本屋のお仕事 ②
店長から支給されたカッターを片手に、おれは作業に取り掛かった。袋を一つ取り、店長が言っていたことを頭の中で復唱しながら、ビニールを破く。
「……」
「……」
慣れない、初めての作業だから……というより、右横から延原さんにジーッと見られているために、おれはなんだか妙に緊張していた。言葉を発さない彼女は、おれと三十センチ――ないし、二十センチほどの近距離に居て、おれの手元を見つめている。
本が出せる状態になると、延原さんは黙って手を伸ばし、それを抱えて立ち上がった。慣れた手つきで本を分け、棚に置いてまわると、すぐに戻ってくる。
そして、近くにしゃがむ。
「……」
「……」
おれは二つ目の袋を取り、ビニールを破きながら考える。……キマズイ。……少しくらい、話しかけていいものだろうか……イヤ、『黙って手を動かせヤ』とか、思われてしまうだろうか……。
「……本、多いんですね」
「……うん」
本が取り出せる状態になると、延原さんは手を伸ばし、立ち上がる。
白くて、細い腕だ。本は結構な重さがあるはずなのに、どこにそんな筋力があるのだろう。
おれは、三つ目の袋を取る。すぐに、延原さんは戻ってくる。
彼女がしゃがむたびに、なんだかいい香りがした。石鹸のような、清潔な匂い。
「……これ本って……何冊くらいあるんです……?」
「……そうだな……」
おれは少しだけ、延原さんの方を見た。しゃがんだまま腕を組み、上を見上げている。
仄白い喉が、あらわになる。
「……日によって違うけど、今日は千くらいかな……」
……千……!
失礼な言い方だけど、こんな小さなお店にも、一日千冊近くの本が来るのか。
――ガララララッ
その時、後ろのシャッターが音を立てて開いた。しゃがんだまま振り返ると、二つの影が見える。
「おはようございますー」
先頭を歩く、シャッターを開けた人物は中年の女性だった。ジーンズに、黒のダウンコート。水色のマフラーをしていて、髪を後ろで結わいている。三十代後半、といったところだろうか。笑い皺のある顔はどこか優しげで、直感的に『母』なのだろうと思った。おれを見て、「アッ」という顔をする。
「新しい子?」
誰にともなくいった。
「そう。夏目くん」
一人で荷を開けていた店長が、そちらを見ていう。
おれは立ち上がって、挨拶をした。
「夏目です。よろしくおねがいします」
「アタシは中田。よろしくねぇ」
そう言うと、中田さんは微笑みながら会釈をする。
「ホラ、チーちゃん。新しい子だよ」
「おはようございますぅ〜」
次いで現れたのは、またもや女性だった。
スニーカーに、水色のパンツ。襟元にファーのついた、白いダッフルコートを着ている。薄ピンクの手袋に、それと同系色のトートバッグ。全体が、パステルカラーでまとめられている。
茶色く長い髪はパーマがかかっているのか、歩くたびに襟元のファーと一緒にふわふわ揺れた。垂れ目で、少し丸顔。たしか、こういうのを『たぬき顏』と分類するんじゃなかったっけ……。
少し眠たげなその表情には、幼さが残っているような印象を受けるものの、延原さんに「おはよう〜」と手を振っているところを見ると、彼女と同じくらいの年齢なんだろうか。
「あっ、はじめまして。小川です。よろしくおねがいします」
そういうと、小川さんはペコリと頭を下げた。
「夏目です。こちらこそ……」
思わずつられて、おれは深く頭を下げた。