三十五戒:戦いを止める戦い(2)
外では激しい攻防戦が行われていた。幾重にも重なる雑兵に、レイ、ケイ、ブレッドは善戦するものの状況はよくない。
戦力で言えば明らかにこちらが有利なのだが、相手の人海戦術の前に体力はほぼ限界に達していた。レイは持病が牙を剥く前にと、薬を噛み砕きながら戦っていて、それを横目で見る二人は、それを心配するものの、声をかけられるほど暇ではなかった。
ブレッドは新人ながらも、いままでいた役職がよかったのだろう、神の力を持っていなくても、対人に関しては鬼神の如き力を持っていた。
しかし、そんな彼女が一番、この戦場で危険な状態にさらされていた。それはレイの考えであって、思い過ごしであれば一番いいのだが、聞かずにはいられなくなり、疑問を投げかける。
「ブレッド、それは何? その篭手は」
「前の職場の先輩に貰ったんです、部隊の形見として」
彼女の部隊の人間がいなくなり、自然消滅という形で古い王宮の部隊は消えた。その部隊はわからないが、彼女の持っている形見の篭手が、危ない存在だということは、なんとなくわかる。
「ブレッド、その篭手は外しな」
「何でです? 」
「オーパーツ、だよね? レイさん」
「そ、いつお前の命が食われるかわからない、それは使うな」
黒く禍々しい妖気を放つ篭手、それはまるで人から生気を奪うような動きを見せており、彼女もどこか顔色が悪い。
このメンバーでここを切り抜けるのは無理だとすれば、ロキとセムにかけるしかない。彼女は初めて、人を信じることにした。
「認めんぞ!! 」
ロキが神の力を発動させて数分、どこまでも響く罵声が響くが、少年は微動だにせず、自分の力を必要まで抑えて戦っている。
フィルグは怒りに任せ、自分の許容量異常の魔法を発動させる。その衝撃に耐えられず、建物は崩壊するはずだったが、発動とともに消えていく。ガラスが壊れるように、淡い光を放ちながら。
そう、これがロキの神の力。全てを読み解く能力。人の心であろうが、魔法の本質や、弱点でさえ、彼には明確に聞こえてしまう。
それゆえに、彼は今この瞬間も、フィルグの悲しみや怒り、それらに絶えながら戦っているのだ。
「君の負けだよ」
それでもまだ攻撃は止まず、一歩一歩フィルグに近づきながら、魔法を壊す。
フィルグも負けじと魔法を放つが、虚しいだけに霧散して終わる。その距離はやがてゼロになった。
ロキは能力を行使したまま、人間の体の弱点を読み解き、指でそこを強く押すと、完全にフィルグは失神した。その後、ロキも同じようにその場に倒れる。
恐怖という感情を、むき出しの心で受け止め続ける、それは若干十代の人間には辛すぎることなのだ。
戦闘が終わるのを感じ、セムは失神するフィルグを固定させ、目隠しをし、クルオルデルタのトップ、ドゥレイの待つ最上階へ、彼は余裕の表情で階段を上っていく。
時として、全ての因果は皮肉から生まれているような気もする。今教会を出た彼もまた、その因果にとらわれている、操り人形なのかも知れない。
そしてもう一人、スフィード軍の本拠地に向かう一人の男、彼もまた、因果が紡いだ運命なのか、それとも、その因果が生んだ、運命に抗うものなのか、それはまだ誰もしることのない物語。