本屋のお仕事 ①
「アイちゃんは仕事を教えるのがうまいからね。だから、夏目くんの教育はアイちゃんにまかせるよ。……もちろん、僕だって教えるけどね」
店長はニコニコしながらそういうと、テーブルの上のモノを取って、おれに差し出した。
それは、二人が着ているのと同じ、紺色のエプロン。そして、『夏目』と書かれた名札。エプロンはキレイだけどクタッとしていて、着古されているのを感じた。
店員用のロッカー(というより、棚?)に荷物とコートを置いて、エプロンを着た。安全ピンで名札を付けて、最低限必要だろうと思って持ってきておいた三色ボールペン(赤、黒、青)とメモ帳を、それぞれエプロンのしかるべきポケットに入れる。
延原さんが渡してくれた両面印刷のタイムカードに名前と年月を書くと、店長が出勤・退勤時にはタイムレコーダーに差し込むのだと、教えてくれた。コンビニでアルバイトをしていた時は、出勤・退勤はパソコンで管理されていたので、(レトロなやり方なんだな……)と正直、思った。そういえば面接の日に聞かされたけど、給料も口座振込じゃなくって、封筒に入ったそれを手渡しされるらしい。……まぁ別に、悪くはない。自分で稼いだお金を、一回自分の手で直接受け取るというのも。
「じゃあ、行こうか」
店長がそういってバックヤードを出るので、おれと延原さんもそのあとに続いて部屋を出た。左腕に巻いたG-SHOCKに目をやると、『09:07』と表示されている。
「まずはね。今日みたいな平日は新刊やらなんやらが届いてるから、それを袋から出す」
そういって店長が指さしたのは、レジカウンター前に積まれた本の山だった。何十冊かごとに小分けされ、一つ一つが透明のビニールに包まれている。よく見ると、さらにその中の本――何十冊かの塊の両面には紙やダンボールが被せてあって、黄色いプラスチック製の梱包バンドでまとめられているのが見えた。
「これを……一つづつ」
「そう」
店長が片手に持っていた黄色と赤の畳まれた何かを広げると、それはたちまち特大のゴミ袋に変わった。それを近くに置き、しゃがむと、本の入った袋を一つ取って……
――チキチキチキッ
ポケットから出した、カッターの刃を押し出した。
「中の本を傷つけないようにね。カッターの刃を、こっちに向けるの」
そういって、ビニールを破く。「……コレも切って……」。二本の梱包バンドを切る。「……紙をどかして……」。
「そんでね。この本達をジャンルごとに振り分けて……それぞれの売り場のとこに持ってくの。そしたらそれぞれの売り場の担当者がバックナンバーを抜いたりしつつ……補充するからさ」
店長は説明しつつ歩き、本を棚の前に置いてまわった。
戻ってくると、
「このヒモとビニールは一緒にまとめて結んで……『燃えないゴミ』」
そういって、黄色い袋に入れる。
「紙はもちろん、『燃えるゴミ』ね」
今度は、赤い袋。「ゴミ捨てるのにもお金かかるから。なるべく小さく、圧縮して捨ててね」と、店長は付け加える。
「はい! こんな感じで、どんどん開けちゃって。君はまだ売り場わかんないだろうから、袋から本を出して。そしたら、このお姉さんが本を置いてきてくれるからね」
おれは、店長が手で示した延原さんの方を見た。
腕を組み、今まで黙って一緒に話を聞いていた延原さんは、おれの視線にパッと反応してこちらを見る。
少しつり上がった目から放たれる涼やかな目線が、バチッと空中でぶつかった。
「おねがいします……」
会釈をしたのは、無意識に視線を逸らしたいと思ったからだろうか……。
延原さんは黙ったまま、頷いた。