『不良がケンカしないでどうするんですか!!』『ケンカしたくてケンカするわけじゃあねえよ!!』
学校についた。
すでに三時間目の授業が終わっている頃だった。
ふむ、いつもよりは速めに学校に着いたみたいだ。まあ、長時間家の庭に不審者を住まわせるわけにも行かなかったからな。
ガラリとあたしが教室のドアを開くと、クラスメートの視線が一挙に集まる。じろりと睨み返すと、クラスメートの視線は蜘蛛の子を散らすように別の方向を向いていく。
そのはずなんだが、今日に限ってはそうはならなかった。
いや、視線はそれたのだが、いつもと違って散り散りにはなっていない。
一箇所に集中している。
方向はあたしの背後。
須藤車に向かっていた。
あたしの背後に須藤車がいる。あたしと一緒に須藤車が遅刻している。その事実に、クラスメートたちはにわかにざわめいた。
なんだなんだ。こいつそんなに人気者なのか。ストーカーなのに。
「クラスが騒がしいのははじめて見た気がするよ」
「つうか、お前。あたしと同じクラスだったんだな」
「え」
「クラスメートの顔なんて一々覚えてねえよ」
「他人に興味を示さない人生。実に不良らしくていいね」
「お前の手にかかればどんなものも不良っぽいことにされそうだな」
「いやいや、布令さんが不良らしいことをしているだけだよ」
褒められてるのか貶されてるのかよく分からない返答だった。
少なくともバカにはされてる。
そんなことを考えているうちに、ずかずかと音をたてながら女子が一人近づいてきた。そいつは須藤の腕を掴むと、困惑しているそいつの意志など知ったこっちゃないと言わんばかりに引っ張っていった。
去り際にあたしのことを睨んできたが、どちらかと言えばあたしの方が被害者なんだが。
見た目で人は判断できないって昔の偉い人が言ってただろうが。
肩をすくめて、あたしは自分の席へと向かう。途中にいたクラスメートは、あたしが近づいてくるのに気づくと喋るのをやめて、一挙一足を確認するように、ちらりちらりとあたしの姿を見てくる。教室内で理由なく暴れたりしないって。ケンカを売られたりしたら別だが。
「ねえ、須藤くん。大丈夫だった?」
「なにがだい?」
クラスメートによって無事保護された須藤は――あたしからしてみると、よくぞあいつと引き離してくれた。という気持ちしかないのだが――仲のよさそうなクラスメートに囲まれて、遅刻した理由について尋ねられていた。
まあ少なくとも、こいつが自ら、進んで遅刻するような状況にいたとは思えないだろうな。
「いやあ。ちょっとね。寝坊しちゃったんだよ。寝坊」
須藤はあはは。と笑ってごまかした。
さすがにストーキングしてたから遅刻したなんて、そんなことを言ったりはしないらしい。彼にも多少は、社会性というものがあるということだろう。素晴らしい話だ。
その社会性がストーカー行為に関してのみ麻痺するのはどこか作為的なモノを感じるが。
あたしは自分の席に深く腰をおろして、机の上に足をのせる。須藤はあたしの視線に気がつくと、ひらひらと手を振ってきた。
なんだその、付き合っていることを内緒にしているカップルみたいな行動は。
***
ストーカーはクラスの人気者らしかった。
まさか、どうしてこいつに人気が集まるんだ。『最近のデートスポットのトレンドは公園のトイレ! 洗われていないその鼻につく臭いは、二人の距離を引き寄せるのに最適!』って自信満々に言われてしまった時ぐらいの衝撃と嘘だろ!? っていう気分だった。
しかし、少ししてみればすぐ理由は分かった。
ストーカーは物凄く人当たりがよかったのだ。
頭がよく、人当たりがよく、顔がよい。
そりゃあ、クラスの中心にいてもおかしくはないだろう。
中心にいすぎて、ストーカーの周りにはいつも人だかりができていた。
人だかりしか見えない。ストーカーの姿が見えない。そりゃあ見覚えがないはずだ。見えないんだもの。
そんなやつがストーカーをやっているだなんて、誰も想像できないだろう。
よくいる『どうしてあの子がそんなことをしたのか。想像もつかない』というやつだ。あのストーカーは。
しかし、そのおかげで学校内で付き纏われることはなかった。
あいつ自体が、他のクラスメートに付き纏われているからだ。そのまま、付き纏われることの鬱陶しさを理解して、ストーカー行為をやめてくれたら御の字なんだけれども、まあ、そんなうまく行くはずはなかった。
その程度でやめてくれるのなら、もっと前からやめているはずだ。
あいつが再びあたしと接触を試みてきたのは、昼飯の時間になった頃だった。
あたしは弁当派でも食堂派でもない。購買でパンを買って教室で食べる派だ。
屋上で食べることもあるんだが、二日連続で屋上で食べていたから、今日は教室で食べよう。そう思っていたのだが。
教室に戻り、自分の机を見たとき、あたしは三日連続屋上でもいいかなあ。という気分に陥った。
なぜなら。
あたしの机の前に、ストーカーが座っていたからだ。
あたしの机の上に、弁当がある。コンビニ弁当だ。いつのまに買ってきたのだろうか。
いや、気にするところはそこじゃあないか。
そこじゃあない。
すごく自然に、それが当然だと言わんばかりに、あたしの机の前を陣取り座っているところを気にするべきなのだ。
更に言えば、このまま一緒に弁当を食べようとしているあいつの頭にも言及したい。
え、なに。最近のストーカーってそこまで積極的なの? もっと離れた場所からちらちら見てくる感じじゃあないの?
屋上に逃げようかと、須藤の姿を認識した瞬間、あたしは考えたのだが、逃げられなかった。
須藤があたしを見ているからだ。
まるで廊下の壁に阻まれて、あたしの姿を視認することができない頃からあたしのことを見ていたかのような目立った。
こええよ。
ともあれ、逃げられないことは分かった。
しぶしぶながら、あたしは自分の席へと戻った。ストーカーの元へと自分から向かう被害者。新感覚。そうでもないか。
自分の席に近づいてみると、須藤が弁当以外にノートと教科書を開いているのに気がついた。
世界史の教科書だ。
「なにやってんだ?」
「次の授業の予習だよ。昨日は夜遅くまで外にいたから、勉強できなかったからね」
「夜遅くからあたしの家に張り込んでたのか……」
「なにやってんだ。と言えば僕のほうにもあるんだけど……自分で書いに行くんだね」
須藤の視線は、パンを握っているあたしの手に向いていた。
ああ。と、パンを持ち上げながら答える。
「別におかしくはねえだろ。購買のおばちゃんが出張販売でもしてくれるのか?」
「いや、舎弟とか使いっぱしりにいかせるものだと」
「そんなのいねえけど?」
あたしがそう答えると、須藤は驚いたように目を見開いて、プルプルと体を震わせた。
なんだ。なにか変なこと、あたし言ったか?
「舎弟が……いない?」
「いない。そんな『舎弟にしてくれ!』なんて言ってくるやつ。よほどの底辺ヤンキー学校でもいないぞ?」
これもまた、時代遅れで時代錯誤の話なのだろう。
不良は古臭くて、ヤンキーは古めかしくて、舎弟は古びた体制なのだ。
あたしが背負う特攻服も、今じゃあ天然記念物だ。あたしが着るのをやめたら生産中止しちゃうんじゃあないか? まあ、さすがにそれは言い過ぎかもしれないが。
「茜さんってもしかして。ファッション不良?」
「誰がファッションだよ」
失礼なことを言ってきやがる。
確かにあたしの服装はファッションだと言われても遜色ないぐらいに不良不良めいているというか、ファッション感にあふれているけれども、あたしは心の奥底から不良だぞ。産まれたときから……いや、それはさすがに冗談だけど。
「つうか、もしファッションだったとしたらケンカしたりしないだろうが。クラスメートにこんだけ危険視されもしないだろうし」
あたしは周りの席を確認する。
周りの席は、わざとらしいまでに空いていた。みんな、あたしを避けているのだ。
まあ、そういうものだ。反対の立場であれば、あたしだって避けていた。
「ケンカ」
「なんだよ。女の子はケンカしちゃいけないってか?」
「いや。言わないよ、そんな女性差別」
ケンカしちゃいけないが女性差別って。
まあ、言わんとしてることは分からなくはないけど。
「それにもし」
もし。
と須藤は言う。
「もしもあなたがケンカしない人間であったら、僕はあなたを好きになることもなかっただろうしね」
「はぁ?」
「不良なあなたが好きなんですよ。僕は」
「ストーカーに付きまとわれる義理はねえけどな」
「はて、ストーカー。なんのことかな?」
「しらばっくれるな」
話してるうちに昼休憩ははやくも終わってしまった。
いつのまに。