一戒:アイゼンヴォルグ
“神の声”というものが、迷信のようにこの世を歩き、いつしかそれは世界のバランスを司るものに変わりつつあった。
不特定少数に“神の声”は聞こえ、“神の声”はそのものに特別な力を与える。
世界にその噂が流れる前は、あるものは不安にかられ、あるものはそれを信じることにした。信じるものは勿論、病気扱いされた。
が、人を動かすのはやはり時の流れであった。“神の声”を聞いたものは年々増加したが、人はやはりそれを信じなかった。それにより、“神の声”を聞いたものである種の団体が組織された。世界はそれを“ウィオーゴ”と呼ぶ。
“ウィオーゴ”は、数少ない“神の声”を聞いた集団で構成されるため、少数になるのは必然なのだが、通常一つの団体は100人前後で構成される。
唯一、我々を抜いて、だ。
我々は良いように言えば少数精鋭、メンバーは私を入れて6人。ここに1人、多分、おそらく、我々のメンバーになろうとする人間が、妙に怯えているが、引きずり込むっきゃない。
「神の声聞いてきたんだろ? 」
だったら無理やりに攻めるしかない。直球あるのみ。
どうにもさっきの私を払拭しきれていないらしく、話が弾まない。
「……はい」
どうにか一言を搾り出せたことに喜びは一入である。
「じゃぁ、ここで正解だよ。ようこそ、我がウィオーゴ、アイゼンヴォルグへ」
「あぁ……」
差し出した手に恐る恐る触れる。
まだまだ目を見ようとしない。よっぽど私のファーストインプレッションは最低だと物語っている。ん〜皆にばれたらことだ。
どうにも話が弾まない。受け応えるだけになっているため、こっちから攻めないといけないらしい。
「ん〜、ここの一員になってくれるんだよね? 」
「あの、僕ずっと田舎暮らしで、何も……何もわからないんですけど、いいんですか? 」
「大丈夫、ウィオーゴは全国各地にあるわけじゃない、地方から、辺境からってやつがざらだ。そういうやつのために、ほら、ちゃんと案内書もある」
私は最近ようやく作り上げた案内書を出す。この国の全部を納めたため、少々辞書っぽい厚さになったが気にしない。
我々のこと、メンバーのこと、この国のこと、この国がどことどういう条約を交わしているかということ、その他もろもろ。
少し引き気味なのは否めない。前のやつも、同じような反応を示していた。
「我々の仕事上、土地やら地形やらに詳しくないと、いささかやりにくいこともあってね、それから法律。ギリギリ歩くから要チェックね、それから……」
「全部覚えろって……ことですよね? 」
「そういうこと。それと君、北のなまりがあるね、宿もとってないでしょ、これ、私の所有するアパートの鍵、地図はここに書いてあるからさ」
私はそのページを開き、鍵に書いてある住所と、案内書に書かれている住所を照らし合わせ、今いる教会とを結んでやる。
あまりにも急ぎすぎたか、キャパシティオーバーになってなければいいがと、少し不安になる。
青年は大きな荷物を担ぎ、辞書……あぁ、いや、案内書を小脇に抱え、教会の扉を開ける。
最後に振り返り、会釈をした。
私は思い出したように声を投げかける。
「君! 名前は? 」
「ラジェルタ……ラジェルタ・ハイデンツァです」
「私はセム……シェムルランガー・オリカルテ・トラスコットだ。よろしく」
ラル君はもう一度会釈をし、夕闇へと消えていった。
頭の固いお役人とばかり喋っていると、どうも話すのが苦手になってくる。
今回、奇跡的に上手くいったが、はたしてどこまで生きていられるか。ここで死んだものたちを思い出すだけで、確立が弾かれてしまうのが怖い。
ポジティブに計算しても、お世辞にも高いとはいえない。
彼がそんなウィオーゴの実態を知っているかどうかなんて、無に等しいだろうが気にしない。
最後まで責任取れと、じごきぬいてやる。それがここのやりかただ。
さぁて、そろそろ彼らは任務を遂行しているころだろう。彼らが帰ってくるのと、ラル君が再び訪れるのはどちらが早いか、ラル君が早く来ないと、少々心配な点があるのも、今は気にしないことにした。