十一戒:ポルメルワンの戦い(1)
寒い。肌寒いならまだしも、寒い。
北の方の国境だからって、ここまで痛いことはないんじゃないかと、病み上がりの体に響く。
戦争は、はっきりした記憶の中では初めてで、結構バタついているものでなく、嫌に落ち着いていて、寒い以上にピリピリと肌に突き刺さる。
う〜ん、肌に合わない。
「お、来た来た」
レイがにこやかなのが怖いが、目を向けてみる。
服装からすれば階級は上のほうだろうと思う。目つきが冷ややかで、勲章は嫌に光っている。
戦争の始まりを告げるのだろうか、と、反応したのがレイだと思いながら予測。
「状況を開始する。C3の諸君はグールの討伐、配置は平原に二体、山林部に十体だ。今日中に片付けて欲しい、細かい部分は諸君に任せる」
「なーなービオルマ、聞く限りじゃ山とられたら終わりってことだな」
「そういうことだ」
「はいはーいっと」
ビオルマと呼ばれた将校さんは、レイの質問だけに答え、さっさと帰っていった。
今回の戦争は、平原をそのまま戦うよりも、地を生かした坂落としがいいと判断したのだろう。
こちらはそれを食い止めるらしい。
触られたら負け、そんな奴ら相手に普通の人間は無力だし、知識的に不十分だと鼓舞にも関わるだろうと、だったら専門家にとのことだろう。
「じゃぁ、ラルを平原に置いて、私とギンが三体、ラウとロキが二体ずつ、ってことで」
「えっ!? 僕一人だけですか? 」
喋ってくれると嬉しいのだが、なんでって顔でこちらを見られると、こちらも反論できない。
「そりゃぁお前、重要なところ任せるなんて、新人には無理だ。だから、だ」
ん〜、死ぬ気だけしかしない。
何せ、グールなんて見たことないし、みじん切りにしても生きてるかもしれないんなんて、困る。
一応、セムに陣布を貰っている。
陣布はもともと陣が書かれており、強力な魔法ですら、魔力を注ぐだけで使用できるものである。
今回貰ったのは、重力操作系の魔法で、すりつぶせば速いという結論からだそうだ。
さてさて、さっさと作戦会議は終わり、胸に大きすぎる不安を抱えながら、戦線へと赴く。
緊迫状態が続いているようだが、いつ火がついてもおかしくない、相手も威嚇するように、グールらしきものを最前線に配置している。俺にとっては好都合。
「すいませ〜ん、通りま〜す」
そんな緊迫感を打破するかのように、俺は人の群れをかき分ける。
状況を理解したのは、将軍っぽい人だけだった。
「よろしく頼む」
「援護は? 」
「期待しないでくれ、君たちの仕事は一瞬だと聞いている、それについてはいけないよ」
「そうですか……」
だからって、僕弱いですなんていえない。鼓舞に関わる一大事だからだ。
不安に苦しみながら、更には、期待という重荷が圧し掛かる。
深呼吸を一つ、陣布を確認全部で五つ。二体のグールを倒すだけ、でも、触られたらお仕舞いだよなと、肌の露出している部分を再確認。
「行きます……」
固唾を呑んで見守る、人間に出来ることといえばこれくらいだろう。
秒を進め、拘束されているグールに近づく。それに気づき、敵も拘束を解除、グールの手が伸びる。時を遅め、宙を舞う。
落ち着き払って陣布を頭に置き、魔力を注ぎ込む。
地面には半球を描いたような穴が穿たれ、一触即発と言った様に動きが止まっている。
が、最もあせっているのは僕だ。この数相手に、神の力も糞もあったもんじゃない、緊急退避して、自分の仕事だけに集中する。
もう一体のグールは右の方向から迫ってきている。
そこで一つの仮説を思いついた。
誰かが、グールを操っているのか、と。
グールの腕が伸びて、思考を一時中断。後ろに飛び回避、左フックを右に避けてハンドガンで応戦。
先ほどの仮説があっているものだとすれば、グールの動きの変化に少しだけ納得が行く。少しだけ距離を置いている。そんな気がする。
重力操作系だとわかったのだろうか、空中戦に持っていかれないように配慮している。
だが、それをこじ開けるのが仕事である。
右手が捕捉しようと伸びる、ガントレットとレザーグローブで守られていながらも、少しだけ恐怖がこみ上げるか、その腕を掴んで上へ行く。
なぎ払う左の裏拳を南刀で受け止め、ハンドガンで肩を打ち抜き、隙を作って頭に陣布を敷き、放つ。
状況理解した兵士が僕に近づくが、神の力を逃避に使用、全速力で、本気で逃げる。
「おつかれ、後は私たちに任せろ」
すこしだけ優越感。満足感。
戦争は始まった。剣戟の交わる音がする、魔法の炸裂音がする。鉄と血の臭いがする。砂煙が目を掠める。魔法で生成した薬品の臭いがする。
僕は、戦争は嫌だと思った。どこまでも不快だった。
だが、仕事は終わった。このまま帰ろう。
そう思った時だった。戦況は一気にひっくり返された。
戦線の部隊の爆撃、立ち込める煙は血と肉の色をしているようにも見える。ふと、怒りがこみ上げる。
「C3よ、いるのだろ? フィルグ・カラガリアだ、誰でもいい、出て来い」
怒っていたから? 否、多分、僕は調子に乗ったんだと思う。
「僕は、ラジェルタ・ハイデンツァ、よろしく」
男は不適に笑っていた。白く狂気に満ちたローブの奥で、男の口が三日月を描いた。