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マホロバ堂書店でございます  作者: 木下秋
夏目、書店員になる
26/33

その男、倉田光 ③

「君は何年生まれ?」



「九十六年です」



「九十六年っていうとー……『カーレンジャー』だね」



「か、かーれんじゃー?」



 豚骨の匂いが充満する店内。目の前には、両肘をテーブルについて手を組んだ倉田さんがいる。血管の浮いた、無骨な手だ。


 バイト終わり。おれは倉田さんと一緒に、昨日赤木さんと行った所とはまた違うラーメン屋にやってきていた。水を一口飲むと、倉田さんは早速といった様子で、おれに質問をする。



「『激走戦隊カーレンジャー』。九十六年に放送してた、いわゆる戦隊モノ(・・・・)さ」



 はぁ、と返事をする。まさかこの歳になって、戦隊モノの話を先輩とするとは思っていなかったのだ。



「まぁ、リアルタイムで記憶にあるのはその二年後、九十八年の『ギンガマン』辺りかな」



「あぁ、それは見てましたよ」



 ブルーを、タレントの照英さんが演じていた番組だ。それは幼い頃見て、友人たちとなりきって遊んだ記憶がある。



「オレは『ヒーロー』がすきでね。昔っから戦隊モノだとか仮面ライダー、ウルトラマンなんかを見ながら育った。今ではアメコミなんかを読んだりする」



「あぁ、『スパイダーマン』とか……」



 おれがいうと、倉田さんの目が輝いた。――比喩ではなく、瞳が大きいので、本当に光った。



「『スパイダーマン』ね! あれは主人公が若くってね。それ故の悩みなんかがテーマになっててそこがおもしろくって……」



 ヒーローについて語る彼は、ほんとうにたのしそうだった。子どもが自分のすきなものについて、一生懸命に説明するみたいに。その様子は(話こそよくわからなかったけれど)、見ているだけでこっちもたのしくなってくるから不思議だ。



「……倉田さんはどうして、今でもそんなにヒーローがすきなんです?」



 思いきって聞くと、彼はハッとして、ウゥ~ン、と悩み出す。言葉を、探しているかのように。



「そうだなぁ……。昔はそりゃあただ憧れて見てたんだけど……最近はちょっと違うかな」



「違う、っていうと?」



「うん。例えばさ、戦隊モノってアレ、もう今年で三十九作目になるんだ」



 彼は手で三、九を表す。



「そんでもって、ああいう番組って一年間、放送するもんだろ? まぁ二作目の『ジャッカー電撃隊』だけ例外なんだけど……それはまぁいいとして、だいたいそうじゃないか。四クールのドラマシリーズを、毎年。それを四十年近く! そんな番組、他にないだろ?」



 確かに……。素直に頷く。



「しかも、それは子ども達に『正義』を説く番組。それが四十年。それって……なんだかステキじゃないか……!」



 恒星のような顔で、彼は続けた。



「そのこと、そのものがうれしくってね。どんな自然災害が起きようとも、不況の波が吹き荒れようとも、毎年戦隊モノは放送される。子ども達はそれを観て育つ……そんな国に生まれたことが、うれしい。希望があると、思えるよ」



 少し照れ臭そうにそういうと、目を伏せて、鼻をこすった。



「……実はオレにはね。ささやかな夢っていうか、目標がある」



「目標?」



 ――まさか。そのガタイの良い身体。彼は――俳優になって、特撮ヒーローを演じたいとか? 頭の中を、先読みが走る。



「そう。オレはね、きっと八十一歳まで生きるんだ。スーパー戦隊百周年をこの目で見届けて、百一作目が見たい。これからもずっと、続くんだなぁって思いながら、死んでゆきたいんだ。……そうやって死ねたら、本望だなぁ」



 ……そっちか。その身体は、健康に気を使っているということね。



「なんにせよ、いいことだと思いますよ。そんなにたのしみなことがあって、生きてるだなんて……」



「そうかな」



 趣味がある人、何かに一生懸命打ち込むことのできる人は、羨ましく思う。おれは今まで生きてきて、そんなものは、なかったから――。



 たまにふと、おれは惰性で生きてるんじゃないかなぁ、って思うことがある。何か、必死になって取り組むことのできるようなことが、いつか、おれにも見つかるだろうか。――そんなものが見つかれば、おれも倉田さんみたいな、そんな明るい顔をして、それ(・・)について語ることのできる日が、くるのだろうか。



「ゴホッ!」



 考えていると、急にむせた。



「大丈夫かい?」



「は、はい……」



 咳込みながらも、水を飲む。



 おれはこの時――将来の自分の心配なんかよりも、自分の体調(・・)の心配をした方が良かったということを、知らなかった。



 次の日から、一週間。おれはインフルエンザに苦しめられることになる……。

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