その男、倉田光 ③
「君は何年生まれ?」
「九十六年です」
「九十六年っていうとー……『カーレンジャー』だね」
「か、かーれんじゃー?」
豚骨の匂いが充満する店内。目の前には、両肘をテーブルについて手を組んだ倉田さんがいる。血管の浮いた、無骨な手だ。
バイト終わり。おれは倉田さんと一緒に、昨日赤木さんと行った所とはまた違うラーメン屋にやってきていた。水を一口飲むと、倉田さんは早速といった様子で、おれに質問をする。
「『激走戦隊カーレンジャー』。九十六年に放送してた、いわゆる戦隊モノさ」
はぁ、と返事をする。まさかこの歳になって、戦隊モノの話を先輩とするとは思っていなかったのだ。
「まぁ、リアルタイムで記憶にあるのはその二年後、九十八年の『ギンガマン』辺りかな」
「あぁ、それは見てましたよ」
ブルーを、タレントの照英さんが演じていた番組だ。それは幼い頃見て、友人たちとなりきって遊んだ記憶がある。
「オレは『ヒーロー』がすきでね。昔っから戦隊モノだとか仮面ライダー、ウルトラマンなんかを見ながら育った。今ではアメコミなんかを読んだりする」
「あぁ、『スパイダーマン』とか……」
おれがいうと、倉田さんの目が輝いた。――比喩ではなく、瞳が大きいので、本当に光った。
「『スパイダーマン』ね! あれは主人公が若くってね。それ故の悩みなんかがテーマになっててそこがおもしろくって……」
ヒーローについて語る彼は、ほんとうにたのしそうだった。子どもが自分のすきなものについて、一生懸命に説明するみたいに。その様子は(話こそよくわからなかったけれど)、見ているだけでこっちもたのしくなってくるから不思議だ。
「……倉田さんはどうして、今でもそんなにヒーローがすきなんです?」
思いきって聞くと、彼はハッとして、ウゥ~ン、と悩み出す。言葉を、探しているかのように。
「そうだなぁ……。昔はそりゃあただ憧れて見てたんだけど……最近はちょっと違うかな」
「違う、っていうと?」
「うん。例えばさ、戦隊モノってアレ、もう今年で三十九作目になるんだ」
彼は手で三、九を表す。
「そんでもって、ああいう番組って一年間、放送するもんだろ? まぁ二作目の『ジャッカー電撃隊』だけ例外なんだけど……それはまぁいいとして、だいたいそうじゃないか。四クールのドラマシリーズを、毎年。それを四十年近く! そんな番組、他にないだろ?」
確かに……。素直に頷く。
「しかも、それは子ども達に『正義』を説く番組。それが四十年。それって……なんだかステキじゃないか……!」
恒星のような顔で、彼は続けた。
「そのこと、そのものがうれしくってね。どんな自然災害が起きようとも、不況の波が吹き荒れようとも、毎年戦隊モノは放送される。子ども達はそれを観て育つ……そんな国に生まれたことが、うれしい。希望があると、思えるよ」
少し照れ臭そうにそういうと、目を伏せて、鼻をこすった。
「……実はオレにはね。ささやかな夢っていうか、目標がある」
「目標?」
――まさか。そのガタイの良い身体。彼は――俳優になって、特撮ヒーローを演じたいとか? 頭の中を、先読みが走る。
「そう。オレはね、きっと八十一歳まで生きるんだ。スーパー戦隊百周年をこの目で見届けて、百一作目が見たい。これからもずっと、続くんだなぁって思いながら、死んでゆきたいんだ。……そうやって死ねたら、本望だなぁ」
……そっちか。その身体は、健康に気を使っているということね。
「なんにせよ、いいことだと思いますよ。そんなにたのしみなことがあって、生きてるだなんて……」
「そうかな」
趣味がある人、何かに一生懸命打ち込むことのできる人は、羨ましく思う。おれは今まで生きてきて、そんなものは、なかったから――。
たまにふと、おれは惰性で生きてるんじゃないかなぁ、って思うことがある。何か、必死になって取り組むことのできるようなことが、いつか、おれにも見つかるだろうか。――そんなものが見つかれば、おれも倉田さんみたいな、そんな明るい顔をして、それについて語ることのできる日が、くるのだろうか。
「ゴホッ!」
考えていると、急にむせた。
「大丈夫かい?」
「は、はい……」
咳込みながらも、水を飲む。
おれはこの時――将来の自分の心配なんかよりも、自分の体調の心配をした方が良かったということを、知らなかった。
次の日から、一週間。おれはインフルエンザに苦しめられることになる……。




