二十戒:ラルのお仕事(5)
まただ。また仕事が決定した。そう、強制的に。
今回の依頼者はロキさんの友達、リカルドさんのお小遣い稼ぎのお手伝いだ。
内容は越境に護送と穏やかなものでなく、その分お金もはずんでくれているとのこと。前回の仕事で、セムさんとギンさんにお金を貰い、お小遣いも二ヶ月ほどいらない状態なのだ。
なのに、また危なげな仕事を貰ってしまった。越境する場所は、今戦争で危ない状態なのだ。
「なんで僕はついて行かなくちゃいけないんですか? 」
「いいじゃねぇか、金だぞ金、なぁロキ? 」
「ん? まぁな」
最初の待ち合わせ場所は、ゼルドモアというバーで、そこからイスタリアに渡って、荷物を運んで越境し、スフィードの危なげな山道をひた走る。
あらかじめ屋敷はこちらの人間に頼み建設済みで、そこに運んで終わりだとのこと。
少し違和感を覚えながらも、文句も言わずに仕事に向かう。
「マスター、キングスハンズ」
リカルドが店主にそう告げると、店主は右テーブルを指差し、リカルドは金を渡す。いわゆる仲介料金だろう。
依頼者は恰幅の良い三十前後の若い男で、黒の上下で中にはおろしたての白いシャツと、どこかの上層部の人間かと思わせるいでたちだった。
「依頼を請け負ったリカルドだ、よろしく」
「なんだ、三人だけか? 」
「悪いかよ、量より質だろ? それより、さっさと済ませようぜ」
「あぁ」
男は重低音の声で返事をし、マスターに多すぎるであろう金を渡して店を後にする。完璧にこなせば高収入が望めると、少しだけ黒い心が動き出す。
「で、国境沿いの荷物はどうやって取りに行くんだ? 」
「それも込みだ」
「リカルド、任せておけ」
まただ。どこか、なにかに違和感を感じるものの、それが何なのかがわからない。
そんなもやもやを抱きながら、三人はロキさんの移転方陣に乗る。
流石C3。いや、この国一番の陣をしいている人間だ。国外まで及んでいるとなると、逸脱した存在のようにも思えてくる。
「そうだな、確か、ここからもう少し南だった気がする」
国境付近の雑木林のなか、位置を確認した男は、率先して足を進める。
少して、雑木林を抜けたところにボロ小屋があり、その中に馬車が一台。積荷はしっかりと白い布で覆われていて中は見えない。
再びロキは陣を広げ、馬車ごと移動。
「ここからが一番近いな、俺は遠くから見てるから、リカルド、よろしく」
そう行ってロキさんはどこかへ消えてしまった。男は別段気にしていないようで、二人で馬車の護衛を勤める。
男は馬の手綱を引きながら前を歩き、積荷を見るかも知れないという疑念は抱かずに、歩みを進める。
道中、山賊に会うなどの被害がなかったことが、なんだか余計に怖いが、よしとする。
程なくして予定の地へとついた。六時間という、虚無の時間はどれだけの金になるのか、少しだけ気になるが、まだ営業中だと笑みを抑える。
と、冷静になりかけたところで、異変に気づき、リカルドに質問をしてみる。
「リカルドさん」
「何だ? 」
「ロキさんって、リカルドさんと喋るとき、いつもあの調子ですか? 」
「ん? あぁ、まぁな、それがどうかしたか? 」
そうだ、前にレイさんが肩を落としたとき、これに気づいていたんだ。
仕事上の関係、かといえども仲間という関係性。心を開きつつあるラウやケイ、対してロキは、確かに僕たちの前では言葉につまり、喋りづらそうだった。
「着いた。ここだ」
山の中の平地、森を引っこ抜いたような木漏れ日と崖の壁の間に、豪華な屋敷は佇んでいた。
外装から、この荷物は少ないように見える。やはりと、僕の勝手な推測は始まった。
「では依頼は成功。と、いうことで、報酬の件について」
「あぁ、それだが……」
「いえ、できるだけ“人間の方”と、お話がしたいのですが」
リカルドが少し驚いているが、たぶん、この男は人間じゃない。
幻覚、否。人をかたちどった人形、否。もっと高度な何かだ。僕たちが知らない、触れられない世界の何かだ。
「お前、なにバカ言ってんだよ」
「ばれちゃったか」
積荷はやはり人だった。ガサゴソと荷物を掻き分け、中から出てきたのは二十歳そこそこの女性だった。
積荷にかさばらないように、薄着で、しかも短めの上下がエロい。
「どこでばれたのかな? 」
リカルドは釘付けになっているので、とりあえず僕だけは冷静に、と、説明をする。
「っと、まず、方向感覚が人間のそれとは比べ物にならない。それと、足音がしないし、体臭も無い。人間っぽくない。ただそれだけですよ」
棒立ちの男の首元に鼻を近づけ、女性は臭いを嗅ぐ。
確かに臭いはしないようで、驚くような、何か変な表情をしていた。
「ブムル、車椅子出してちょうだい」
ブムルと呼ばれた男は、積荷の中の車椅子を取り出す。誰が座るのかと思えば、女性は少しだけ宙に浮いていて、足には力が入っていないようだった。
椅子に座ると、今度は大きなカバンを男に取らせ、その中身をごっそりと掴むと、僕に押し付ける。
「これくらいでいいかな? 」
握られているのは札束、カバンを遠めで見るが、まだまだ入っている。誰なんだ、この人は。
「えぇ、ぜんぜん構いませんよ」
リカルドは、まだ女性の四肢に釘付けになっており、ロキさんを呼んで、陣を使いおいとました。
なんだろう、彼女はどこかであったような、そんな気がする。
靄のかかった記憶のどこかに、彼女がいる。そんな気がする。