二十八戒:新人祭り(5)
軍警の出動により、ケイの学校の周りにはバリケードが張られていて、その内側の黒い球体もまた、バリケードで固められていた。
動きが見られないものの、学校の校長、軍警四課、友達だという生徒二人と僕が、学校の周りのバリケードの中、黒い球体を囲むバリケードの外に陣取る。
「で、なんでラグロスはここにいるんだ? 」
「いやぁ〜、受信機入れたままで、わざと負けて来ましたよ、仕事優先」
僕は着実に現状を把握していた。この球体はケイの魔法によるものだと、来たのは前とは違い、コルヌー部隊で、三人だけだということ、ケイの友達は、まだケイを信じているということ。
軍警の二人に任すのは少し心もとないし、この黒い球体に干渉できるのは、僕だけなんだ。
「駄目ですね、触れてみましたがただの球体で、金属でも、期待でもない、空間なのは確かなんですが、干渉を拒まれます。完全にお手上げです」
僕はその間にも、着実に干渉を始める。黒い球体に、ケイ自身に。
その時、少しだけ怖いことが起こったのだ。
「お前も無理だろ、先日の辺境の事件、お前の神の力は嗅覚の超強化なるものと判断した。そうだろ? ラウ君? 」
ルグルは見下すようにこちらを見ているだろう、だが、そんなことは別段気にもならない。
少しだけ、軍警の情報網の厚さを知っただけ。ただ、それだけのことだった。
「残念だけど、それ、僕の特技だから」
そう言って、蔑むような笑いを浮かべながら、僕は黒い球体に干渉する。
そう、これはケイの心であり、彼女の悲しみである。人は感情に触れられない事象から、普通の人間には触れられない。そして、何故心がここにあるかというと、隔離空間を想像した後、隔離空間と現実世界との境界線を心で示したからであり、この球体そのものは心ではないが、この黒さだけは、本物である。
僕がこの黒い球体に干渉できたことを言うのであれば、僕の神の力は必然とわかるだろう、そう、人の心に干渉できる。語り掛けたり、盗み聞きしたり。
僕はこの力が嫌いだけど、役立つこともある。これがその二回目だ。
「ドーンッ!! 弱いし薄いよぉ〜ボウヤァ」
ログは僕の物理障壁を容易く割り砕き、背に抱えた異形の銃を取り出し、乱射して見せた。
晴れやかな空を割るように、断末魔の最初を合図するかのように、それは発射された。
無論、会場と観客席には、それ相応の魔法障壁があるのだが、銃弾はそれをいとも容易く貫いてゆき、逃げ遅れた人々の命を蝕む。
「やめろー! 」
ハンドガンを乱射しながら接近、歯の無い南刀を首に向かって振り下ろす。
異形の銃は更に姿を現し、僕の攻撃を防ぎ、払いのけられる。
一方は観客を、一方は僕に向けて放つ。僕はどうにか体制をたて直し、弾丸を避けることにいっぱいになる。
ブレッドさんの魔方陣が光を放ち、五条の刃がログに向かって放たれる。さすがに防御に手一杯になり、銃の矛先がブレッドさんの魔法へと向けられる。
魔法を魔力で構成された銃弾が相殺し、その間を潜らせた数発がブレッドさんを強襲するが、ブレッドさんはそれを避けると共に、更に炎の魔方陣を展開、次から次へと、攻撃の暇を与えさせない。
僕はそれに便乗し、魔力の銃弾を作る要領と同じ陣を展開、前後左右からと、容赦ない攻撃を食らわせる。
そして、僕は今日の大会で見せた、あの大きな魔力を一点に向けて放つ。
それはログの胸に、直径役十センチほどの風穴を開かせる。ログは一瞬事態がつかめず、自分の胸を見る。
「ありゃ? やっちまったかい? この、オレサマが? 」
そう言って、ログはぱたりとその場に倒れる。
「なんちゃって」
後方、ゼロ距離の地点にログは再び現れる。
魔法の陣も無い、幻覚魔法を使った形跡も見られない。なんなんだこいつ、もしかして、不死身なのか? そんな不安がよぎる。
「待たせたな」
「よぉーラル、女連れとは偉くなったな」
ギンさんとレイさんが、それぞれの大業物を肩に担いで現れると、ログの目つきも少し色を増す。
瞬間、ログの胸を数十条の弾丸が貫く。
それに容赦の文字は伺えず、胴体は見事に真っ二つになり、最後の一発で、頭も粉々に吹き飛ばされる。が、ログは復活する。
今度は視認できるようなスピードで、ブクブクと泡のようなものが下半身から噴出し、体を形成していく。切り離された上半身は、空気中に散っていった。
「な、なんなのよ、あれ」
グールを、アシュを、いや、目の前の僕ですらなにかわからないものを、初めて見た正しい感想だろう、それに答えるべくか、セムが、いつもは見せないような憤怒の表情で現れる。
「神だよ、僕たちのたった一つの生きる目的」
「よーよーセムチャン、お久しぶりッスね」
「お前を最初の標的とする。アイゼンヴォルグ諸君、これは命令だ。奴を逃がすな、肉の一片、骨の一欠けら、声の一音ですら許さん、奴を再起不能なまでに……絶やせ! 」
「言ってくれるね、出来損ない」
その時は、まだ、知らなかったんだ。ログが、あの人の標的であることを。