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マホロバ堂書店でございます  作者: 木下秋
夏目、書店員になる
7/33

本屋のお仕事 ⑤

「まず、さっき見たと思うけど外には週刊誌、テレビ誌」



 延原さんは外のラックを手で示す。そこにはおじさんが二人いて、立ち読みをしていた。


 すぐに店内に戻る。右手にはレジカウンターがあって、中では中田さんと小川さんがなにやら仕事をしていた。正面には縦に二つ、棚が並んでいて、左手に目をやると、こちらには横に二つ、長い棚が並んでいる。



 「ここから見ていきましょう」。延原さんがいった。縦に二つ並ぶうちの、左手の棚を手で示す。

 棚の端には台が備え付けてあって、大量の雑誌が積んであった。



 「女性誌」。いいながら、彼女は棚の左手にまわる。「読者ターゲットの対象年齢別に分かれてるわ。手前から若い人向け。奥に行くほど、対象年齢が上がっていくの。ファッション雑誌、男性アイドル、海外セレブ、結婚、養育、通販、茶道、花道、そして料理」



 棚の奥まで着くと、くるりと向こう側にまわった。



「クロスワードとかのパズル誌。経済誌、男性誌」



 あらためて見てみると、男性誌は女性誌の三分の一程しかないのか……。



 「次はこっち」。向かい側の棚に、説明は移る。



「カメラ、パソコン、音響、音楽、芸能、ダンス、スポーツ、アウトドア、ワンテーママガジン……」



 さらに向こう側にまわると、棚と壁側に並んだ本とを交互に指差しながら、早口でいった。



「健康、時刻表、旅行、地図、電車、グルメ、船、資格、飛行機、語学、車、政治・ビジネス、バイク、新書、ギャンブル、自己啓発、スピリチュアル、R―18」



 彼女の指の動きに合わせておれは交互に顔を動かし、最終的に女性の半裸を目にして、それは終わった。



「……一回、店の入り口に戻るわ」



 そういうと、彼女は踵を返した。おれはその後についてゆく。


 入り口に戻ると、彼女の説明は再開された。左の壁と横に並んだ棚を交互に見ながら、ぐねぐねと店内を練り歩く。



「文芸、メディア化コーナー、手帳、日記……」



「これは……?」



 見ると、ジャンル問わず、本が並んでいる場所がある。



「これは店員のオススメの本を置くコーナー。自分でポップを書いて、置いているのよ」



「へぇ……」



 上から、図鑑、文庫本、コミック……。ヘッドホンカタログや絵本、アメコミまで置いてある。……多種多様な趣味を持った人たちが、ここで働いているらしい。


延原さんのオススメ本はというと、「星の王子さま」が置いてあった。ハードカバーの、少し大きな本だ。

ポップには綺麗な文字で、『かんじんなことは、目には見えない』と、本文の引用らしき一文が書いてあって、小さく王子さまの絵が描いてある。本のチョイスも文字の書体も、なんだかイメージとピッタリだ。



「幼児向け雑誌、絵本、学習参考書、コミック文庫。ライトノベル、ノベルス、文庫。文庫は少し前まで出版社別で置いてたんだけど、名前順になったの。こっちの方がお客様も私たちも、探しやすいかと思って。でも、海外文庫、雑学文庫、官能小説は別ね。……向かい側がコミック。新刊、少年漫画。集英社、小学館、講談社、秋田書店、スクウェア・エニックス。壁側は青年誌。こっちも集英社、小学館、講談社、と続いて、あとは出版社アイウエオ順、向こうの壁まで、画集、攻略本、ゲーム誌、と続いてるわ。……向こう側は少女漫画。こっちは集英社、白泉社を挟んで小学館、講談社、その他……」



 最終的にバックヤードの入り口まで辿り着いて、ようやくジャンルの説明は終わった。



陳列ちんれつについて、簡単に。台に積んであるのが『平積み』。これは新刊だとか、発売日が近くて冊数の多いものが優先されるの。次に『面陳列』。うちでは『面陳めんちん』と略されているわ。棚に表紙を向けて立てられているでしょう。これは平積みしてた本が少なくなったり、新しい本が入ってきたりなんかすると、こっちに移動させられる。そしてだんだん日が経つうちに後ろの方に移動していって……」



 延原さんは棚の、背表紙を向けて並べられた本を指す。



「最後はここに差される。うちでは『差し』というわ。『この本、差しといて』なんていう風に」



 彼女はここまで話し終えると、大きく息を吸って、静かに吐いた。

 自分のメモ帳に目をやると、本の種類までは丁寧に書かれていて、最後には『女性誌』とある。そこから先は、全く書く暇もなかった。



「何か質問は?」



「……」



 ……なんというか……。


 困っていると、延原さんはフッと表情を緩ませた。出会ってから今まで見ていたポーカーフェイスと、営業スマイルに続いて見た、彼女の三種類めの表情だった。



「大丈夫、わかるわ。『なにがわからないのかもわからない』って顔してる」



 少しだけやさしくなった顔で、静かに続けた。



「いいのよ、一度に覚えようとしなくたって。それは無理があるもの。わからなかったらすぐ誰かに聞いたらいいし、そうやって少しづつ覚えていくんだから」



 彼女は近くのバックヤードの扉を開けて中に入ると、すぐに戻ってきた。

 モコモコとしたハンディモップを手にしている。



「でも、本の売り場、ジャンルを覚えるのは基本中の基本なの。お客様に本を聞かれた時、ちゃんと案内できなかったら書店員失格だもの。午前中はこのモップ使って掃除しながら、なるべく売り場を覚えて。本が乱れてたら、直しながらね」



 「こうやって……」と、彼女は近くの棚の面陳された本を整えて、お手本を見せてくれた。



「よろしくね」



「はい!」



 おれはキチンと、挨拶をした。彼女はウン、と頷いて、レジの方へと行ってしまう。

 説明が始まった時は『いつまで続くのだろう……』と不安になったけど、最後は延原さんのクールな見た目に反する、優しい一面が垣間見えた気がする。

 ガッカリさせてしまわないように、しっかりやる事はやろう。おれは早速ハンディモップを握り締め、近くの平積みの本を撫ではじめた。

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