本屋のお仕事 ⑥
そうして十二時まで本を整理したり、表紙をモップで撫でて過ごし、休憩に入った。
バックヤードでコンビニ弁当を食べていると、中田さんがウォーターサーバーのお湯でコーヒーをつくってくれて、「インスタントだけど」といって渡してくれた。
ありがたい……! 温かなものを胃にいれるだけで、こんなに元気がみなぎってくるとは。緊張も、ゆっくりほどけていった。
「アイちゃんはちょっとお仕事があるからね。レジは、わたしが教えてあげる」
小川さんは仕事用なのか、赤い太縁のメガネをかけて、髪は後ろでまとめていた。コートで朝は見えなかったけど、上にはざっくり編みのカーディガンを着ている。薄い黄色で、少し大きめ。袖にはシュシュをつけて、肘あたりまでまくっている。その上に、みんなお揃いの紺色のエプロンを着ていた。
「今日はこっち。レジ側。わたしは袋に入れたり、カバーをかけたりするからね」
「まずは挨拶」。小川さんは続けた。
「説明するまでもないとは思うけど……『いらっしゃいませ』。『お預かりいたします』って言って、商品を受け取る。レジにピッ、ピッ、って通して、『何点で、いくらいくらのお買い上げでございます』、って言うの」
「おーけー?」といって、少し首をかしげる仕草がなんとも女の子らしい。……延原さんとは、いろいろ真逆だ。
「そしたら私が商品を袋に入れたりしてるから……お客様がお金を出したら、『いくらいくら、お預かりいたします』っていうの。ちょうどのときは、『いくらいくら、ちょうどいただきます』っていうんだよ」
「そんで、これレジね……」小川さんがレジを指差す。
見たところ、前にバイトをしていたコンビニのそれと、操作はあまり変わらないようだ。……ただ、かなり旧式。なんせ、画面がカラーじゃない。昔の、ゲームボーイ並みのグラフィックだ。緑地に、黒。なんとも見にくい。
「数字を押して、お客様の年齢層にあったボタンを押すの。こっちの赤が女の人で、青が男の人ね。それ押したら、レジがガチャン、って開くから。お釣り用意して、『いくらいくらのお返しでございます』。『ありがとうございました』。いじょう! わかったかな?」
「はい!」
小川さんはおっとりとした見た目、話し方とは裏腹に、仕事となればテキパキとこなした。何年もここで、働いているのだろうか。「カバーかけるの、早いですね」と素直に言うと、わかりやすく照れた。
「いやぁ〜。慣れれば誰でもできるよぉ」
そういって、エヘヘと笑った。
そうしてレジに専念していると、時間はあっという間に過ぎてしまった。店の入り口から射しこむ光にオレンジが混じっているのを見て、時計に目をやると『16:50』。
こうして、おれの初日は終わった。小川さんに仕事を教えてもらった礼をいうと、「大したこと教えてないよぉ〜」と謙遜する。
「明日も来るんでしょ? ……また明日ね」
そういうと、ニコリと笑った。
中田さんにコーヒーの礼をいい、延原さんにも仕事を教えてもらった礼をいう。彼女は三種目の表情――穏やかな笑顔を見せて、
「おつかれさま」
といった。
「どうだったかな? 初日は」
タイムカードを押していると、店長がいった。
「はい。売り場はまだ完全には覚えられてないんですけど……レジは難なくできましたし、今日のところは問題ありません。皆さん優しいですし……」
「そう、よかった」。店長はいった。「明日は祝日で本が入ってこないからね。来るのは九時四十分頃でいいよ。……おつかれさま」
おつかれさまです。
そういって、バックヤードを出た。夕方から店に出る、夜のバイトメンバー(赤木さん、倉田さんといった。二人とも、男の人だ)と軽く自己紹介を交わして、改めて延原さん達に挨拶をすると、店の外に出る。
駅前は、多くの人が行き交ってガヤガヤとしていた。藍色の空は高くて、吐く息の向こうに、星がチラチラと見える。
なんだか、やってけそう。ふと、そんなことを思った。




