四戒:C3(3)
「そこそこそこ、狙いがバラバラだ、集中しろ。魔法兵はどうした? 陣の展開が遅い! 」
セムさんの怒号が飛ぶ。外では断末魔が響いている。たぶんあの二人が響かせているものだと、予想がつく時点で戦場の恐怖を知る。
ラウ君は仕事に慣れているようで、魔法兵の支援をしている。
僕はどうしようかとあたふたするものの、補給兵の配布の手伝いくらいしかできることは無かった。
この集団に入ってすぐに気づいてしまった。自分の無力さを。
それと共に、自分が何なのかがわからなくなった。
記憶喪失かと思った。だがそれは否だった。欠けている記憶は無い、むしろはっきりしている。
はっきりしているが故に、見えてしまう過去があった。
何故なのだろうか、人は思い出せるのに、顔がぼやけている。地名は思い出せるのに、どこにあるのかわからない、何故そこを知っているのかがわからない。
が、その時はまったく気にもしなかった。ちょっとした老化だろうと、今でも思っている。
補給を続けること数時間、戦況は動き始めた。それは耳から漏れた。朝もらった通信機から、途切れ途切れの声が聞こえる。
「敵の補、給部隊、を、壊滅。今、から後、方支援に、回る。以上」
セムがそれを聞くと、外にいる二人に声をかける。
「レイ、ギン、捕虜を十名ほど、ラウ、ラル縛りあげろ」
その指令と共に宙を舞う何かを視認。押しつぶされる形で着地された。
横目で見るとラウが早速縄を取り出し、意識を失っている男達を縛り上げる。
僕も負けじと必死になって縛り上げる。隣をチラチラと見て、縛り方を盗む。結果僕が縛ったのは二人だった。
ラウは文句を言わず、兵士を引きずり城門の上へ、僕も挽回しようと運ぶ。
意外と年下に嫉妬するたちなんだと気づく。
「で、どうするの? 」
十人全員を城門に乗せると、僕は疑問符を浮かべる。
ラウはかすれたような声で一言。
「吊るす……」
そう言って、手の辺りから伸びたロープのあまりを、城門に打ち付けられた杭に縛り、ぶら下げる。
同じように僕も作業を手伝っていると、一人の兵士が意識を取り戻す。
「うぅ……っ! 」
意識を取り戻したことによる、各所の痛みに苦悶の表情が隠しきれずに、低いうねりの様な声を上げる。少しだけ僕は動揺する。
戦争なんて初めてだし、敵兵士を目の前にすることだって勿論初めて。縛られているとはいえ、どこか威圧感がある。
しどろもどろしていると、その兵士と眼が合ってしまった。
空間が止まったかのように、少し真っ白な時間が流れる。対処がわからない自分が作った悲劇である。
「……らぎりもの……」
掠れた声が何かを伝えようと、僕の耳に響く。
それは強く強く、更に、怒りが込められた憎悪のような、醜悪さを込めた言葉が、僕の耳に響く。
「この、裏切り者!! 」
全身に電撃が走るのを始めて知った。どこか見透かされているような言葉に、目の前の兵士が怖くなった。
薄れた記憶、曖昧な記憶。完全でない記憶一つ一つを蝕むように、その言葉は僕に響く。
さらに空白。
そいつの口からは怒りと、もどかしさで、かみ締めた歯から音が漏れそうなほどである。
刹那、セムが兵隊の首を平手で打つ。同時に意識を失う兵士。平常心を取り戻す。
「バカ、こういう奴の言うことは、まともに受け止めるな」
「は、はい……」
否定できない僕がいた。否定できない記憶が語った。
それでもと、僕は作業を続ける。
全員を吊るし終わると、戦場に静寂が響く。それを破るのはセムの怒号。
「イスタリア軍諸君よーく聞け、我が名はシェムルランガー。貴様らの兵糧は焼き払い、貴様らの兵は捕虜となった。
が、我々は殺しを好まない。、故に彼ら捕虜は返してやろうと思う。条件は簡単だ、引け。
このまま兵糧がなくなるまで戦うも良しだが、その時捕虜の命は無いと思え!! 」
ざわつく戦場。共に、安堵を浮かべる味方諸君。
城門にて吊るす作業をやっていた僕は、戦争の終結するところを始めてみた。
敵陣から一人、代表者が顔を出す。
「シェムルランガー殿、貴殿の要求を飲む。これから兵を後退させる。そちらも兵を城に収め、捕虜をつれて一人で来られよ! 」
「あいわかった」
後退する軍、一人残る将。
開けられる城門、帰ってくる兵たち。
その中には、尋常でない傷を負ったレイとギンの姿もあった。その傷と血の量に、少しだけ吐き気を催す。
吊るした捕虜を切り離し、セムは移転魔法で指定場所まで送る。
「さ、返してもらおうか」
「言われずとも……」
更に移転魔法で少し移動させ、将のすぐ横まで運ぶ。
が、将はどうやらそれでは気がすまないようだった。
「一人では運ぶのに億劫だ。さ、出て来い」
移転魔法による奇襲。それでも凛とセムは立つ。
「ちょ、皆さん、セムさんが! 」
「バーカ、いつものことだよ」
ケイに治癒魔法をかけてもらっているレイが、僕に罵声を吐く。
“よ〜く見てみろ”と、レイに言われると、ようやく一つの事柄に気づく。
「あ、ロキさんがいない……」
「さ、そろそろだ」
ギンが笑いながら外に指差すと、奇襲に来た兵の右肩に何かが当たる。
地が噴出し、断末魔が響き渡る。ロキさんがやってくれたのだと、自分がやったわけではないのだが、少しだけ誇らしげである。
セムは何事も無かったように、手をあげて歩いて帰る。少し笑いながら、セムは帰ってくる。
「さ、帰ろうか」
セムはやはりニッコリ笑いながら、僕達に小さな戦争の終末を知らせる。
帰りはやはりロキさんの移転魔法。先ほどセムさんも使っていたのと同じだろうと思うが、少し規模が大きい。
教会に帰ると、セムは金を受け取りに城に向かう。
全員はそれぞれ解散する。どうやら皆にしてみれば、ただの小遣い稼ぎのようなものらしい。
少しだけ疑問が浮かんだので、歩み始めるレイさんの背中に言葉を投げる。
「レイさん」
「なんだ? 」
欠伸をしながらレイは後ろを振り返る。
「あの、これってどれくらいの金が発生するんですか? 」
「っと、越境阻止で、死亡人数は最少レベル……ん〜。1人100万らいかな? じゃ」
その額に少し唖然し、呆然としてその場から動けなかった。
とにかく、その額がこの国では普通なのだろうと、勝手に解決して家に帰る。
少しだけ金の額に興奮し、あまりいい眠りは迎えられなかった。