三十四戒:戦いを止める戦い
「結局あの二人、目を覚ましませんでしたね」
「気にするな、あいつらは死なないよ、二、三回死んだほうが丁度良いくらいだ」
大きな建造物をバックに、三人の女性が無表情に言葉を交わす。
一人は紫色の禍々しい篭手をはめ、一人は人一人ほどありそうな野太刀を抱え、一人はこれから死闘を繰り広げようとするにはあまりにも無防備な格好で、合図を待っていた。
そう、ロキとギンが目を覚まさないうちにも、世界は順調に悲劇に向かっていった。戦争はもう避けられないところまで進んでいたのだ。
レイ、ケイ、ブレットが陽動作戦で、クルオルデルタの雑兵を煽り、その隙にセムとラウが内部に侵入、ラウがフィルグと戦う。クルオルデルタのトップであるドゥレイへの道は、フィルグを倒すか、他にある装置を壊すことで開ける。つまり、陽動が先か、ラウが先かでセムがドゥレイを倒すことになっている。
『さて、そろそろ行きますか? 』
「こっちは準備万端だ、いつでもオッケーだ」
『それでは始めてくれ、騒ぎ出したらこっちは適当に行くよ』
「は〜いっと……さ、始めますか」
この作戦は至って簡単なものではない、計画が上手く進行しなければ、死傷者がでることも否めない。
なぜならば、相手は寄せ集めの雑兵でなく、一つの思想の下に集まった、神の力を持った兵の集まりなのだから。
それでも戦いは終わることが無い、なぜならば、これは戦いをやめるための戦いだから、終わることは、もしかしたら無いのかもしれない。
「さてさて、騒いできたね、僕たちも行こうか」
ラウは深く深呼吸をする。始めての大役を自ら志願したからには、彼の中で何かが動き始めているのだろう。
ラウは不思議そうにこちらを見るので、笑顔で返して壁に穴を開ける。そこから中に入ると、静かにも程がある。何か妙だと感じ始めた。
その嫌な勘は半ば当たっていた。それは嫌でもあるが、好都合でもあった。
謁見の間、ドゥレイの部屋までの唯一の道、そこでフィルグは待ち受けていた。
「フフフ、ようやく楽しめそうな相手が来たよ、いつも退屈だったからね」
「それはよかった、うちの子がやる気なんでね」
「そっちの子が? セムさん、アンタが相手してくれよ」
次の瞬間、フィルグの顔の前で小さな爆発が起こった。ラウが起こした魔法の陣が、音速の速さで魔法を発動させた。
ラウの魔法の特徴は、大きな魔法さえ出せないものの、小さな魔法ならば重ねることもでき、そこからの連撃は人一倍の威力を発揮するのだ。
「フフフ、怒らせたいのか? なかなか良い挑発だ」
「それはどうも、まずは僕を倒してからにしな」
極一般的な、腕の長さほどの剣を抜き、ラウはフィルグに向かって突進する」
フィルグは魔法をメインに戦うことはわかっていたため、陣を発動させる前に、小さな魔法で牽制をし、地道に倒す方法をとる。
小さな爆発を背中で起こし、その腹部に向かい剣を突き立てる。
紙一重でかわしながら、更に魔法を発動させるが、ラウはそれを意図も簡単に防いでみせる。小さな爆発を四方八方で起こし、逃げ道を無くし剣を振るう。
フィルグの口はいとも簡単に減り、不利な立場に気づいたのか、戦法を変える。
小さな魔法を防ぐために、ラウより先にフィルグは魔法を発動させ、大きな魔法へと繋げる。
が、ラウはそれを防ぐのでなく、避けることにより、無駄な魔力の消費を避ける。
避けながらも魔法を発動させるラウが有利に事を運び、剣は腹部を貫くが、急所ではなかったようで、押さえながら薄ら笑いを浮かべる。
「できた、ハハッ」
気がつくと地面に小さな陣ができていたが、それは人を殺傷するには向かない陣だったが、体がそこにひきつけられる。
足こそ動かないものの腕は動く。フィルグは近づくものの、攻撃を仕掛けようとしない。
ラウの攻撃の範囲に入ったとき、ラウは剣を振るうが、それをフィルグは素手で受け止め、その手からは鮮血が滴る。それでもフィルグはニヤついている。
「知ってのとおり、僕たちも神の力が使えるんだよ」
フィルグの手がそっとラウの体に触れる。次の瞬間、フィルグの体の傷が無くなった。血は流れるのをやめ、痛みは引いていった。
が、それはラウに流れ込んでいた。同じ箇所に裂傷ができ、まだ若い体は痛みを知らず、顔は苦悶を訴えている。
「君も使ったらどうだ? 神の力を、僕も手加減するのはもう飽きたよ」
ラウは苦悶の表情でセムを見ると、セムは部屋から去っていく。
謁見の間の広い空間に、ラウとフィルグの二人だけ、その状況を良しと見て、ラウは神の力を発動する。
「できれば、使いたくなかったな」
それは独白であり、フィルグには、神の力の発動さえ視認できないし、その恐怖に怯えることしか許されないのだった。