぼんやりそんなことを考えていると、次第に現実に思考が追いついてきて、セリスは青ざめていく。
ちなみに、家が炎に包まれる直前、ユーゴーは窓を突き破って外に脱出していた。地面にペタンと座り込むセリスに歩み寄ると、声をかける。
「セリス、無事か?」
「ユーゴー……家が……」
「ああ……なんか、すまん……」
一方のアメミットはその間にまたゆっくり立ち上がると、地面に転がっていた巨大な鉄の棍棒を拾い上げていた。
それを確認し、ユーゴーはセリスの肩を掴む。
「セリス。ショックは分かる。だが今は目の前のアレをなんとかするぞ」
「家……私の……10年……」
「……ダメか」
ユーゴーが呼びかけても、セリスは放心状態で燃え盛る我が家を眺めてぶつぶつ言っている。ユーゴーはセリスを正気に戻すことを一旦諦め、アメミットの方に気持ちを切り替えた。
「後先考えてる場合じゃなさそうだ。本気で行くぞ」
そう言うと、ユーゴーは再度地面を蹴る。跳躍し、アメミットの肩に降り立つと、左手でアメミットの頭を押さえ、右の拳を叩き込む。空中で放つのと違い、アメミットの肩という足場があるために力が籠ったその一撃に、アメミットはたたらを踏んで二、三歩後ろによろめいた。
だが同時に、殴打の威力とアメミットの皮膚の固さに耐え切れなかったユーゴーの拳の皮膚が破れ、血が噴き出している。
それには構わず、ユーゴーは引き続きアメミットの肩の上で、今度はその口に並んでいる尖った歯の一本を掴むと、力任せに引き抜いた。そしてその歯を握り絞め、アメミットの目に突き立てる。
さすがに強靭な体を持つアメミットといえど、自らの牙で眼球を突かれてはたまらないようで、苦しむような叫びをあげて身をよじっている。
もがきながらも、自分の肩に乗っているユーゴーを掴むと、無造作に地面に投げつけた。
「く……まだか……」
ユーゴーは地面に叩き付けられながらも、反転してすぐに体を起こすと、忌々し気にそう漏らした。
と、目を潰された怒りで自分に向かってくるだろうと予想していたユーゴーは、アメミットがその場で棍棒を振り上げ、まだ呆然と座り込んでいるセリスを狙っていることに気付き、初めて焦りの表情を浮かべた。
「セリス!避けろ!」
距離が遠い。アメミットがユーゴーを放り投げた先はセリスからかなり離れた位置だ。
ユーゴーの叫びも空しく、アメミットの持つ巨大な鉄の塊は、未だ動かないセリスに向かって容赦なく振り下ろされた。
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