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紡がれ織られた船の彦星

作者: 風連
掲載日:2016/02/25

船旅も変わる。

ちっぽけな地球を置き去りに、火星から木星の衛星に向かい、そのまま外宇宙に向かうツアーだ。

船は腹を常に、太陽に向けているから、夜の中を走っている気分にはなれるが、防御フィルム越しでしか見られないし、覗いた宇宙の色は変わらない。

その上何故だか、太陽を見すぎると、宇宙酔いが発生した。

1日5分以上見ないで下さいの注意書きが、太陽側の窓の下にベッタリ貼ってあるくらいだ。

もちろん、危険を知らせるアラームも鳴る。

初めの2、3日を過ぎれば、太陽への興味は失せるから、宇宙酔いをしたのを見た事はない。

藍色に幾つもの虹を重ねた様な空間が広がり、そこかしこに星が光る。

月の中継基地で、宇宙の旅に身体を慣らしてからだったので、もう3ヶ月が過ぎていた。

弱い磁気を発生して、頭に集まる血液や体液を、循環させる特殊な防護服を着させられ、色んなルールを叩き込まれる。

大昔の船乗りみたく、板の下1枚は、地獄なのだと。

元々地上で、軍隊式の訓練を受けてはいたが、宇宙は勝手が違う。

こんな苦労してまで、このツアーに参加しているのは、まあ半分好奇心、あとは栄誉と義務かな。

軍人や宇宙飛行士も、もちろん乗ってるが、民間人を乗せての外宇宙旅行が、肝心なのだ。

つまり、誰でも行けるって言う、幻想を与えるのだ。

そんなの、あり得ない。

確かに肩書きは民間人だが、選ばれた一部の人間なのは、隠せない事実だ。

こんな船旅に出るのだから、皆、性格適性検査の上位者だし。

懐疑的なのや悲観的なのが、出てくるには、この船は小さすぎる。

ボンヤリ、薔薇色の星雲を見ていると、同い年の山縣俊哉やまがたとしやが、手にお茶のパックを持って、隣の椅子に座った。

全員もうすっかり、知り合いなので、堅苦しさもない。

健三けんぞう君は、何か飲む。」

いや、いらないと手を振る。

「香りの無いお茶だし。」

「そうかな。

僕は薄っすらここの匂いを感じるよ。

ザクロを薄めたみたいな。」

ここの人工重力は、月の半分以下で、重力を調整している食堂以外での飲食は、パック入りと、決まっていた。

外の景色のせいか、温かい物が飲みたいが、熱い飲み物は贅沢品だった。

火星に寄れば、ホッと一息つける。

「俊哉君は、鼻が良いんだね。

僕は、果物の匂いは感じないんだ。

なんだか鼻の奥に、アルミでも、張り付いてる気分なんだよね。」

パックの中身が飲まれていく。

「そうなんだ。

昭久あきひさ君は、猫の匂いが時々するってさ。」

「あり得ないよ。

生き物の匂いなんて。

ふざけてるだけだよ、多分。」

自分自身の匂いじゃないかと思ってしまうが、本当にない話。

新陳代謝をコントロールしていて、10日に1度、全身のクリーニングが義務付けられていたからだ。

ここには猫はいないし。

「起きていられるの、木星の衛星までらしいよ。」

「うん、知ってる。」

「健三君は、箱も知ってた。」

「箱って、なんの。」

「命の箱、入れ物だよ。」

俊哉の眼が煌めく銀河を映す。

広大な空間で、動いていない様に見えて、この船は確実に進んでいるのだ。

長期冬眠ロングスリープ用の個室の事。」

俊哉が大きくうなずいた。

「それそれ。

個室か、その呼び方の方が、優しく感じるね。」

飲まれたお茶パックは、リサイクルボックスに吸い込まれて消えた。

「僕らの部屋じゃ、あれを命の箱って、呼んでるんだよ。

高級食材みたく、緩衝材かんしょうざいにぴっちり包まれて、配達先まで、寝てくからさ。」

想像して笑ってしまった。

前にかぼちゃほどもある、デカいイチゴをもらった事があった。

十重二十重に包まれてったっけ。

食べきれなくて、肉料理のソースに使ったほどだ。

味を思い出したけど、匂いは金属臭に負けて、再現出来なかった。

「うん、健三君の個室って呼び名の方が良いから、僕の部屋でも、流行らせなくちゃね。

何せ、火星まで、3日だし。」

俊哉は目標にポジティブに向かうのが好きらしいが、なんとなくズレてて面白い。

館内放送が、夕飯を知らせてくれる。

「行こう、冷めちゃうからさ。」

それは大変だ。

温かい食べ物は貴重なのだ。

外の宇宙を見ていた窓をモニターに切り替えると、山の稜線を夕焼けが染めている景色が映し出された。

誰の故郷というわけでもないが、なんとなくホッとする。

軽く立つと、手足を使い、空間を進む。

力の加減で早くも遅くも出来るし、やりたければ逆さまで進める。

天井や横壁を、歩くのがいっとき流行ったが、出入用のタッチパネルに遠いため、今はすっかり廃れていた。

乗ってから知ったが、この船には、補助的ハシゴはあるが、階段と、いうものは存在しなかった。

まあ、業務用エレベーターがあるから、ハシゴ自体使わない。

少し床を蹴って、ゆっくり進むのが、無駄もなく楽だった。

食堂に入ると、身体が少し縮む気分を味あえる。

これが、最初は楽しい。

歩くという気分を再認識出来る。

食事はグループわけされてるから、俊哉とは、ここで別れる。

パックをもらい、席に着く。

不思議と、いただきますを全員で言ってからの食事時間が楽しい。

トレーに乗せられて、パックをされてるが、味はなかなか良い。

丸印にナイフを刺すと、そこから避けて丸まって、トレーの端っこに、上のカバーは収まる仕掛になっている。

ふんわり、肉や米の匂いがする。

さすがにこれだけ温まってると、鼻のアルミに勝つのが嬉しい。

バターの匂いが食欲をそそる。

無味無臭だが栄養学的には満点のりんごや大根に似た野菜達はグラッセになって味付けされている。

決められたカロリーを取ることも大事だけど、食事自体が楽しみなので、残すこともない。

のんびりした旅行気分が味わえるのは、食事時間と休み時間ぐらいで、後はカリキュラムがギッシリ組み込まれているのは仕方ない。

動く海兵隊育成場と言ったのは、隣で、早くも完食している、野元英明のもとひであきだ。

このテーブルでは、1番身体がデカいし、代々軍人の家系だ。

鍛え方が違うけど、それを鼻にかけることもない。

訓練の意味なんかをわかりやすく教えてくれるので、僕達のグループは、中々成績が良い。

スープもつくが、珈琲が、楽しみなのだ。

色んな穀物の入ったクッキーと食べると、美味い。

食べ終わったら、トレーはリサイクルボックスに、入れる。

俊哉が、夜の自由時間に遊ぼうって、誘いに来た。

俊哉達のグループと運動場に行く事になった。

重力の影響を受けないので、空間を全部使って遊べる。

で、ドッチボールなんかが流行ってるんだ。

ただし、足は使わない。

何もしなくても、軽く浮く。

なるべく手だけで、移動し攻撃

し逃げる。

足で蹴れない分、スピードも反射も遅いから、頭を使わないと、たちまちゴムボールの餌食だ。

もちろん汗が出るが、防護服自体が吸い込むし、部屋の湿度や温度も調整されている。

湿度の元になる水分は、空気からも巡回され、再利用に使われている。

ひとしきり暴れたら、火星の話で盛り上がる。

火星のプールで、泳いだ事のある、桐原尚也きりはらなおやに根掘り葉掘り聞いて、盛り上がった。

ジャグジーがあるらしい。

みんなでモニターを消して、外の宇宙を見る。

モニターの矢印の方向に火星が映し出されていた。

「あれってなんだったんだろうね、ホラ、紅い火星の砂漠。」

俊哉君がつぶやいた。

「うん、昔の映像の火星って、砂漠ばかりだったらしいよ。」

いつの間にか、今は貴重な火星の砂漠ツアーに行く事になった。

火星での重力になれた1週間後、待ち合わせの駅にやってきたのは、俊哉と英明の2人だけだった。

「おはよう、あれまだ集合してないんだ、みんな。」

俊哉が首を振る。

「家族が急遽来ててさ、今日は来られないんだよ、みんな。」

アッと思った。

「甘いだろう。

我が家なら、鼻で笑われるさ。」

英明ちは、特別な気もするが、小さい子達もいるから、仕方ない。

英明で13歳、僕達は12歳で、グループでは、年上だったし。

他のグループより僕達の方が平均年齢が低かった。

「予約してるし、行こう。」

うなずいて、3人で出かけた。

3駅目で降りると、砂漠の一部が見える。

山脈の切れ目からあの有名な紅い砂漠が見える。

鉄分が多いために砂が紅いってのは、都市伝説で、単に赤土の砂なだけなのだ。

そこから、一悶着ひともんちゃく

サンドカー2台のうち1台は、キャンセル出来たが、積み込む備品は、12人分になってしまった。

幸い人数が減ってたので、積み込む場所は確保された。

2台で砂漠に行って、一晩過ごす予定だったのだ。

「ナビゲーションに入力終わりました。」

積み込みとナビの調整が終わったから、出発だ。

サンドカーがホコリを巻き上げ、砂漠の入り口の門に向かう。

居住地側はグルリと砂よけのシールドに囲まれていたので、特殊な門を抜けてから、砂漠に入る。

昼間用の眼鏡で眼を保護しながらだが、砂漠の広さに感動した。

今の地球には、海辺にわずかな砂浜しかない。

徹底した緑地化で食料を得ていた。

この火星でも、入植者の努力で、砂漠は半分以下になっているらしい。

ギラつく外気温が入ってこないから、快適な旅だ。

モニター画面に、マスコットの火星タコが現れ、注意や使い方を教えてくれるので、心配はないが、思ったより、砂漠は広い。

その上、岩山やがれきの部分もかなりある。

砂から30センチほど浮いて、サンドカーは砂漠を滑っていった。

補助椅子を出せば、8人乗りになって、二つの仮眠室が付いている。

今は、固定されてる四つの席に3人で思い思いに座っている。

降り注ぐ太陽の光もなんとなくオレンジっぽい。

「火星の黄昏たそがれの都って、読んだことある。」

俊哉が聞いてきた。

「図書室の本は大体読んだけど、あったかな、そんな題の本。」

英明が知っていた。

「俊哉君、それは無理だよ。

あれは船の図書には、入ってないんだ。」

「なんでだろう。

だって、健三君って、はら家の血筋なんでしょう。」

「それって、母の実家の事かい。」

俊哉がうなずいた。

「だから、あれは、今は読めないんだよ。」

英明はこの話を切り上げたいらしいが、俊哉は離さない。

原直隆はらなおたかの、絶筆ぜっぴつだったし、かなり話題になったんだけど、電子版にはならなくて、本で持ってないと読めないんだよ。

身内なら読んでるかと思ったんだよ。」

本当に知らない健三は、好奇心が止められなかった。

「それって、なんかに引っかかったからなのかい。

法律とか倫理とかさ。」

俊哉が首を振る。

「怖い話だからさ。

読んだ人が変な夢を見てうなされるって、事例があったらしいよ。

ひもの夢を見るんだって。」

「紐って、なんだ、それ。」

「まあまあ、ない本の話は健三君が、家の人に聞けば解決するからさ。

砂漠の旅を満喫まんきつしょうよ。」

英明の言葉に、俊哉もそれ以上は、突っ込んで来なかった。

それでも、紐の話は何か引っかかる。

螺旋らせんの紐、ねじれた紐、絡まり丸まった紐。

あまりにボンヤリした思いで、まとまりがつかない。

ボックスの中のお弁当を食べたりしてるうちに、本当に周りに砂しかない場所に来た。

太陽は傾き出し、薄い水色の空の下側に、ピンクの細い線が現れ出していた。

砂漠の夕焼けはすごい。

みるみる赤くなり、一気に染めていき、砂漠に黒い影をはわせる。

砂漠の稜線に色を残しながら、薄い水色だった空が黒くなって行く。

太陽がすっかり沈むと、空は黒から藍色に衣替えをする。

そして星が瞬く。

地球よりずっと宇宙に近い感じがするから不思議だ。

「この夕焼けだけでも来てよかったよな。」

英明が、深いため息をもらす。

「綺麗だ。

外に出られないのが残念だね。」

天井全部で、砂漠の夜を堪能しているのに、俊哉は貪欲だ。

「貴重な砂漠のトカゲや蜘蛛なんかを踏んづけたら困るからね。

開拓時に絶滅したのもいるって話だよ。」

「知ってる。

火星の砂漠に足跡をつけちゃ駄目なのも。

こんな立派なサンドカー、地球にもないよ。」

残念そうに俊哉が大きな伸びをした。

山ほど積んできた食料を食べるのにも限界はある。

たらふく食べたから、眠たい。

英明がまだ空を見ているというので、僕と俊哉は仮眠室に入った。

補助椅子を出せば、簡易ベットぐらいにはなるから、心配はいらなそうだ。

ナビの火星タコと英明を残し、アッという間に、寝てしまった。

起きると、夜明け前だった。

英明は椅子を使って足を上げて、寝ていた。

起こして、空いたベットに入ってもらった。

艶めく黒い砂漠を、一筋の明かりが、稜線の1番低い場所を破ってくると、空に色が戻り、オレンジの太陽が出てくる。

サンドカーのカバーを、火星タコに頼んだ。

朝の光は強烈なので、モニター越しに外を見る。

紅い砂漠の上を、太陽に照らされた僅かな朝露が揺らめいている。

やがて俊哉も起きてきた。

昼まで居て、サンドカーは、引き返すプログラムをしてあるから、のんびり過ごす。

何事もなく、ツアー会社に帰ってきた。

食べきれなかった弁当の処分を頼み、その分を、上乗せしてカードで払った。

行けなかった子達の親から、割り勘の料金は振り込まれていたから、あんな凄い夕陽と朝陽を見られた僕らはかなりの徳をした。

出発の期日が迫り、みんな船に帰ってきた。

色々な事情で、火星まで来られなかった家族は三分の一ほどいた。

英明は軍人一家で、父親も兄達も任務についていたし、他の身内はいない。

俊哉は、暗殺されたジャーナリストの息子で、家族は逃げてるらしい。

たまたま、この船に乗っていて、俊哉自身は誘拐を免れたと、言う。

僕は、今まさに選挙中の現役大統領の、6人兄弟の5番目だった。

上に兄2人姉2人がいて、まだ幼児の弟もいる。

考えたら、俊哉にも姉が2人いた。

後、来られなかったのは、身内のいない者や、病気の者やなんかだった。

そんな時、面会者がやって来た。

従兄弟の原直和はらなおかず、テレビマンだ。

インタビューを受けさせられたから、半分仕事だったけど。

俊哉は、従兄弟の肩書きを知ると、雲隠れした。

従兄弟と健三は、ホテルに、向かった。

船でのインタビューは許可が下りなかったのだ。

それぐらい急だった。

30分ほどで、インタビューと写真撮影が終わった。

「小さい頃の面影が、あるね。

遊んだの、覚えてる。」

いや、と首を振った。

まるっきり覚えてない。

「あ、でも、シマシマのシャツ着てたお兄さんと遊んだ事あったけど。

男なのに、折り紙したんだよね、たしか。」

「それ、兄の直隆だ。

遊びに行った時、シマのシャツ着てたし、折り紙で、カブトムシ折るのが上手かったんだよ。」

カブトムシを覚えている。

「良かったら、もらってもらえるかな。

これを入れて、3冊しか残ってないんだけど。」

手渡されたのは、《火星の黄昏の都》だった。

「これを使えば、センサーに引っかからないよ。

文庫本が入る、古臭い外見のケースも、渡された。

「こうやって、持ってきたんだけど、兄の本が消えてしまうのを、どうにかしたいんだ。

なんで、こんなに嫌われるのかわからない。

紐の夢を見たって言う人は、ほんの数人で、なんの確証も取れてないのに。

読まなくていいから、この本を助けて欲しいんだ。」

熱意に負けて、断れなかった。

押し付けられた禁書を抱いて、船に帰ったが、本当にすんなり乗り込めた。

火星から飛び立ち、木星の衛星基地に、立ち寄る。

外宇宙に出る前の最後のバカンスだ。

ここまでは、ネットで特集が組まれていたから、流れた映像を地球で観ていることだろう。

長期冬眠ロングスリープに入ったら、本を読む暇はない。

貨物用エレベーターの脇の物置部屋にコッソリ忍び込み、あの本を読む事にした。

ストーリーになんの不思議も変なところも無い。

火星の恋人達の話で、砂漠が細かく描写されてるぐらいしか特徴がなく、紐なんて1本も出てこない。

その上、短編集なので、題名の話は本当に短かった。

森を歩く老人の話や木に宿る力を話す蝶の話なんかの方が、ずっと面白かった。

薄い本に5編の短編が収められた本はあっという間に読み終わり、期待を裏切られた気分で、自室に戻ってきた。

本は、あの場所に隠してきた。

1日、基地内のショッピングモールで、3人で遊んだ。

あの砂漠ツアーから、仲間意識が高くなっていたからだ。

それでも、本の話はしなかった。

単純な話、なんの感動もなかったから、話題にする気にもならなかったのだ。

夢も見ない。

なんの実害も無いただの本だったのだ。

長期冬眠ロングスリープ前には、食事制限が行われる。

少年達は、食べたい物を食べ、遊びたいように遊んだ。

アラームが終了を知らせた時にはクタクタだった。

ゲームセンターやロッククライミングの壁や派手な電飾のダーツにボーリング。

小さな室内遊園地で全ての乗り物も制覇していた。

健康志向の健三も、綿菓子やポップコーンなんかを食べたし。

舌が青くなるカキ氷や輪投げまでした。

レトロタウンと言われる衛星の基地は、それなりに楽しかった。

今流行りの無重力サーフィンなんかの遊びは、わざわざする事も無いし、まだまだ十代の少年達だったのだ。

長期冬眠ロングスリープは、あっけなく始まった。

健三は、夢の世界にいた。

二本の紐が海の中を漂う。

お互いに相手に寄り添うが、交わることはない。

クネクネと絡み合いながら、海の中を行ったり来たりして月日が流れる。

片方の紐が触手を生やし、もう1本の紐に絡まると、もう1本も触手を生やした。

朝顔の蔓のようだが、海には絡まる添え木は無い。

おたがいがお互いを支え合って、二本の紐は、ひとつの形に落ち着く。

その飢えにも似た葛藤は凄まじかった。

ボンヤリ生きている別の生き物の中で、分裂を始めた。

宿主はブヨブヨのデキモノを抱え、病に苦しみ異形に変形して死んだ。

紐は諦めない。

分裂を繰り返し、宿主を探す。

原始的な生き物を紐の欲に合うように、変形させ次々と多様化した生き物を作り上げていく。

紐だけでは、長く生きられない故の、寄生であり乗取りだった。

とり憑き、喰い荒らし、増殖を繰り返す。

その繰り返しの中、安定した生き物が生まれ出した。

紐は、その生き物の細胞の一つ一つに寄生している。

小さな細胞膜に収まりつつあった。

何億年もの時間旅行が終わり、紐が地球の全ての生き物の中に収まった。

そして、自分の運命も。

《それが紐の夢、僕らの歴史だよ、健三君。》

頭の中で、俊哉の声が響く。

《進化と絶滅の狭間が生き物の歴史だろう。

僕らは種まきの種さ。》

周りを見ても、俊哉は、いないが声だけは伝わってくる。

《僕らは、長期冬眠ロングスリープ中だろう。

話なんて出来ないはずなのに。》

《僕は、火星の黄昏の都で夢を見た一人さ。

いや、この船の少年達は全員、紐の夢を見たんだよ。》

ゾッとした。

《間に合ってよかった。》

《なんで、何がさ。》

俊哉が含笑いをする。

ふふふと、笑いが漏れた。

《紐は、すごいだろ。

僕らはもう一回、紐になるんだ。

そして、まかれるんだよ、今から行く星にさ。》

《そんな馬鹿な。

あれをもう一回するのに、何千年もかけるなんて。》

《あの本には、紐を活性化させる秘密の言葉が隠されているだ。

僕のお父さんは、知らなくて良いことまで知ってしまい、僕を船から助けようとして、亡くなってしまったんだ。

どのみち、ハタチになる前に身体が崩れてグズグズの肉の塊になって、紐が流れ出してしまう運命だったのに。

健三君は、五歳の時1番最初に覚醒してたんだよ。

幼すぎて、忘れちゃったみたいだから、英明君が知らせて、本を持って来てもらったんだよ。》

眠ってるはずだが、ここから逃げ出したい。

《ねぇ、卵が先か、鶏が先かって問題知ってる。》

能天気な俊哉のなぞなぞにイライラする。

そんな子供だましの話なんて、考えたくもない。

《もうすぐ、僕らはその答えになるんだよ。

生きとし生けるものの、進化と成長を助ける、紐になるんだ。

そして、ここの生き物を、僕らが生み出していくんだ。》

もう我慢が出来ない。

《そんなんで、良いのかよ。

お父さん、殺されたんだろう。

こんなわけのわからない紐の夢だか野望だかに振り回されて。》

怒りをぶつけても、実体がないから、自分に言ってる様だ。

《健三君、ここは君の思ってる様な個室じゃないんだよ。

とろけた液体とみんなの紐が漂うタンクなんだ。

たまたま相性が良くて、今はまだ話せる様だけど。

僕らは何千億、何万億もの紐になってるんだ。

もうすぐ、あの星の海で泳げるんだよ。》

健三の意識は混濁し、本当の夢の中に沈んで行ってしまった。

《僕ひとりか。

意識が残ってるのは。》

俊哉がバラバラになっていく紐のひとつから、健三の残りを感じていた。

英明はもうずっと前に、紐の中に消えていた。

選ばれた少年達は、その原始の海に生命の爆発を起こすため、船から淡々と注がれていくのだった。

今は、ここまで。

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