三十一戒:生は一生の苦しみにて、ひと時の安らぎを……(1)
崩れてしまった。いや、もともと築き上げてなどいなかったのだ。少しだけ、周りが興ざめしただけで、なにも支障はないと思っていたのだ。
ラルは強くなって、また帰ってくると考えていいだろうが、ロキはいつ帰ってくるのだろうか、神に殺されてはいないだろか、復讐しかなかった心に少しだけ違う色が含まれていることに、少しだけ驚いた。そして、ラウは僕に幻滅しているし、レイとギンは、今まで感じたことの無い不安にかられている。
それもそのはず、死なない敵に対し、無尽蔵の敵に対し、対処のわからない敵に対し、正面切って喧嘩しようとしている私に、疑念や不安を抱かずに着いてこれる人間なんかいないし、それ以上の存在だとしても、着いてこれるとはわからない。
「皆、集まってくれ話がある」
無機質に、棒にでもなったような足を引きずり、四人が集まってくる。
瞳には生気を感じるのが精一杯で、未来の輝きは皆無のようにも思えた。
「そろそろ戦争が起こる。そこで、教会の方針を変えてでも……」
「バカ、テメェが揺らいでどうする」
レイの激が飛んだ。
「そうだ、芯がしっかりしてなくちゃ、組織は上手く立てないだろ」
ギンの声を久しぶりに聞いた気がした。
「だな……戦争が起きても、僕たちは僕たちのやりかたを貫く。それでいいか? 」
全員が頷き、少し救われた気がした。
その時、教会の扉が開け放たれた。訪問者は王宮からの使者で、内容の検討はつく。
「戦争、だろ? 」
「……い、起きろー……ったく、面倒だな」
意識がはっきりとしてきた。目がかすむが、目の前の人物が誰であるかはわかるし、グーではたかれていることもわかるし、この場合はパーで頬を叩くのが普通じゃないのかと、微妙な突っ込みも入れれるようになった。
「しょうがねぇ、グーで蹴るか」
「待って待って、起きてますって、それに、グーで蹴るって……っ! 」
グーで蹴られていないのに、わき腹が痛みに悲鳴を上げている。
記憶の再生と共に痛みが生じるのは覚悟していたが、頭痛に、それから骨折だろうか、肋骨が折れているのだと思う。
どうやら、記憶の重要性が増すたびに、痛みも比例して大きくなるのだろうと、思っていられたら納得できたのだ。
「スマン、余りに面倒だったから一回蹴った」
蹴られていないと思っていたら、ありえない速さの蹴りに目が追いついていなかっただけだった。
「俺が良いことを教えてやるよ、病院に行け」
「慰謝料……」
「駄目だ、公費が降りない」
駄目なのはこのおっさんの正確だとか、暴力性の方だと思う。
応急処置として、魔法で自然治癒力だとか、骨の回復を助ける成分を摂取、あと痛み止めも。
予想以上の速さで陣の展開が行え、痛みも最小限に抑えられた。
そして、少しだけ考えなければならないことがある。感謝するべきか、悪態をつくべきなのだろうか、いや、後者が正しいのだが、前者にしておこう、人当たりがいいことと、軍警に知人がいるのもいいことだ。
感謝の色が見えない程度にお礼を言って、今度は王宮に向かうが、門前払いをくらった。どうやら近々戦争があるらしい、なおのこと早くしなくてはと思うが、それでも駄目らしい。
僕を知っているのは、後クラウスさんと、仕事であった女性だけだが、あの人はあの人のことを思い出してからじゃないと、話してくれないから……。
そう考えていると、早くも行き詰ったことに気づかされる。
今日の宿を取らなければ、食事もしていなかった。町に出てみると、人ごみの中から懐かしい顔を見つける。確か……。
「ブムルさん! 」
リカルドさんの仕事でお会いした。人間じゃない何かが、その巨体を揺らしながら買い物をしているのが見えるが、あちらからはこちらが見えていない。
僕は急いで背を追うが、途中で見失ってしまった。
そうだと気づき、僕はあの屋敷へと向かう。
相変わらず妙に神聖な家屋だと、遠目で関心しながらノックをし、深呼吸。
刹那、ドアは蹴破られ、膝蹴りが飛んでくる。右の膝蹴りのため僕は右に避け、左のフックをと構えるが、着地後の伏せにより、僕のフックは空を薙ぐ。ブムルのその体制からの胴タックルにバランスを崩すものの、こちらも負けじと腕を解き、顔を踏みつけ後退。着地後、そのままの勢いで突進。正確な右ストレートが飛んでくるが、それを左手で流しながら身を半回転させ、右ストレートを払いのけた左腕の肘を、遠心力を利用して腹に一発お見舞いする。
そこでまた同じ展開、一瞬姿を見失ったと思ったら、ブムルはエフィールさんの車椅子を押して、家の中から出てくる。
「やぁやぁ、毎度すまないね」
「いえ、楽しみになってますよ」
「先日は災難だったね、大会、見させて貰ったよ」
選手が招待した者が通される特別室は、他よりも防壁が厚く、心配はしていなかった。
だが、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「で、今日は何のようだい? 」
「あの、ここに泊めてくれませんか? 」
そう、ホテル代がバカにならないがための、当たって砕けろ作戦なのだ。
予期していたが、これほどまでの早いとは、セムも少し驚いているが、疑問が一つ横についている。どこかで見たことのある少女が、使者の横にくっついている。
「あぁ、それもあるのだが、それは少し先の話で、今日は、この子をここで働かせてくれないか? 」
「どっかで見たことあんだよな」
「そうか、やはりレイもか、私も見たことあるなと思っていたのだよ」
そう、少女の用であり、目つきは真剣で、どこか大人びているような、子供のような……。
が、一向に答えが出てこない。
「ブレッド・サーゼスです。先日はお世話になりました」
「あ、ラルの女か……」
ギンが呟くと、そこにいたセムとレイだけが頷き、ケイとラウは、不思議そうな顔をしていた。
決闘祭の時、ラルと一緒に、決勝に残った少女だった。
一つの疑問が解けると、一つの疑問が浮上し。彼女は、何の新人だったのだろうか、そして、彼女は、あの女王の送り込んだスパイで、グールの殲滅方を知ろうとしているのだろうか。
疑えば限が無いが、今は暖かく迎えてやろう。
なんだか今は、心が温かなのだ。