二十九戒:新人祭り(6)
「非難は兵士に任せておけ、クヒトは北から中央、ガブリエルは南から中央にかけて監視を強化、臨戦態勢に入るように兵に指示をしろ」
目の前の惨事に、女王は激を飛ばす。
クヒトとガブリエルは、早速陣を展開し、現地に飛ぶが、俺にはまだ命令は下されない。
「メーリクラウス、君には私の護衛を勤めてもらう」
「はい、元よりそれが私の仕事であります」
「しっかりと見ておけ、あのセムが動いておるということは、あれはグール、もしくはそれ以上の何かだ、糸口を見つけろ」
グールの正しい殺し方は、教会の機密事項で、口外はされていない。
国はその大きさをもってしても、一人のグールを殺すのに手間取るが、一つの教会の自由を保証するだけで、その不安は解決できる。
が、それは同時に、教会にグール抹殺を独占的な商売として持っていかれたようなものだ。国としては、教会の協力は嬉しいものの、市民に示しがつかないという面、兵の不安が絶えないという問題が発生する。
が、それも今日までだろう、目の前のグールと思わしき敵を殲滅するとき、教会の情報は露呈する。その予定だった。
銃が火を噴き、再び戦いの火蓋が切って落とされるが、それは拒絶された。
ギンさんが神の力を用い、銃弾が全て発射された数センチ先で止まっている。それに気づいた頃には、二人はすでに剣を構え、レイさんが押しつぶすように大上段から野太刀を振り下ろす。
斜め後ろに飛翔しそれを避けるものの、その背後にギンさんが追いつき、袈裟斬りにする。
剥がれ落ちるように落ちていく上半身、優先順位が高い上半身を重点的に、一片も遺すのを止めようと、セムさんが走る。思考を一瞬止めるべく頭をハンドガンで打ち抜くと、陣を展開する。
僕はその光景に着いていくのがいっぱいで、最後のセムさんの陣の展開を補助した程度だった。
ブレッドさんは、グールというものを見たことが無いのか、虐殺とも思われる行動に、少しだけ震えが見えている。しかし、再生を繰り返すグール自体に、更なる恐怖を感じている。
「やっぱり、ブレッドさんは市民の非難の手伝いを」
「えぇ、そうさせて貰うわ、私じゃ戦力にならない」
少しだけ笑って見せる、その笑みには皮肉も込められていたようにも思える。
僕も初めて見た神に震えが止まらない。正直、もっと神々しくって、手も触れられないような、そう、想像するに難くない天の神様だとばかり思っていた。
しかし、目の前の神と呼ばれた奴は、グールのような再生能力と感染能力に、人間の思考を組み合わせている。しかも、再生するだけならば、苗床である人間の部分を破壊すれば良いだけなのだが、どれだけ殺しても、復活するのだ。
レイさんが押しつぶし、ギンさんが微塵に切り裂き、ロキさんが火器で燃やし絶やそうと、一向に神は倒れないのだ。
「だー、うっぜーマジキレタからな」
陣が次々に展開される、それを止めようとするものの、それをも阻む魔法が展開されていく。人間の許容範囲を超えている。
それはこの国で言うところの召還魔法だった。
細身で長身の、黒いその物体は、ただ目の前に鎮座して、こちらを見下ろしている。
すると、頭から瓦解するように、身がひも状に解けていく。同時に、風が逆巻いたように、僕たちを取り囲む。
それは刃だった。紐の一つ一つが、防ぎようの無い煌く刃を携え、着々とこちらに迫ってくるのだ。
しかし、三人は冷静だった。セムが何かの陣を、召還の陣を展開すると、それにレイが手を触れた。次の瞬間、黒い物体が一瞬にして消えた。
「はー!? どういうことよ、まさか神の力? 反則じゃね? 」
「だったら、君もそろそろ再生するの止めてくれるかな? 」
その時、僕の通信機にロキさんの声、まだ姿を見せていないが、何処からか確実に神を狙撃している。
『そいつ、名前、なん、て、名乗った? 』
相変わらずの掠れた声は、もう聞きなれた。
まだ確かな記憶を、ロキさんに伝える。勿論このときは、悪気も無く、何も出来ない自分に唯一で切ることだからと、率先して言ったまでだった。
「イスタリア攻勢軍事機関隊長、ログ・ブランマ。そう名乗っていました」
全てを伝え、一瞬の静寂、そして、ロキさんが始めて姿を現す。
僕達と神の間に立ち、こちらを向いて陣を展開する。
「待てロキッ! 」
セムさんが気づいた頃には遅く、ロキさんの移転方陣は、四人を遠くに飛ばした。
が、流石に四人も飛ばしたせいなのか、新人祭り決闘祭の会場である宮廷は見渡せる場所に落とされた。
さっきまでいた場所の空に、大きな陣が見え、空間が少しだけ歪んで見えたかと思うと、何もなかったかのように、静寂だけが広がった。
「まさか、な。神が、ロキの復讐の相手だったとは……」
アイゼンヴォルグの目標は神を殺すこと、しかし、それはセムさんだけの問題であり、他の人間はアイゼンヴォルグの権利が目的であり、それぞれに個々の目的がある。
今その目的が、アイゼンヴォルグを離れ、一人歩きを始めだした。
これはほんの、始まりに過ぎなかった。