十三戒:ポルメルワンの戦い(3)
感覚が、痛みが感じられない。
虚無の闇に閉じ込められたような冷ややかな優しさを感じながら、高い天井を見上げている自分を気づく。
「また……か」
「また……か、じゃねぇぞこのバカ野郎が! 」
「でっ! 」
頭だけが前と同じように痛みに軋む。
拘束で動けないわけじゃない、死んだわけでもない。でも、体が動かず、痛みは無い。
首は動かせ、体を見るが何も無い。横にはレイがただただ怒っているのが見えるだけ。
「ギンの力で体の状態の悪化を止めている。ギンが飽きればてめぇは死ぬ」
「助けてはくれないんですか? 」
「話を聞け」
再び重たい感触が額を襲う。わかってやっているのだ。
「あんたはこの教会の人間としては普通過ぎる。故に、今回のようにバカをする。
今、死に直面している状態で、さっさと約束しちまわないと、いつ死ぬかわからない。死なれると、こっちだって困るんだ」
優しさからだろうか、その言葉にはどこか真剣みがあり、いつもの冗談とは違った。
そんな気がしただけだ。
「処理とか……バラバラにするのは趣味じゃねぇし、燃やす前に腐敗臭はキツイ……」
体験談なのだろう、顔がだんだんと青くなっているのが見えた。
処理が面倒だから死ぬなと、なんとも単純明快だ。この教会らしい。
「さ、本題に入る。これから約束事をする。守れなかったら戦場に放置、いいな? 」
咄嗟に簡単な処理方法を考え出し、それを約束の杭として僕の心に打ちつける。
そこには少なく、簡単な約束が重なっている。
「一、仕事以外のことは、いくらそれが正しくてもやるな。
二、ここの連中は完全個人主義だ、助けようなんてするな。
三、個人主義故、これからはかかりつけの医者を決めろ。
以上だ」
「わかったよ。うん。ごめん、僕が間違ってた……だから、医者くらい呼んでもらえます? 」
一瞬露骨に嫌そうな顔をされたが、それについては突っ込まないのもここの掟であろう。
レイに支持され、ラウ君が僕が最初にセムから貰ったものと同じような案内書に目を落とし、適当な医者を見つける。
連絡陣に文字を翳し、魔力を注ぎ、送信する。
数分後、返信の言葉が返ってきた。どうやら大丈夫らしい。
ここで僕が死なないように、その病院へは、ロキとギンが着いて行ってくれるらしい。
僕はギンの力で体を固定されたまま、風の魔法で運ばれる。
ラウ君。できることならば、もう少しましな医者を紹介してほしかった。ある意味僕は、死んだ。うん。気にしない、気にしない。
「ただいま〜」
いつでもご機嫌なセムが、人一倍の笑顔を振りまきながら教会に帰ってきた。
今日はケイの入学と、先日ルグルとかいう軍警のおっさんの頼まれごとの返事をしに行ったらしい。お土産は、買って来てくれたので、文句は無しにする。
「あれ? ラル君は? 」
「他に手ぇ出して全身打撲。ゴーミクっていう特治魔法免許保持者に預けてきた」
「それはまた……。ある意味新しい人生が待ち受けてるかもいれないが、殺生だな、ま、いっか」
いつもなら笑顔で減給だとか言うくせに、なにかいいことがあったか、おかしな性癖が反応したか……後者に賭けるのが正しいだろう。
私はいつものビスコッティとアールグレイを取り出し、いつもの場所でそれを食べる。
いつ食べても、プローウェルビルム軽食店のビスコッティは美味しい。喧嘩の次に好きなものだ。
あそこのオーダーの仕方は、私には不向きであるため、いつも他の人に任せる。
プローウェルビルム軽食店の店主は、いつかの旅行の時に出会った物語小説、フトゥールムに没頭し、今ではそれにとりつかれていると言っても過言ではない。
今では世界的に有名となったフトゥールムの名言や、格言。それを勝手に抜粋し、それをメニューにしている。最初はおかしくなってしまったと、近所の人はバカにしたそうだが、日を追うごとに、何かのゲーム感覚のように人が集まり、今ではこの国で最も繁盛している店と言ってもいいだろう。
もともと店主の飯は美味しかったのだ。そのままでもよかったのにと、少しだけ口を零す。
「あ、そうだセム。報告があったん……」
私の言葉をさえぎるとは、よほどの訪問客じゃなきゃ許さないし、よほどの訪問客だったら、喧嘩を申し込もう。
「シェムルランガー・オリカルテ・トラスコットはいるか? 」
それは珍訪問者にして好敵手。
私は剣を取り、飛び掛ろうとする。
「戦場にクルオルデルタがいたとは誠か? 」
好敵手の口から出た言葉に、皆の目線は注がれ、動きが止まる。
一人だけ冷静に、落ち着き払って言葉を放った。それはラウだった。
「うん」
小さく、小さく、それであって重たい言葉が、その場を支配した。