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マホロバ堂書店でございます  作者: 木下秋
夏目、書店員になる
8/33

本屋のお仕事 ⑥

 そうして十二時まで本を整理したり、表紙をモップで撫でて過ごし、休憩に入った。

 バックヤードでコンビニ弁当を食べていると、中田さんがウォーターサーバーのお湯でコーヒーをつくってくれて、「インスタントだけど」といって渡してくれた。

 ありがたい……! 温かなものを胃にいれるだけで、こんなに元気がみなぎってくるとは。緊張も、ゆっくりほどけていった。



「アイちゃんはちょっとお仕事があるからね。レジは、わたしが教えてあげる」



 小川さんは仕事用なのか、赤い太縁フトブチのメガネをかけて、髪は後ろでまとめていた。コートで朝は見えなかったけど、上にはざっくり編みのカーディガンを着ている。薄い黄色で、少し大きめ。袖にはシュシュをつけて、肘あたりまでまくっている。その上に、みんなお揃いの紺色のエプロンを着ていた。



「今日はこっち。レジ側。わたしは袋に入れたり、カバーをかけたりするからね」



 「まずは挨拶」。小川さんは続けた。



「説明するまでもないとは思うけど……『いらっしゃいませ』。『お預かりいたします』って言って、商品を受け取る。レジにピッ、ピッ、って通して、『何点で、いくらいくらのお買い上げでございます』、って言うの」



 「おーけー?」といって、少し首をかしげる仕草がなんとも女の子らしい。……延原さんとは、いろいろ真逆だ。



「そしたら私が商品を袋に入れたりしてるから……お客様がお金を出したら、『いくらいくら、お預かりいたします』っていうの。ちょうどのときは、『いくらいくら、ちょうどいただきます』っていうんだよ」



 「そんで、これレジね……」小川さんがレジを指差す。

 見たところ、前にバイトをしていたコンビニのそれと、操作はあまり変わらないようだ。……ただ、かなり旧式。なんせ、画面がカラーじゃない。昔の、ゲームボーイ並みのグラフィックだ。緑地に、黒。なんとも見にくい。



「数字を押して、お客様の年齢層にあったボタンを押すの。こっちの赤が女の人で、青が男の人ね。それ押したら、レジがガチャン、って開くから。お釣り用意して、『いくらいくらのお返しでございます』。『ありがとうございました』。いじょう! わかったかな?」



「はい!」



 小川さんはおっとりとした見た目、話し方とは裏腹に、仕事となればテキパキとこなした。何年もここで、働いているのだろうか。「カバーかけるの、早いですね」と素直に言うと、わかりやすく照れた。



「いやぁ〜。慣れれば誰でもできるよぉ」



 そういって、エヘヘと笑った。



 そうしてレジに専念していると、時間はあっという間に過ぎてしまった。店の入り口から射しこむ光にオレンジが混じっているのを見て、時計に目をやると『16:50』。


 こうして、おれの初日は終わった。小川さんに仕事を教えてもらった礼をいうと、「大したこと教えてないよぉ〜」と謙遜する。



「明日も来るんでしょ? ……また明日ね」



 そういうと、ニコリと笑った。


 中田さんにコーヒーの礼をいい、延原さんにも仕事を教えてもらった礼をいう。彼女は三種目の表情――穏やかな笑顔を見せて、



「おつかれさま」



 といった。



「どうだったかな? 初日は」



 タイムカードを押していると、店長がいった。



「はい。売り場はまだ完全には覚えられてないんですけど……レジは難なくできましたし、今日のところは問題ありません。皆さん優しいですし……」



 「そう、よかった」。店長はいった。「明日は祝日で本が入ってこないからね。来るのは九時四十分頃でいいよ。……おつかれさま」



 おつかれさまです。



 そういって、バックヤードを出た。夕方から店に出る、夜のバイトメンバー(赤木さん、倉田さんといった。二人とも、男の人だ)と軽く自己紹介を交わして、改めて延原さん達に挨拶をすると、店の外に出る。

 駅前は、多くの人が行き交ってガヤガヤとしていた。藍色の空は高くて、吐く息の向こうに、星がチラチラと見える。



 なんだか、やってけそう。ふと、そんなことを思った。

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