南田さんと北山君
南田さんと北山君
男と女の友情なんて、基本的には信じていない俺だけど、こいつだけは絶対に恋愛に発展しないと言い切れる女性というのがたまにいる。
そうはいっても学校の卒業やら、相手の結婚やらでだんだんと付き合いはなくなっていく。
そんな中、もちろん外見の好みだとか、そういうこともあるけれど、こう……たとえ、記憶を失っても、何度生まれ変わっても友人になりたい女性とでも言うべきか。俺にとって南田はそういう奴だ。
そんなわけで、なぜかこいつだけは女性のなかで唯一自分から連絡を取り続けている。最近は年賀状くらいだが。向こうからの連絡も途切れないから、別に嫌われていることもないだろう、程度の付き合いではあるけれど。
話がある。
このメール一本で、南田はさっさとやってきた。店と時間を決めて。この行動力にはいつでも感心する。さすが、学生時代のあだ名が台風南田。
「そういえば、忘れてた。結婚おめでとう。」
酒の席で、食べ物がそろって、俺は思い出したように言った。ハガキで結婚しました、とあったが写真もなくただの報告に、南田らしいなぁと思ったものだ。
「ありがと。で?話って何?」
この直球さも相変わらずだ。
「南田、セクハラじゃなくて、子供は?」
これ聞けるのも相手が南田だからだろう。
「いないよ。そのうち欲しいけど。どうしたの?」
「いいなぁ。こっちはふられた。」
俺はため息をついた。
「結婚前提、断られた。」
「話ってそれか!そして、またか!」
「もうさぁ!何回もやっちまってさぁ、いっそ先に子供が出来ました、じゃあ結婚しよう、責任とるよ、の 道しかないのか?俺の何が悪いんだ?まだ彼女が出来て、たったの三カ月しかたってないんだぞ?」
「そのハンサムな顔。遊んでいそうなその顔!それに子供が先にできても、結婚してくれるかどうかは別だからね?」
「やっぱり?」
俺はため息をついた。
「私の友人は、女性だけど、子供が出来てそれを四年以上付き合った彼氏に伝えたら、「じゃあ結婚しよう」って言われて、断ったの。」
「なんで?え?なにが?」
俺は目を丸くした。俺は今、同じセリフを言ったような気がする。
「じゃあ、って言い方が気に入らなかったって。」
「えええ?そういうもん?」
「らしいわ。何年もプロポーズを待っていたはずなのに、その一言で嫌になったって。「じゃあって、何?偶然子供が出来なかったら、あたしと結婚する気はなかったってことでしょう?あたしは、あたしと赤ん坊と両方を愛してくれる人と結婚する。義務なんかで結婚しようする人のために人生を無駄にしたくない!子どもの人生に係わってもいいけど、私の人生には嫌。」って。そのまま、ご両親と一緒に田舎に帰ったわ。」
「いや、えええ?」
「まぁ、彼女は優秀だし一人でも子育ては可能だけど、そこに彼女の両親が付いていてくれるから、さらに問題もないんだけど。」
「そ、その男は?なんにもしなかったのか?父親だろう?」
「いま頑張って、連休ごとに彼女の田舎に帰って説得中だけど、なんせ私の友人だから。」
南田はため息をついた。俺は見たこともないその男に少し同情を覚えた。
「偶然、子供ができても結婚は無理かなぁ。だけど顔の出来は俺のせいじゃないから!親からの遺伝子だし!俺にだってコンプレックスくらいあるよ?女の子たち、誰だって言うじゃん!イケメンっていいよねぇ!って。実際、どうよ?遊びに誘っても、みんなでって言われるし、デートに誘っただけで遊び決定って言われるし、運が良く彼女ができても他の女性と話しただけで浮気を疑われるし、結局振られるんだぜ?相談しようにも同性の友達はできないし、後輩に話しても自慢ですか?って嫌みは言われるし!上司には『モテると、選び幅があっていいよな~』って嫌みを言われるし!南田!お前だけだ!どうにかならんのか!」
「ならんよ。」
はぁーっと俺は深い溜息をついた。
「わかってる。どうにもならんのは、わかってるよ?かといって、不細工に整形してもなぁ。」
「ねー。私も北山に会うまではハンサムって女の子なんか選び放題でモテまくって人生幸せなんだろうなぁ……って思ってたけど、そうじゃないことがよーくわかった。」
「だろう?わかってくれる奴っていないんだよなぁ。」
確かに、俺はモテる。学生時代から何もしなくても女の子たちが傍にいた。ラブレターもおやつ攻撃も、弁当ももらったし、物がなくなるのもよくあることだ。
中学も高校と卒業式後には制服だけじゃなくシャツのボタンまで消えて、ジャージまでくれという子がいたくらいだ。
その代り、やっかまれて同性の友人には恵まれなかったが。俺の顔の良さを利用しようと近づいてくる人が多かったことは否定できない。
高校時代、南田はきっぱりと言った。
「そんなの、友達って言わないよ。」
結局全学生時代、二人しか本当に友達と呼べる奴はできなかった。そのうち一人は高校卒業とともに留学し、そのまま海外にとどまっている。
もう一人は、たまに会うけれど結婚して子供も双子で正直な所、自分と遊ぶどころではない。羨ましい話だ。
だったら彼女に恵まれるかというと、彼女も長くは続かない。彼女から、振られる。昔はたくさんの友人が欲しかったが、今は長持ちする彼女が欲しいと切実に願っている。
おそらく南田以外の女からは誰からも信じてもらえないが、交際を断ったことはあるが、彼女を自分から振ったことは一度たりともない。断じてない!
別に美人じゃなくてはいけないなんてことはない。もちろん、自分の好みの子ではあるけれど。
しかし、俺の隣にいるとどうも自信がなくなっていくようで、俺がどんなに好きなんだと説得しても彼女たちは去っていくのだ。
「別れてほしいの。」
「なんで?」
俺は目を丸くした。そしてまたか、の思いが。
「あなたの彼女でいる自信がないの。」
「誰に何を言われたか、知らないケド俺は君が好きだよ?」
「ごめんなさい。」
だいたい、似たようなセリフで振られるのだ。
「いまでも、私は後ろから冷たい視線を感じる。」
「ん?」
急に南田が言う。
「こうして二人で飲んでいるだけで、店内の女性たちからは冷たい視線が来る。『なんであんな女?ブスじゃん。』『遊ばれているのがわかんないんじゃない?』『結婚しているくせに男と二人なんて、だらしのない女』たまに、『男の方が趣味悪いんじゃない?』って思われている、とみた。」
南田は深く溜息をついた。
「思ってないって。」
「わかってないなー。女の敵は女なの。だから、歴代の彼女たちは去っていくのよ。私もフリーなら、できれば二人は避けたいわ、トイレとか行きたくないもの。」
「トイレ?行きたいときにいけばいいだろう?」
南田は指を振って見せた。
「もう一度、言う。わかってないなー。女性のトイレがどれだけ針のムシロか!『見た?ハンサムの連れている人の女の顔!あの服!あのセンス!』ってこそこそ嫌みを言われるよの。たまに、面向かって言う女もいるけど。」
「……まじ?俺のことも彼女のことも知らないのに?」
俺はぞっとした。しかし南田は眉一つ動かさずに、言った。
「そんなもん、普通よ。」
「……お前も言う?」
「私は顔も知らない人に興味はない。」
南田はきっぱりと言った。
「女ってこわっ。しかもトイレ……。そんなところで言われたら、男はどうしようもないもんな。」
俺はため息をつく。
「いっそ、女なら誰でもいいって短い期間、遊びで付き合えたら、いいんだろうけどなぁ。」
「そしたら、ホントにより取り見取りね。人としてはどうかとは思うけど。私は、北山の友人やめるけどね。」
「でもなぁ、そうじゃないんだよ。好きでもない相手と寝たいなんて思わないし。俺も幸せになりたい。奥さんとか家庭とかほしいんだけどなぁ。無理かなぁ。この間なんか、部下の結婚式に呼ばれたんだぜ?いいなぁ、子供ももうすぐだって。」
「まぁ、北山の場合は難しいだろうねぇ。甘めの顔だし、そこそこ身長はあるし、細目だから見た目は良いもんね。イケメンだよ。見ている分にはいいんだけどねぇ。」
「中も評価しろよ!中もいいって!」
「いやたぶん、中は普通だと思うよ。でも見た目だけで期待値が上がりそう。」
「お前のいいところはハッキリ言ってくれるところだよ。」
俺はため息をついた。
「いっそのこと、外国人に手を出すしかないんじゃない?」
「ねぇちゃんの旦那、アメリカ人なんだけど。」
「ほう?初めて聞いた。美人さん?」
南田が目を丸くした。
「俺にとっては凶悪な姉でしかないけどな。顔はいいんじゃない?だけどまぁ、毎日旦那はねぇちゃんのこと褒めてるよ。きれいだー、服が似合うだー、センスがいいとか、あれに慣れた外国人女性が言葉もいまいちできない俺と付き合ってくれるかね?」
「褒めればいいじゃない。減るもんじゃなし。」
「恥ずかしいんだよ、慣れてないから。」
恥ずかしさもあるが、別の理由もある。
「今日の洋服可愛いね。」
「洋服だけ?」
彼女がにっこり笑う。
「まさか、君はいつでも可愛いよ。」
「そう?」
「もちろん。」
彼女の顔が固まる。
「どうした?」
「なにかあるの?他に好きな人でもできた?別れたいの?」
「なんの話だよ?」
俺のあのときの目は予想もつかなかったことを急に言われたせいで泳いでいたのだろう。彼女の顔はこわばったままだ。
「わかったわ、別れましょう。さようなら。」
「待ってくれ!」
俺は悟った。たまに彼女を褒めるとろくなことがない。だが、会うたびに髪の長さや化粧の違いに気が付けるほど、細かい性格でもないのだ。
「まぁ、私も旦那にそんなに褒めてもらっても嫌だけどね。鬱陶しい。」
「だろ?」
「なにか高いものでも無断で買ったか?とか勘ぐるよね?」
「浮気とかは疑わないのか?」
南田はにっこり笑った。
「大丈夫。疑うのは時間のムダ。浮気がわかったら、絶対に別れる。一度たりとも、絶対に許さないから。やるときは覚悟してもらう。」
「……こわっ。でも、いいなぁ。旦那を信じてるってことだよなぁ。俺、彼女たちから信用がないのかな?」
「どっちもだと思うよ?」
「どういう意味?」
「彼女たちは北山のことも信用してないけど、自分のことも信じてないってこと。」
「……わからん。」
「つまり。北山は浮気なんてしない、だって自分のことが好きだし。私だって北山のことが好きだ、だから信じる!ってなる。ところが、自分に自信がないから北山の言うことも行動も信用できない、裏に何かあるんじゃないか?怖い。振られる前に別れてしまおう。って思っちゃうのよ。」
「それは……どうにもできないよな?」
「できないわね。彼女たち自身の問題だから。」
俺はまたため息をついた。
「北山は結婚や彼女を作る前に自分を信用してくれる人を捜した方がいいかも。結婚ができたとしても、毎日、浮気しているでしょ?って疑われて、束縛されても嫌でしょ。そんなこと、微塵もしてないのに。」
「それは嫌だ。……信用かぁ。」
「難しいけどね。」
「だよなー。」
「焦らずに、時間かけるしかないよ。人間歳をとったら、ハンサムかどうかとかあんまり関係なくなると思うな。デザート追加していい?」
「いいけど。俺も食う。俺、これね。でもさ、みんなが孫の話をしているかもしれないときに、独りぼっちかもしれないのが怖いんだ。誰からも信用されなかったらどうしようか。一人で寒い老後は嫌だ。」
「すいませーん。」
南田は手を挙げた。
「これ一つ。と、これを一つ。」
ケーキを指した。
「はい。」
ウェイトレスはにこやかに去った。
「北山はやっておくべきことは、一人でも生きていけるように家事とかを頑張り、ついでに老後の貯金もする、と。他には、お見合いでもしてみる?」
「それは、考えてる。」
「もう?」
南田は目を丸くした。
「いや、実際には行動はしてないよ?だけど、頭の隅にはある。見合いなら、顔もだけどそれ以外の情報も一気に見せることができるから話が早く進むような気がするんだ。」
「北山。」
「ん?」
ケーキがやってきた。
「お待たせしました。他にご用はありませんか?」
「大丈夫です。」
俺が言う。ウェイトレスはニコニコ微笑みながら去る。
「北山。」
南田がまた呼んだ。
「なんだ?」
「なんで、そんなに結婚したいの?」
「え?」
「結婚、イコール幸せになれる、じゃないからね?」
「……。南田は幸せじゃないのか?」
「幸せよ。でも、悩みがないわけじゃないし、なにかの話のラストみたいに、みんな末永く幸せに暮らしました、ってなるわけじゃないのよ。他人と暮らすんだし、他人の家族との付き合いもある、他人の友人との付き合いもある、子供が出来たら子供を通じての悩みも出てくるでしょう。いじめられたら?非行にはしったら?結婚してよかったかどうかなんて、死ぬ前までわからないと思うの。」
南田はケーキをザックリ刺した。俺もザックリ刺す。
「んー、うまい。」
「ねー。美味しいわ。ハイ、交換。」
「はいはい。」
俺は自分が食べた南田が自分用に注文したイチゴのケーキを渡した。向こうからもチョコレートのケーキが返ってくる。こっちが俺が注文した方だ。
「こうさ、何も言わずに話が通じるって楽だよな。デザートの最初の一口は相手のを味見する、とかさ。」
「うんにゃ、通じているんじゃなくて、これは歴史。」
「歴史?」
「そー。昔、やってみたことがある。別にお互いに文句も出なかった、だから今回も大丈夫。それの繰り返しよ。」
「でも、ある日それが嫌になることもある。そして歴史は崩壊する。」
「……こともあるかもね。」
「うちはさ、俺たちが子供のころに親が離婚してるんだよね。母親の浮気が原因で。さっき言ったねぇちゃんが母親みたいなもんだった。そのねぇちゃんも結婚したし、親父にも彼女がいる。結婚するかどうかは歳が歳だからわかんないけど。そんなとき、ふと思ったんだ。俺は?って。彼女ができても振られて、結婚前提もダメ、友達もいない、歳をとったらどうしようって。」
「結婚は、逃げ先じゃないわよ。」
「わかってるよ、俺だって一応は一生に一度のものだって思っているさ。でも、顔意外になにか問題があるんじゃないかって怖いんだ。俺だけ幸せになれないんじゃないか、俺だけ一人なんじゃないかって。誰からも愛されないんじゃないかって。」
「たぶん、それは北山だけじゃなくて、たくさんの独身の人が抱えていることだと思うよ。でも、誰もが好きな人と結婚できるわけじゃないだろうし、結婚とか彼女を作ること以外のことで小さくても幸せを見つけていくしかないんじゃないかな。」
「幸せかぁ。」
「そうすれば、それが顔に出るわよ。」
「顔ねぇ。」
「そうしたら、ハンサムなだけじゃなくて深みのある顔になるかもね。すぐには無理だろうけど。結婚とかはあきらめずに努力は続けるべきだとは思うけど、彼女がいればとか、奥さんになってくれれば、自分が必ず幸せになれる、って思いこみすぎないで、なってくれたら、ラッキーくらいに思っていくしかないんじゃないかな。」
「俺、重い男?」
「そうともいうかもね。」
俺はため息をついた。
「もっと早くに南田と話せばよかったかも。」
南田はふっと笑った。
「それは違うな。今だから、北山が聞く気になったんだよ。昔あったら、そんなことはないって反発したかも。」
「俺はお前が羨ましい。お前みたいに生きたいねぇ。」
「はははは。大抵はみんな北山みたいにモテる人生を送りたいって思っているもんだけどね。隣の芝はいつだって青いし、良く見えるもんね。」
「だな。」
俺はここの食事代は俺が出す、と南田の財布を押しとどめた。
「俺のカウンセリング費用だ。」
「カウンセリング?あんまり役に立ってないけどね。」
南田はにやりと笑った。俺も笑う。
「またな。」
「うん、またね。」
あっさりと俺は別れた。なんだろう、南田と話すとなんとなく楽だと感じる。
そして俺は思った。南田が友人で俺はラッキーなんだ。彼女に振られても、南田はまだ変わらずにはっきり言ってくれるだろう。そういう部分も俺の顔の一部になるかもしれない。そうしたら、自分の顔が嫌いにならずに済むかもしれない。
信用できる人を捜せと南田は言っていたが、俺はもう見つけている。南田は友人だけど。そして一人見つけられたなら、きっと彼女でも見つけられるだろう。
俺はふと振り返った。南田はまっすぐに人ごみの中を歩いている。あんなふうになりたいと、俺は両手をあげて伸びをした。




