二十四戒:ケイ(1)
新人祭り初日、今日という日はもともと、この国の収穫祭の日なのだが、どうせなら戦いが見たいと、女王様直々に、数年前に行われた祭りを行うことになった。
軍事専門科の生徒は、午前で授業を切り上げて、新人祭り決闘祭に社会見学としゃれ込むらしい。
「ったく、酷い話だよな」
私のクラスで、私に初めて喋りかけてくれた、クラスのムードメーカーのメルヴィン君が、不満げに言い寄ってきた。
「大丈夫だよ、戦争記録部の人が少しだけ、今回の祭りを誰もが見れるように、映像にしてのこしてくれるからさ」
「あんた、なんでそんなこと知ってるの? 」
いぶかしそうな目で、私の顔をリンが見つめる。リンも私の友達です。
「あ、あの……お父さんが、ちょっと、コネがあって……」
空白の時間が少し流れる。
「なぁーんだ、そーなんだー」
「あーそうなの」
メルヴィン君の言い方は、少し何かを予想していたようにも思えるが、そこを掘り下げる勇気は無い。
学校自体は把握しているものの、クラスの誰にも、私の本当のことは伝えていない。
C3の一員であるだとか、私がアシュのニクスであることも、このクラスの誰も知らない。目の前で笑っている、二人でさえ……。
収穫祭、もとい、新人祭りは三日に分けて行われる。いや、少し語弊がある。三日間ずっと続くのだ。
去年は美味しいものを食べに、セムと一緒に見て回ったが、人に酔って、とても一日じゃ全てを見るのは難しかった。
「今日行く? 夜の部」
「私は行かない、門限厳しいから」
「んだよ、つまんないの、じゃぁ明日、明後日フルで見て回るぞ、いいな」
メルヴィンの提案に皆は賛成した。少しだけ、セムの泣きつく姿が、心の隅に垣間見えたが拭い去る。
軍事専門科の生徒の下校の足音を聞きながら、政魔専門科の私は、勉学に励むのであった。
「それでは、今日から新人祭り始まってはいるが、羽目はずしすぎるなよ、はい、解散」
ようやく授業が終わって一段落、時計は午後四時を少し過ぎているくらいだった。
生徒のほぼ全員が、あいつの授業やたら長いと愚痴を零しながら、それぞれのカバンを手に教室を後にする。
私は、今日いけない分、二日で全てを制覇すべく、メルヴィンとリンとで、予定を組むことにする。
机を繋げて、地図を広げ、それぞれの行きたい場所を赤い点で示す。
「肉と甘いものをかかせない。民芸品はどうする? 」
「私毎年エリス楽団の演奏聞いてるんだけど」
「あ、私も好き」
「はい決定〜」
とりあえず、好き〜だとか、見たい〜だとかに点を打ち、案が無くなった所でそれを繋げてみる。
会場内での魔法の使用は、一般人は不可なので、移転やら風の魔法無しで考えてみると、存外大丈夫な気がしてきた。
「うむ。後は会場の賑わい次第だな」
「ほんと、どう動くかわからないからね」
そんな、何気ない会話をしているときだった。私は、私を呪った。
窓の外に嫌な感じがし、恐る恐る窓に手をかけ外を見る。正面玄関に三人、駄目だ。結界が張られた。物理障壁、人間はもう誰も外には出られない。
「どうしたのケイ? 」
「う、ううん、なんでもない」
私にはこの状況がわかってしまう。駄目だ。顔に出しては、私一人で全て片付けなきゃ。
そうしている間にも、魔法障壁も張られてしまい、外への通信手段もなくなってしまった。
「なんだろ、外騒がしいな」
外に出られない事態を知ってか、騒ぎ出した生徒があふれている。
「皆、ゴメン」
私は陣を高速展開させ、体に優しい催眠ガスを放出、教室中に、学校中にそれを放つ。
二人はすぐに気をなくし、外の生徒も静かになった。私は一人、外に出る。待ち構える三人の襲撃者の前に姿を現す。
「ほほぉ、素直じゃないか、ようやく私たちのもとに来る決心がついたか」
「アーラ部隊では役不足だが、コルヌーが来れば簡単なことだったな」
「さ、行こうか、ケイ」
「君達、何をしている! 生徒から手を離して、結界を解きなさい」
先生の一人がこちらにやってくる、ここの学校の先生となると、魔法免許は二級以上ではあるが、それでは役不足この上ない。
先生だろうが、なんだろうが、ただの金魚の糞でしかないのだ。
私は直接催眠ガスを嗅がせ、先生の意識を飛ばし、先生自体も風の魔法で遠くに飛ばす。
「ケイ!! 」
メルヴィンの声、振り返るとそこには、二人が立っていた。
涙が零れそうになるのをこらえ、私は決心を固める。すると、コルヌーの一人が前に出る。
「ふん。鬱陶しい、私が殺してやるか」
私の決心はもう、瓦解する事は無い。
仲間を見つけ、友達を作り、戦争を経験し、自分の存在を肯定した時点から、私の信念を壊せるものなどいない。
私は背に生えている翼を、最大限に広げた。私の身長よりも大きなそれは、制服の布を破り、雲に覆われた世界の中に翼をはためかせる。
「手出しさせない。私は、貴方たちを倒す」
非常事態に備えた陣を展開させる。
黒い、私だけの世界を出現させ、私とコルヌー全員を隔離する。
陣の張られた孤島となった校庭には、真実をしっかりと握り締める二人の人間の姿があった。
壊さないように、壊れないように、真実を受け止める二人の姿があると同時に、現状の打破ができずに、悲しみと愚かさに嘆く二人の人間のすがたもまた、そこにはあった。