『不良は見た目が第一でしょう!』『それはあんまり否定はできない……』
「茜さん」
放課後になった。
授業中にあたしの背中にずっと視線を向けてきていたストーカーが、帰路についているあたしに話しかけてきた。
「一つ聞きたいことがあるんだけれども」
「あたしも聞きたいことがあるな」
「おお、どっちも話したいことがあるなんて。息があうなあ」
「あんた、いつになったら家に帰るんだよ」
須藤がふざけたことを言ってるが無視して話を進める。
須藤ははて、と首を傾げる。
「茜さんの家の近くに、僕は住んでいるんだけれども」
「あんたが朝、偶然を装って出会った曲がり角はとっくに通り過ぎたんだけど」
「こっちからでも帰れるから。茜さんがここを通るのなら、明日からここを通ろうかな」
「じゃああたしは、他の道を通ることにするよ」
まあ。あたしの家から追いかけてくるわけだから、道を変えたところで意味はないのだろうけれども。
このストーカー、どうしたものだろうか。
なんかもう、親しすぎて、近しすぎて、無下に扱いづらいというのは事実だ。
後ろから追いかけてくるだけならば、情もなにもなく追い払えたのに、こうも当たり前のように隣にいると、うまく扱えないというのは困りものだ。
被害者が加害者に情がうつる現象がある。とは聞いたことがあるけれども、まさか本当にあるとは思わなかった。
「それで、お前が聞きたいのはなんなんだ?」
「スカートが短いのは女の子らしさアピールですか?」
「ぶっ殺す」
驚いた。まさか情ってやつが一瞬にして消えることがあるらしい。
ちなみにあたしのスカートはそこまで短くはない。
膝丈よりも長い。
不良からすると、校則を守る形になるスカートの丈になっているのは不本意なのだが、しかし、昔から不良はスカートは長いだろう。
そこだけは校則を守ってるんだ。
それ以外は守らないけどな。
しかし、須藤はどうも納得がいっていないようで、自分のあごをさすりながらあたしの全身をみる。
「いやだって、茜さんはもう古臭くて古めかしい、時代錯誤で時代遅れな不良だよね」
「お前やっぱケンカ売ってんだろう」
「だとしたらくるぶしぐらいまであるはずだよ。もっともっと長いよ」
「……あんたあれだな」
唇を尖らせて、腰に手を添えながら須藤を睨む。
「あんた、不良が好きなんだな」
「ビックリした。布令が好きって聞いたきたのかと思った」
「誰も言ってないだろ!!」
「確認作業的ななにかかと」
「なんで確認しないといけないんだよ……」
「もちろん、好きだよ」
「そうか、不良好きか。そうだよな。そうだよな!!」
須藤の肩をバンバンと何度も叩く。
痛そうに顔を歪めていたが、気分は悪くなさそうだった。
叩かれて気分が悪くないとか、ホント気持ち悪いからやめてほしい。
「それで、なんの確認だったのかな。実際は」
「あんたが不良好きだってこと」
「そうだね。不良が大好きだよ」
「あんたは不良の見た目が好きなんだな」
「変かな」
「変と言えば変」
「そうでもないよ。だって、不良は見た目が大事なんだろう?」
その染めた髪も。
その着崩した服も。
その長いスカートも。
その特攻服も。
不良らしさだ。
不良らしさを見せびらかす、見た目だ。
「その見た目を好きだと言われて、なにかおかしなところがあるの?」
「いや、おかしいというか、見た目が好きだと言われて素直に喜べる人間はいないと思うんだが」
「見た目を褒められたら喜ぶべきだよ。そうじゃあなかったら、そもそも自分を着飾る理由なんてないじゃあないか」
着飾るということは。
飾るということは。
それに意味があるということだ。
意味があると分かっているということだ。
「……そういうことは分かってても、言わない約束なんだよ」
「そんな感じ?」
「誰にだって体裁はあるって話」
「茜さんにも?」
「不良は体裁の塊だろうが。一番関係ないように思われているかもしれんけどな」
「ああ、そうだったね。不良は見栄えも見栄も必要だものね」
「そういうわけだ。そういう訳で、あたしはもう帰るな。お前もさっさと自分の家に帰れ」
「ああ、本当だ。もうちょっとで茜さんの家だね。それじゃあ、また明日」
なんであたしの家を知っている。というツッコミはしない。意味がないだろう。理由は分かってるんだから。
須藤はあたしに向かって手を振りながら適当な道を通ってどこかに行った。
多分、あたしが家に入ってから少ししたら庭に潜伏するつもりだろう。
庭にネズミ捕りでも仕掛けておいてやろうか。
部屋に入って、特攻服を脱ぐ。クローゼットを開いて片づけようとして――なんか光るものを見つけた。
小さい監視カメラだった。
盗撮用のカメラだった。
握りつぶして、庭に投げ捨てる。庭から「ああっ」と悲しそうな声が聞こえてきた。やっぱりあの野郎、盗撮していやがった。他にもないだろうな。
「どうしたものかねえ」
あのストーカーをどうやったら追い払うことができるのだろうか。
頭をかく。
くすんだ金色の――ストーカーいわく不良の見た目であり、着飾りである髪をかく。
ん?
ああ。
そうか。
あいつは、不良の見た目が好きなんだ。
***
次の日である。
いつも通り遅刻の時間に家をでたあたしを、昨日と同じように偶然を装ってあたしと合流した須藤はあたしの顔を見るなり、顔をゆがめた。
いや、正確に言えばあたしの顔ではない。
あたしの、黒い髪だ。
黒く染めた髪に、須藤は顔をゆがめたのだ。
「……ストレスで髪が黒くなった?」
「そんな白髪化現象みたいなことあってたまるか」
いや。ストーカーという名のストレスで髪色を変えたのだから、あながち間違っていないのかもしれないけれども。
「ふふん」
あたしは鼻を鳴らす。
「どうだ。須藤。これでもお前はあたしのことを、ストーキングするつもりはあるか?」
あたしが変えたのは髪色だけではない。少しばかりしていた化粧もやめて、制服の着崩しもやめて、スカートは膝よりも上になるまで折りたたんだ。足元がすごく寒い。あいつらこんなに寒くてどうして生きてけるんだ? 意味が分からない。
もちろん、特攻服も着ていない。
当然だ。
あたしはいま、どう見ても普通で普通な女子高生なのだから。
にやり、と自分でもわかるぐらい性格悪く笑う。
須藤はぷるぷると震えている。
近くを原付が走る音がした。
あたしの顔を指さした。
「そんなの、茜さんらしくない。あの時の茜さんはもっと不良らしくてもっと――」
あの時?
あたしはそれを須藤に問いただそうとしたが、それは叶わなかった。
なぜかって?
そりゃあ。
目の前で原付に乗った男二人――明らかにあたしと同じ種類の人間に攫われていったからだ。
去っていく原付を見ながらあたしは、この急展開に――まるで打ち切りのマンガの最終話一歩手前を見ているような気分になるのだった。
まあつまり。
どういうこった。