二戒:C3(1)
教会での主な仕事は戦闘に関してのことで、それは個人が強いかどうかによって別けられはしない。殆どが気分である。故に、死のうが、怪我しようが、教会は知ったこっちゃ無い。
そんなぶっきらぼうな説明を真剣に読み進め、無知な自分をどうにかしようと奮闘する。
今いるこの国、スフィード女王王国は、東西に伸びる国で、大きくも小さくも無いが、隣国からしてみればあからさまに小さいのは明白だ。
隣のイスタリア帝国とはただいま不仲で、小競り合いはどこの国境でも日常茶飯事である。
教会と、僕の住むアパートのある街は、スフィードの中でも東に位置し、南にイスタリアとの国境がある。少しだけ南に飛び出しており、囲まれる形となっているが、ここでの戦争はあまり無いとのこと。
その中で不思議な単語が見つかった。“放置国家”一見字を間違えたかのように見えた。“法治国家”と“放置国家”を。
だが、読み進めるとその意味するところがわかった。
教会、つまりウィオーゴとは、独自の宗教と神の声を聞いたという団体で、国と一緒になって歩んでいるのは珍しいケース。だが、我らアイゼンヴォルグは違った。ここの街を守り、支援し、栄えさせることを前提に、国から統治命令が下されているのだ。
この街を切り盛りするために必要な資金は、国からの仕事、戦争、暴徒の鎮圧。グールの殲滅などでまかなっているそうだ。
ここで更に聞きなれない単語が飛び出した。“グール”である。
一番最初のページに戻り、目次からグールを引く。
隣国であるイスタリアは細胞や遺伝子学が富んでいるらしく、それについての実験には全てをかけているそうだ。それが人の命だとしても。
それにより出来上がった一つの薬がある。その名を“細菌活性促進薬H”と言う。数々の失敗により、名前の最後に“H”がついた。数々の命が失われた証拠でもある。
この“細菌活性促進薬H”は、病気を正しい方向に促進させる作用があり、それはイスタリアの医学の最高権威“ミルディン・ローグゼイツ”氏が考案した一つの見解に基づくもので、病気は人間を進化させる道具で、それを拒み続けるが故に、日々弱体化するのである、と。
が、この実験は万国共通でなく、イスタリア独自の技術であり、それを良しとしない人は多くいるらしい。
それもそのはず。症状が1〜3までの固体をアシュと呼び、アシュは体のどこかに人間では無い何かが現れる。それは、翼であり、角であり、うろこでもある。それはミルディン氏の思惑通りだと思わせた。しかし……。
反対に、症状が5〜8までの固体をグールと呼ぶ。人間である部分が極めて希薄になり、思考は薄れ、破壊衝動に満ち溢れてしまう。形すら人間と呼ぶに相応しくない。ならば獣か? いや、それも否である。その体はさながら悪魔とも呼ぼう代物である。
アシュは人間である部分が多いため、触れたり、血液に触れても心配は無いが、グールは体の殆どが細菌であるが故に、接触感染が起こりうる。
しかし、グールの体の菌は、“細菌活性促進薬H”と、人間の体を媒介としているため、どんな病気がもとであれ、空気感染はしないのである。
改めて驚愕。我々はこれを駆逐する立場にある。殲滅し、広がらないようにする役目を負っている。自分の顔を自分で見ることは不可能だが、多分青ざめているだろうと思う。
仕事の内容を理解したところで、早速出勤とする。朝の礼拝と言っても語弊は無いだろう。
清潔感と、活気で満ち溢れる朝の街路地を歩き、教会にたどり着くが、いつ見てもいやにでかい。天井も高いし、ステンドグラスも高そう。
案内書に書いてあった時刻に来たのだが、それよりも早く、誰かが来ていたようだ。遠めで見たところ、一人は女性、一人は男性のようだ。
女性の方は黒いロングコートがさまになっていて、男のほうは、猫背でも随分背の高いことが伺えるが、その服装はボロボロというか、品のかけらさえないように思える。
静かに近寄るよりも、挨拶をしたほうが好印象かと、ドアを閉め、高らかに挨拶を。
「おはようございます」
が、残念なことに、その言葉はどうやら間違いだったようだ。女性がこちらに気づくと、隣においてあった何か馬鹿でかいものを片手でヒョイと持ち上げ、ニタッと笑うとこちら目掛けて飛翔。
剣が振り下ろされる直前に、神から授かった力を発動。
女性の時が二秒だけ遅くなり、僕の時が二秒だけ早まる。
女性の下を潜り抜け、その女性から目をそらさないようにバックステップ。セムさんに疑問を打ち付ける。
「何なんですか? 」
「一種のサプライズパーティーと思ってくれ、そのほうが心の余裕が生まれる。たぶん。きっと。おそらく」
しかしセムさんは笑顔を絶やさず、疑問符は更に増えながらも、女性は不適な笑みを浮かべる。
「ハハッ、面白れぇ〜。セム、こいつ神の力もう使えるぜ」
「レイ、駄目だよ。前みたいに全身折っちゃ」
なにか怖い言葉が後ろから発せられたが、僕の耳のすばらしい機能によりスルー。
顔なじみのような会話をするぶん、少しの安心を覚えるが、それは不安を募らせるだけだった。
「さぁさぁさぁ、こいつはどこまでもつかな? 」
教会の玄関のドアから一直線。長いすにはさまれたこの地上で、不適な笑みを浮かべる女性は、剣とも昆とも言えるその武器を携え、僕に迫る。
後ろではセムさんが不適な笑みを、隣ではさっきの男性がトランプタワーを作り始めていた。
誰か、この状況を説明してくれないかと、心の叫びは虚しく響く。