十戒:ラルのお仕事(3)
目が覚めた。いや、やっと自分を取り戻した感じだ。
賢者ゼルに意識をゆだねながらも、体のどこかに自分が潜んで事の次第を傍観していた。
やっと、自分が自分に帰ってきた。目に映るのは高い天井だった。
「起きたかい? 」
優しくセムさんが笑いかけてくれた。起き上がるものの、頭に走る激痛に、再び体は重力に体を任せることになる。
「まだ無理だろうね、二日眠っていたらしいからそろそろ大丈夫かと思ったけど、意外とキツかったんだね」
「あの、何が起こったんですか? それと……」
質問をどこに投げかけようかと迷った。
殺してしまったか? 眠っていた間僕はどうっだたのか? ゼルのこと? それとも、あの襲撃者の事? ケイちゃんを姉と言っていたこと?
どれもがわからなかった。わかりそうなことでさえわからない。
唯一わかることは、皆戦争から帰ってきて、ここは教会だってことだけ。それと、物凄い腹が減っている。
「順を追って僕が説明するよ、ゴメンね、色々といえないことが多くて」
セムは手招きをする。やってきたのはケイちゃんだった。
「君を襲った女の子たちは、ファーブラという集団のアーラ部隊の一端。
しかし、この国とファーブラの間には停戦と不可侵の条約があった。が、ここは知ってのとおり放置国家だ。それを守る理由が無いんだ。やつらには……。
彼らはアシュなんだ。体のどこかが人間と異なり、それにより人間を嫌いになってしまったやつが、アシュだけの世界を作ろうとして作ったのがファーブラ、君を襲った二人組みは教えをそむいてまでも、うちの天使を開放したかったらしい」
「ケイちゃん? 」
「あぁ……」
ケイちゃんは後ろを向いて、服を捲り上げる。
肩甲骨の辺りに、こじんまりとした羽が存在した。
アシュには色々な種類がいて、ケイちゃんのように羽が生えているアシュを、ニクスと呼び、羽は空気中の酸素や魔力を補充する能力があるらしい。
他にも、鱗が体を覆っているやつや、角が生えている奴もいるらしい。
「ありがとうケイ。さて、次だ。君は第三者にのっとられていた。危うく人を殺すところだったけど、軍警のルグルが助けてくれた。
ルグルは僕に用があって、君に手紙を渡した後帰ったけど、君が気になったらしいんだ。
ラル君って、北の出身かな? もしかしたら、街は子供の時に消滅してないか? 答えたくないなら答えなくていい」
確かに、子供のときに村が焼けた記憶はあるが、やはり曖昧なのだ。
それでも、焼けて、僕一人になった記憶はあったので、僕は小さく答える。
「はい」
「君をそこから助け出したのが、ルグルだったみたいなんだ。
で、それを確かめに来て、君が操られているとわかり、意識を奪った。と……」
ようやく話が繋がってきた。
それでもまだ不思議だった。何故、何故あれだけ強かったゼルさんを、一発で倒せたのかが、不思議だった。
「で、次に憑依魔法の説明だけど、憑依体が出来る行動は魔法だけ、五感は君が所有しているから、憑依者はルグルに気づかずに、ルグルに意識を持っていかれた」
「その人なんですけど、ゼルって知ってます? 賢者ゼル」
「いや、知らないね」
寝ている椅子から見渡せる限り覗くが、誰も反応を見せない。
あれは自分が見せた幻影だったのかと思うのだが、憑依魔法を僕に使用した時点で存在は決定的だった。
「それと、憑依中に使用した魔法が、体に見合わないと、今の君みたいに頭が割れるほど痛くなる」
なるほど、それで頭の中で小さな巨人が暴れているわけだ。
どれほど痛いか、まぁ、ありえないが割れそうな程といえば、一番近い感じだ。
「さて、本題に入るとするか、我々の最終目標、唯一の共通点」
セムさんの顔から笑顔が消えた。
いや、笑顔はそこにありながらも、含まれているものが全て異なっていた。黒く光る瞳は、その中身を語るかのようだった。
濁った笑顔で、セムさんは言葉を紡ぎ始めた。
「それはね、神を殺すことなんだよ」
体が、脳がそれを拒否するような発言に、一瞬と惑う。
どんなに狂っていても、どんなに記憶が曖昧だろうが、それに抵抗を感じる感性は持っていた。
ここは教会で、神に従い、神の命の元、神の代わりに裁きを行う。それがここだと思っていた。
神の力を授かり、神の力を執行し、悪を裁くとばかり思っていた。
少しそれには語弊が生じた。それは、悪というものが、神という不可視の偶像にすりかわったのだ。ただ、それだけなのに……。僕は迷った。
否、迷う必要なんて無いんだ。
今の僕は何も持っていない、何も知らない。奪われてしまっているのかも知れない。
ならば、必要とされる場所で、己の力を生かす何かをすればいいのだ。それが、ここだってことなだけ、やることが、少し馬鹿げているだけ。
「わかりました。つまり、死んでも文句言うなよってことですよね? 」
「ふふ、だんだんここがわかってきたようだね、じゃぁ、実戦訓練も兼ねて明後日に一つ仕事があるんだ。皆も聞いてくれ」
セムさんはいつもの笑顔のまま、紙とナイフを投げる。
それぞれのいる場所の近くに突き刺さる。大したものだと関心しながら、僕もその依頼書の内容に目を通す。
「イスタリアは実戦にグールを投入してきた。
我々は、そのグールだけを殲滅する。いつものように、人間は倒していいが、殺しては駄目だ。
いつもより若干難しいかもしれないが、慎重に執り行ってくれ、出発は二日後、ロキの移転魔法で近くの町まで行って、そこから徒歩だ。質問は? 」
「メン、バー、は? 」
途切れ途切れの声でロキが質問を述べる。何故だかレイが少し肩を落とす。
「ケイの学校が始まるから、僕とケイ以外だね」
ちょっと待てといいたかったが、セムのロリコンはここでは当たり前なのだ。多めに見てやる。
それよりも、レイが肩を落とした理由が、少しだけ気になっていた。
いや、それよりも更に、頭の痛さに涙があふれてきた。